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【特別寄稿】ロンドン五輪、開幕直前 -へまを想定しながらも、静かに盛り上がりつつある英国

ハイドパークの​​カップル。(23日、ロンドン、AP/アフロ) 写真一覧
ロンドン五輪(オリンピック)の開始が、いよいよ目前に迫った。会場警備の人員不足、サッカー観戦の予想観客数の大幅修正、選手輸送の遅延、入国管理担当者のスト決行予定など、直前になってさまざまな問題が表面化した。普段でも市民の信頼感が薄いロンドンの交通機関がマヒ状態になるのではとの不安も消えていない。それでも、全国を回る聖火リレーが最終戦に入った現在、ようやく国民の間に静かな期待と興奮が醸成してきた感がある。五輪開催までの経緯や開催直前の雰囲気をリポートしたい。(在英ジャーナリスト、小林恭子)

「盛り上がっている?」


英国に住んでいて、ほかの国から来た人に聞かれるのが、ロンドン五輪開催で、英国は「盛り上がっているの?」だった。 その「盛り上がり」をどう計るのかは、それこそ「?」なのだけれども、もちろん、政府や運営関係者は思い切り盛り上がっている。五輪関係の記者会見がどんどん開催され、メディア報道も騒がしい。道を行くと、五輪ロゴが入った標識が多くなった。しかし国民は、そしてロンドン市民はというと、どうもぱっとしない。

その最も大きな理由は、自分たちが払うお金、つまり税金がいくらかでも使われる点だ。社会福祉にしろ、教育にしろ、もっと生活に直結したことに公的なお金を使うべきではないか、という視点である。また、英国の場合、「予算をオーバーしました。もっとお金が必要になりました」というケースが官民どちらの場合も結構多い。計画が甘かったり、作業が非効率だったりなどの理由で、いつの間にか作業終了時期が延長されたり、予算額を超えてしまう。国民は差額を払う羽目になってしまうのだ。

また、「国を挙げて、一つのイベントを行う」となった場合、「俺・私は参加したくない」という人も存在する。「へそ曲がり」ともいえるが、いったん五輪が始まってしまうと、テレビも新聞も五輪一色になってしまい、多少息苦しくなるのは事実だ。そこで、「五輪開催中は旅行する」という逃避派が少なからずいるのである。

ロンドンから遠く離れたイングランド北部やスコットランドに住んでいる場合は、「五輪といってもロンドンやその近辺の南部が潤うだけ。私たちには関係ない」と考える人もいる。

そこで、「盛り上げ策」の1つとなったのは、英国中を約8000人の走者が聖火トーチを持って走り、最後は五輪スタジアムまで運ぶ、「聖火リレー」であった。その模様はBBCのウェブサイトで詳細に報道されてきた。走っている様子のライブ画像と、地図上で今走者がどこにいるかが分かる仕組みである。走者がやってくることがわかると、沿道にはたくさんの市民が並び、声援を送った。各地に住むさまざまな人を巻き込んでのリレーは大成功となった。

国民の声は?


日曜紙「サンデー・タイムズ」(7月22日付)がインターネットを使って調査するYouGov社を使って、アンケートを行ったところ、五輪大会が「成功する」と見る人が53%を占めた(調査日は7月19日と20日)。「成功しない」は26%、「分からない」が21%だ。

一方、ロンドンの五輪招致への立候補を「やるべきではなかった」が44%、「やるべきだった・やってよかった」という人が44%。意見が真っ二つに割れている。

そして、すばり「五輪に関心があるか?」と聞かれ、「ある」が44%、「ない」が55%なのである。

一つの世論調査のみで国民のムードは判断できないかもしれないが、また、東京で開催となった場合にどういう結果が出るかは分からないにしても、「ない」がかなり根強い声であることが少しお分かりいただけたのではないだろうか?

実際に大会開始となってからでなければ分からないのが、ロンドンの交通体制の耐久度だ。この世論調査によると、ロンドン市が「五輪関連の乗客を処理できると信じている」が25%。「信頼できない」が64%である。(「分からない」は11%。)

英国は商業鉄道が発達した最初の国とされているが、現在の英国の鉄道運営をほめる人は、英国内ではあまりいない。「遅延」、「運賃が高い」などがよく理由としてあげられる。実際に鉄道を利用すると、しょっちゅう「xx線が今使えない状態です」、「信号点検のため、遅くなっています」、「理由は分かりませんが、しばらくお待ちください」などのアナウンスに遭遇する。

五輪関係者や観戦者がどっとロンドンに押し寄せて、鉄道、バス、タクシーを利用したら、路上は今でさえつらい渋滞がさらにひどくなり、電車も遅延するーこうした状態を避けるために、ロンドン広域地域を管轄する「大ロンドン庁」(GLA)(日本では都庁に該当)がやったことは、ロンドン近辺に住む住民に対し、「計画を立てて交通機関を利用しましょう」という呼びかけであった。つまり、通常のラッシュアワー時を避ける、あるいは競技場に近いお駅はなるべく使わないなどである。一部では道路が封鎖され、車が通れないようにしてある。

しかし、五輪大会開催中であっても、ビジネスは続く。道路が封鎖されたために、事実上、ビジネスが続行できなくなる中小企業は大いに困ることになった。

タクシー会社も不満だらけである。五輪があるから乗客が増える、だから歓迎だろうと門外漢は思うが、今でも渋滞が多いロンドン市内の道がさらに渋滞するため、タクシー会社としては面白くないのだ。

開会式の後で交通機関が過度に混雑することを懸念し、予定されていたイベントの一部がリハーサル後に中止となったこともあった。

開催直前の懸念事項


最大の懸念事項の1つには、ロンドン市内の交通体制が挙げられよう。もちろん、テロの危険というのも忘れるわけにはいかない。 最近、この警備問題にスポットライトが当たった。

会場近辺の警備を担当している警備会社G4Sが、計画していた1万人に上る警備員を調達できないことが今月になって判明し、政府はアフガニスタン帰還兵を含む数千人を追加で警備支援に当たらせることにした。それにしても、「なぜ、今、この時期になって、このような失態が起きたのか?」-多くの国民がそう思った。

G4Sで雇用されたあるいは雇用見込みの人々の声を、テレビの報道番組が拾った。これによると、「名前は登録されていたが、雇用されたかどうかの知らせがない」など、雇用段階で大きな問題を抱えていたことが分かった。

開催から10日前の17日には、ロンドン五輪組織運営委員会(LOCOG)が、サッカーの観戦チケット50万枚を販売中止し、回収したことを認めた。会場規模の縮小も発表された。これはいくらなんでも、失敗といえよう。

しかし、驚愕するのが、入国審査を担当する人が入っている労組のスト予告だ。賃下げと人員削減に反対するストだが、これを大会開催の前日に決行するというのである。25日になってようやく中止となったが、もしスト発生となれば、ヒースロー空港がさらに混雑することになっただろう。

コメディー番組に似た展開


五輪運営を担当する組織とこれをめぐる人間模様を鋭いユーモアで包み込んだ、BBCのコメディー番組「Twenty Twelve」(7月24日、最終放映終了)が人気を博したが、この番組が取り上げた数々の「失策」が現実に発生したことで、ロンドン市民の失笑をかった。

例えば、この番組では、この運営組織の交通政策担当者が外国の視察団を五輪会場につれて行く途中で、迷子になるというエピソードがあった。これが実際に発生した。

ヒースロー空港から五輪会場内の宿舎に選手を連れてくるバスの運転手が、道をよく理解できず、予定よりも数時間遅れで到着となったのだ。このバスにはカーナビがついていたが、運転手はこのカーナビの使い方を知らなかったそうである。

これより前に、英国メディアの記者団が会場をめぐるツアーがあったが、このときも、会場内を走るマイクロバスの運転手が道に迷い、「さっき通ったマクドナルドの前を何回も行き来した」(デイリー・テレグラフ紙記者談)。

英国について、人はさまざまなイメージを持っているだろうが、「へまが続く国」というのが、実際に住んでみたときの感想で、こうした事態が次々と発生する要素を、多くの国民は「やっぱりなあ」という思いを持って眺めている。

ロンドン招致成功までの道のり


そんな「へまな」国が、どうやって、五輪を招致できたのだろう?

実は英国と五輪の関係は長く、深い。

古代五輪の発祥はギリシャだったが、1896年に始まった近代オリンピックで、第4回目(1908年)と第12回目(1958年)の開催地となったのがロンドンだ。(ちなみに、今回の開催で、ロンドンは五輪を3回開催した初の都市となる。)

忘れてはいけないのがパラリンピックの存在だ。7月27日から8月12日までは第30回夏季五輪が行われ、同じスポーツ施設を使って、8月29日から9月9日まで第15回夏季パラリンピックが開催される。

英国に亡命中だったユダヤ系ドイツ人医師が、1948年、ロンドン郊外の病院で入院患者を対象として始めた競技大会が、後のパラリンピックの成立につながっている。

英国に五輪を招致しようという動きは以前からあった。1980年代、90年代には英中部バーミンガムやマンチェスターでの招致を試みたが、失敗。英五輪協会(BOA)は、「招致するなら、首都のロンドンでなければ、勝てない」と思い知ったという(「Sport And Politics in Modern Britain」 by Kevin Jefferysより)。

それには政治的な後押しが必須だと感じたBOAは、2000年(今から12年も前である)、大ロンドン市長ケン・リビングストン(当時)に声をかけた。リビングストンは左派系政治家で、当初はあまり乗り気ではなかったが、長い間、貧困地区の代名詞ともなっていたロンドン東部で五輪が開催され、東部の再開発が行われることを条件に、招致計画に乗ることにした。

当時の労働党政権でスポーツ大臣、文化大臣を務めた政治家もこれに賛同したが、先行きは難航した。2005年の世界陸上競技選手権大会が英国で開催されることになっていたが、予算を詳細に見直すと、到底開催は無理であることがだんだん分かってきた。2001年秋、政府は選手権の開催を断念。大会はヘルシンキで行われた。2006年開催のサッカーのワールドカップ招致にも負けた。

2002年にはマンチェスターで、英連邦に属する国や地域が参加する総合競技大会「コモンウェルス・ゲームズ」を成功裏に終了させたものの、ゴードン・ブラウン財務相(当時)も含め、「お金のかかるイベントの開催は避けたい」という声が、内閣では大半であった。

ロンドンへの五輪招致に積極的だったテッサ・ジョウェル文化・メディア・スポーツ大臣は大ロンドン市長リビングストンと資金作りについて相談し、くじやロンドンの住民税によってカバーすることを合意。国際オリンピック委員会(IOC)の本部にでかけ、ジャック・ロゲ会長と会談し、公平に招致都市が決定されるよう、依頼した。

2003年1月、政府はロンドンが五輪招致に立候補すると発表。それからはジョウェル大臣、英外務省、ブレア首相(当時)、招致委員会の委員長で元陸上競技選手セバスチャン・コー(現在ロンドンオリンピック組織委員会会長)を中心としたロビー活動が始まった。

2005年7月、シンガポールで12年の招致都市が決められることになった。このとき、大きな役割を果たしたのがブレア首相だったといわれている。パリへの招致を望んでいた、ジャック・シラク仏大統領(当時)が最終決定の前日にシンガポール入りし、目立つロビー活動をしなかったのとは対照的に、ロンドンがいかに最適かを熱っぽく語りながら、多くの人に会ったのがブレアだった。

ロンドンは、4回目の投票で、パリにたった4票の僅差で招致都市として選出された。

その後、リビングストン市長は2008年の大ロンドン市長選で破れ、現在の市長は元保守党下院議員でジャーナリストでもあるボリス・ジョンソンだ。政権も2度変わり、今は、保守党と自由民主党による連立政権となった。

政治界では人が変わったが、ロンドン五輪が競技以外に達成しようとした目的は変わっていない。目玉の1つが、荒廃したロンドン東部の再開発だ。使われなくなった産業廃棄物、古いタイヤ、パイロンなどが散在していた場所を再生し、建てられたのが競技スタジアム。地元民のスポーツ施設になることを運営側は望んでいる。選手村の宿泊施設は、競技終了後、市民の住宅に生まれ変わる。長年、「誰も住みたがらない場所」(ロンドンの東部散策ガイド談)だったが、五輪開催とあって、モダンなビルが建つようになっている。 五輪実行委員会(ODA)によると、オリンピックパークと選手村の建設作業に携わった労働者は6年間で4万6000人に上ったという。このうち10%は当時失業者だった。

ロンドン五輪の開催コストは、当初23.7億ポンドといわれていたが、その後、政府が警備などを改めて詳細に計算した結果、93億ポンド(約1兆1600億円)に増えた。その後は、これ以上に膨らまず、競技場の建設終了時期や予算を超えないという制約を「守り通せた」と五輪実行委員会トップ、デニス・ホーン氏は報道陣に胸をはった。

 果たして、どんな思いもよらない出来事があるだろうかー?五輪競技での熱い戦いへの期待とともに、交通マヒや運営の失敗など、「へま」をどこか予期してしまうこの頃である。

■プロフィール


小林恭子(こばやし ぎんこ)
在英ジャーナリスト。新聞業界紙や朝日新聞社「Journalism」などに寄稿。ニュースサイト「ニューズマグ」(http://www.newsmag-jp.com/)を運営。著書に、『日本人が知らないウィキリークス (新書y)』(共著、洋泉社)、『英国メディア史 (中公選書)』がある。

小林恭子の英国メディア・ウオッチTwitter
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