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ポン・ジュノ『パラサイト』ブームに異議あり! 格差告発映画?――あれは韓国の“ぜいたくな貧困”だ 確かに面白い、だが……。在韓40年、クロダ記者が抱いた違和感とは - 黒田 勝弘

※本稿の内容には、現在公開中の映画『パラサイト 半地下の家族』のネタバレが含まれています。まだ映画をご覧になっていない方はご注意ください。

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◆◆◆

 米アカデミー賞で作品賞を受賞した話題の韓国映画『パラサイト』は、よくできた面白い映画である。荒唐無稽な設定で、ドキドキハラハラの展開なので飽きさせない。映画は面白くなければ成功しない。

 あの映画はエンターテインメント映画として成功したのだが、内外であふれている批評のほとんどは「韓国社会の貧困と格差を描いた」という深刻なメッセージ、つまり社会性を強調している。その結果、映画はフィクション(虚構)であるにもかかわらず、まるで韓国の現実風景そのものであるかのような誤解、思い込みが広がっている。


『パラサイト 半地下の家族』 ©2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

映画の面白さから“ズレた”批評ばかり

 とくに日本では近年、反韓・嫌韓感情の高まりをふくめある種の韓国ブームなので、あの映画に対する批評も、その面白さよりもメッセージ性に関心が向いているようにみえる。たとえば2月11日付の東京新聞のなんと社説(!)にこんな評が出ていた。

「ポン・ジュノ監督が紡ぎ出した底知れぬ奥行きは、財閥による富の寡占など韓国特有の問題だけでなく、世界が抱える格差が放つ『腐臭』を残酷なまでに抽出している。(略)ポン監督も貧富という普遍的で避けて通れないテーマに向き合った。それは監督自身が、社会に向けて作品を訴え続ける映画芸術家としての責務ととらえたからではないか」

 実に格調高い評だが、映画の面白さとはどこかズレを感じる。

「韓国における貧困」の現実とは?

 この映画をめぐっては、ソウルにいる筆者のところにも日本のいくつかのメディアから問い合わせがあった。そのほとんどが、映画に描かれた「韓国的な貧困と格差」を物語る風景を取材したい、というものだった。端的にいえば日本語版の副題になっている「半地下の家族」の現場を探りたいというのだ。

 映画における「貧困の現場」の風景が関心の的なのだが、そうした見方に対する批判の意味を含め、まず「韓国における貧困」のことについて書いておきたい。

あの“半地下”は「ぜいたくな貧困」を象徴している

 映画は、半地下住宅に住む失業者の家族4人が、坂の上の豪邸に住む米国帰りの若手IT企業経営者の金持ち家族をだまし、その家庭に入り込む話だ。では半地下住まいの「家族詐欺団」の犯行の動機になっている貧困とは?

 話題集中の半地下住居だが、あの映画での風景は必ずしも貧困を物語っていない。韓国で普通、半地下部屋といえば、独り暮らしか夫婦二人のいわば間借りのような狭い空間である。映画をよく見てほしい。あの半地下には成人男女4人が住んでいて、台所や娘・息子部屋、夫婦部屋など部屋数が多く、大きい。貧困家庭にしては生活空間が広すぎる。

 あれは映画セットとして作られたものであって、現実的にはぜいたくな半地下、つまり「ぜいたくな貧困」なのだ。

 現在の韓国で住居的貧困のシンボルといえば、むしろビルの屋上のバラック「オクタプバン(屋塔房)」や地上のビニールハウス、独り暮らし老人や出稼ぎ外国人の極小一人部屋、それに国家公務員試験(考試)受験のための1坪に満たないような「コシ(考試)テル」などがそうだろう。とくに「コシテル」は、若者たちがそんなところに籠りながら高級公務員という人生の開拓を目指す深刻さ、悲壮さがあって実に韓国的だ。

あんなに有能な家族がピザ屋の内職をしている理由は?

 それから、映画であの“貧困一家”がゴロゴロしながらピザの箱を折る内職をしているのがよく分からない。

 一家4人は後に金持ち家族をだまし父親は運転上手の自家用運転手、母親は料理上手のお手伝いさん、息子は英語・娘は美術の家庭教師に化けてそれぞれ入り込み、すっかり信用される。あれだけ仕事ができる“実力”があれば半地下でゴロゴロせず、その気になれば韓国には働き口はいくらでもある。

 息子は軍隊(徴兵)生活をはさんで前後4回の大学入試に、英語はできたが失敗したという。普通なら「もう大学はあきらめて仕事についたら?」だろう。娘も美術大学を目指しながら遊んでいる。これは貧困ではありえない。『パラサイト』より1年前、同じくカンヌ映画祭でパルムドールを取った日本の『万引き家族』では、家族の一人は夜のお勤めをしていた。韓国でも稼ぎのいい夜のお勤めはいくらでもある。

 つまり『パラサイト』の一家は決して暮らしに切羽詰っていない気楽(?)な“貧困家族”なのだ。ということは、ぜいたくな半地下空間を含め、彼らの貧困とは実は「ぜいたくな貧困」である。

 日本では韓国の現状批判としてよく若年失業率の高さが語られる。「大学を出たけれど人生の展望がない」といって「ヘル(地獄)朝鮮」なる新造語まで紹介されている。これも実態は「ぜいたくな地獄」であって、仕事つまり働き口がないのではない。「給料がよくて休みが十分あり見栄えのいい仕事」がなかなか見つからないという話にすぎない。

『パラサイト』は“寄生虫批判”の映画である

 韓国では100万人を越える外国人労働者が、韓国人のやりたがらない仕事に汗水流している。

 映画の韓国語の原題は『寄生虫』である。(パラサイトはその英語訳だが)決していいイメージの言葉ではない。むしろいやらしく否定的なイメージが強い。したがって映画は「寄生虫」と題することで、主人公の半地下一家を否定的な存在とし、その韓国的な「ぜいたくな貧困」を批判しているとみた方がいいのだ。

 映画は一家4人が、総がかりで金持ち家族をだまし家庭に入り込む手練手管が実に面白く、楽しめる。あの奇抜なだましの手口(シナリオ)は秀逸だ。ここまでが映画の前半で、後半は入り込んだ金持ち宅の地下室に実は先住民のような別の「寄生虫」がいて、この2組の「寄生虫」の暗闘ドラマになる。

 半地下一家の謀略で金持ち宅から追い出された先任のベテランお手伝いさんが、実は金持ち宅の地下室に借金取りに追われていた夫をかくまっていて、それが新しく入り込んだ半地下一家にバレて大立ち回りとなる。そして金持ち宅の子どもの誕生日の華やかなガーデンパーティにその地下室男が現われ、半地下家族を殺傷した後、自分も殺され、金持ち宅の社長も瞬間の「差別発言」で自家用運転手(半地下一家の父親)に殺されるという、一同血まみれの修羅場が展開される。

ポン監督流の商売上手なしたたかさ

 2匹目の「寄生虫」が登場したあたりからストーリーはいっそう現実離れするが、話の細部にこだわらなければドタバタ調が面白い。最後は、負傷し生き残った半地下一家の息子が過ぎた出来事を反省しながら「大学はあきらめひたすらカネを稼ぎ、金持ち宅の豪邸を買取りたい」と夢を語る。結果的に「寄生虫」は全滅である。

 したがってよく考えれば、この映画は貧者に寄り添い富める者を糾弾するという「貧困と格差」の告発映画では必ずしもない。むしろ“パラサイト批判”の映画といった方が当たりかもしれない。最後の半地下一家の息子の一人語りも「寄生虫」脱出論であり、格差現実への妥協である。

 したがって米国でのアカデミー賞は、クライマックスの後味悪い流血惨劇にもかかわらず、ある種のハッピーエンド(貧富手打ち?)になっていたことで安心した結果かもしれない。あっちに気を遣いこっちに気を遣い、ポン監督流の商売上手なしたたかさである。

エンタメ映画だからこれだけヒットした

 ポン監督には先に『グエムル』という一種の怪獣映画がある。これも面白い映画で韓国ではヒットしたのに日本では話題にならなかった。ソウルを流れる漢江に怪獣が現われ、中州のヨイド公園で屋台をやっていた家族の娘がさらわれ、その娘を取り戻すため家族ぐるみで怪獣と戦うという話だった。

 この映画でも、怪獣は米軍基地から流出した不法廃棄の毒物によって生まれたという想定(『ゴジラ』からのヒント?)で、しかも警察・軍隊など政府は頼りにならないため家族が救出にあたるという“社会性”がちりばめられていた。

「怪獣」と「家族愛」というエンタメ性で人気を博したのだが、批評家は肩に力を入れ反米・反政府モノに見たがっていたように記憶する。ポン監督お得意の手口のようだ。

『パラサイト』も、大衆的に分かりやすく、かつ批評家受けのする「貧富の格差とその対立・葛藤」という図式を装いながら、面白おかしい作り話を、ブラックユーモア風に語って見せたエンタメ映画というのが、まっとうなところではないだろうか。冒頭に紹介した日本の新聞社説のような深刻な「貧困と格差」の映画ではない。だから1000万人を超す韓国人自身が大いに面白がって観たのである。

※「文藝春秋」編集部は、ツイッターで記事の配信・情報発信を行っています。@gekkan_bunshun のフォローをお願いします。

(黒田 勝弘/文藝春秋)

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