オートマティズム(自発的な動き)
番組ではハヴェルの言葉として「オートマティズム」という言葉が説明される。自発的に体制に奉仕させるシステムが作られるのだという。
体制から要求されている所作を自ら察知し、盲目的に行ってしまうこと、という意味で阿部准教授の言葉では「ひらたく言うと『忖度する』」。
特定の誰かの責任でははなく、全体のシステムの問題になっていく。
このようにしてポスト全体主義は人間が一歩踏み出すたびに接触してくる。
もちろん、イデオロギーという手袋をはめて
ハヴェルが書いた文章は最近の日本の政治について書いたものなのではないかと思わせるような文章が続く。
それゆえ、この体制内の生は、偽りや嘘ですべて塗り固められている。
表現の不自由は、自由の最高の形態とされる。
選挙の茶番は、民主主義の最高の形態とされる。
権力はみずからの嘘に囚われており、そのため、すべてを偽造しなければならない。
過去を偽造する。
現在を偽造し、未来を偽造する。
統計資料を偽造する。
全能の力などないと偽り、何でもできる警察組織などないと偽る。
人権を尊重していると偽る。
誰も迫害していないと偽る。
何も恐れていないと偽る。
何も偽っていないと偽る。
それゆえ、嘘の中で生きる羽目になる
統計資料の偽造・・・。過去の偽造・・・。
まるでこの数年の日本の政治状況を念頭においたようではないか。
良心や責任と引き換えに物質的な安定を得る
スタジオで阿部准教授は「ハヴェルのいう『ポスト全体主義』は消費社会の特性がある」と指摘する。
社会主義体制を示した言葉というよりも、現在の日本にもあてはまる言葉の数々には本当に驚くばかりだ。
青果店の店主の例で言えば、良心や責任という倫理的なものと引き換えに「物質的な安定」を入手する、という選択をしてしまうという。
これを防ぐには、思考停止の状態を抜け出して、良心や責任を取り戻して「嘘」をつかないと決意することになるのだろう。
言葉を換えると「同調圧力」
この番組は今回に限らないが哲学や政治学、社会学など、毎回、相当に難解な概念が題材になる。
そうした中でスタジオにいる伊集院光が「等身大」の言葉を吐き出したり、感想を漏らしたりすることで、視聴者にとって「とっつきにくい」本や概念などを身近なものに感じることができる。彼が番組の流れに沿って、「忖度」「同調圧力」などで思考停止になりがちな日本人に対して、もっと自分の頭で考えることを呼びかけるようなコメントを発していたのが印象的だった。
伊集院の率直な反応は、ハヴェルの本が現在の日本の政治や社会の状況にもぴたりと当てはまるばかりか、そこでも「囚われ」の身になりがちな私たちが「イデオロギー」や「スローガン」から抜け出して自分の頭で考えるようになる時のヒントをたくさん与えてくれる。
(伊集院光)
「俺ね、これ言うの勇気いるんだけど、今さらだけど、今になって東京オリンピックって意味あるの?と思っている。『じゃあ、五輪特番に出るなよ』と言われそうだけど出るし・・・。だんだんそういうのを突きつけてくる本だってわかってくる」
伊集院は進行役を務めながら、日本におけるバラエティ番組の「自己規制」などにも例にしながら、一見難解なハヴェルの思想などをわかりやすく、「自分ごと」にして紐解いてくれる。空気を読み合い進む自己規制に対して「異論を唱える」ことの大切さを伝える役目を果たしている。
「同調圧力」や「忖度」に流されないで、思考停止せずに「異論」を表明していくことが全体主義を押しとどめ、民主主義社会にとって何よりも大切なのだとハヴェルの言葉は私たちに教えてくれる。
この原稿を読んで興味をもつ人がいたら、2月中に月曜日の夜(再放送は水曜の早朝と午後)にNHKのEテレ『100分de名著』を見ていただきたい。ハヴェルの言う「全体主義」(「ポスト全体主義」)が私たちの周りにも巣くっているのではないかと気づかせてくれる。
番組では、この著作を現代の視点から読み解くことで、世界を席巻しつつある高度な管理社会・監視社会や強権的な政治手法とどう向き合ったらよいかを学ぶとともに、全体主義に巻き込まれないためには何が必要かという普遍的問題を考えていきます。
出典:NHK「100分de名著」番組ホームページ
テレビ番組の中にも歴史的な名著に挑み、私たちの「知性」を拓いてくれる空間や時間がそこに存在している。現在の政治状況に違和感を覚えている人がいたらぜひ一度見てほしい。私たちはすでにある種の全体主義の中で「思考停止」に陥っているのかもしれない。
※Yahoo!ニュースからの転載