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なぜ東京都心の真上を大型旅客機が飛ぶことになったか知っていますか

 すでにお気づきの方もおられるだろうが、1月末から2月上旬、午後から夕方にかけて、東京都心の上空をたくさんの大型旅客機が低空飛行で飛んだ。渋谷や目黒、品川あたりで突然聞き慣れないジェットエンジン音を耳にして空を見上げると、今にも手が届きそうな低空を大型の旅客機が飛んでいるのを見て、驚かれた方も多いはずだ。

 今現在は試験飛行期間を終えたため、束の間の静寂を取り戻しているが、実はこのルートの運用が来る3月29日から本格的に始まる。これは羽田空港の拡張に伴う新ルートで、埼玉方面から左回りに旋回した上で、池袋、新宿上空を通り、渋谷、広尾、恵比寿、目黒、白金、五反田、大井町の上空を下降しながら羽田空港にアプローチするというもの。一応、南風の日という条件が付けられているが、基本的には毎日、午後3時から7時までの間、1日平均で30~40便(年間11,000便)がこのルートを通過することになる。

 この羽田新ルートはあまり周知されていないようなので、いざ運用が始まり、毎日のように大型航空機が東京都心の真上を飛ぶようになると、ちょっとした騒ぎになるのだろうが、実はこのルートは2014年から計画され、2019年8月8日に国交大臣が正式に決定したものなのだ。

 ご多分に漏れずこの計画も、形の上では国交省の審議会、さらにその下の小委員会や部会での議論を受け、周辺自治体の副知事などを含む協議会や住民に対する説明会などを通じて地元との協議の場が持たれ、「地元の理解を得られた」との判断で国交大臣が正式決定をしたことになっている。形の上では正当な手続きを経て、民主的なプロセスを踏んだ上で決められた形になっているのだ。

 しかし、その内実はとてもではないが、民主的な適正手続きとはいえないものだった。実際に説明会に参加したゲストで公共哲学が専門の稲垣久和・東京基督教大学特別教授も、最初から計画ありき、結論ありきがみえみえの説明会で、住民側からの異議申し立てが可能な雰囲気ではなかったと語る。

 そして、結論ありきの審議会や説明会しか経なかった結果、大都市の上空を大型旅客機が低空飛行で通過することから生じるさまざまな問題は、放置されることとなってしまった。安全上も環境上も世界にも類を見ない危険性を孕んだ飛行ルートが、来月には実施に移されようとしているのが実情なのだ。

 自らが飛行ルートの直下に住み、新ルートに反対する住民運動にも指導的な立場で参加している稲垣氏は、この飛行ルートはそもそも計画自体に正当性がなく必要性も疑わしいものを、安倍政権の「羽田強化」の音頭の下、国交省の官僚が後先のことを考えずに問答無用で進めた結果生まれた産物だと指摘する。

 今回の羽田拡張により、羽田の離発着便は合計で3万9,000本が増便される予定だが、問題になっている都心上空を通過する航空機の便数は1万1,000本に過ぎない。これは羽田全体の離発着数約48万便の2%程度に過ぎない。政府は羽田増便による経済効果を6,500億円などと皮算用しているが、これは羽田と成田の増便全体の経済効果であり、その僅か一部に過ぎない都心上空を通過する11,000便の経済効果というものは示されていない。

そもそも都心上空を低空飛行することで騒音や圧迫感などに起因する不動産価格の下落分などを考え併せると、このルートを通すことによる経済効果がマイナスになっても不思議ではないという指摘もある。

 また、元日本航空のベテランパイロットで航空安全に詳しい航空評論家の杉江弘氏は、今回の都心を通過するルートの羽田へのアプローチ角度が3.45度となることに重大な安全上の懸念があると指摘する。通常、空港のアプローチは3度が基準となっており、今回の羽田の3.45という角度によって「羽田が間違いなく世界でもっとも難しい空港になる」と杉江氏は断言する。アプローチの角度が僅か0.1度上昇するだけで、パイロットにとっては着陸時に機体が滑走路に突っ込んでいくように見えるのだと杉江氏は言う。

 杉江氏はまた、都心の真上を高度を落としながらアプローチする今回のルートは、事故のリスクや機体からの落下物のリスクなどを考えると、到底正当化できないものだと指摘する。

 今回のルートが3.45度という、世界でも類を見ないほど難しいアプローチになった背景には、在日米軍との間で取り決められた「横田空域」の問題がある。今回の北回りの新ルートは米軍の管制下にある横田空域を一部通過することになるため、政府は米軍との間で交渉を続けてきた。最終的に横田空域を一部通過することの了承は得られたが、ただし米軍側が3,800フィート(約1,100メートル)以上の高度を通過することを条件として提示してきたため、羽田へのアプローチはどうしても3.45度という急角度にならざるを得なくなってしまった。3,800フィート以下の空域は米軍が占有で使うからだという。

 いまさら言うまでもないことだが、横田空域などというものが日米地位協定や日米安保条約に明記されているわけではない。これは日本政府と在日米軍の間で地位協定の運用を協議する日米合同委員会の場で在日米軍と日本政府の間で合意されているというだけの、何の法的根拠もないものだ。しかも、日米合同委員会は議事録すら公表されていない。しかし、それがこういう場合も旅客機の安全性よりも優先して、日本の前に立ちはだかるのだ。

 元々今回の新ルートの前提にある羽田空港の拡張は、安倍政権による2013年の日本再興計画で「首都圏空港の強化」を打ち出したことが前提にあった。しかし、当初は羽田だけでなく成田や茨城空港、そして横田への乗り入れなども想定していた「首都圏空港の強化」が、2013年9月のIOCによる東京での五輪開催の決定により、特に議論もないまま羽田の拡張一辺倒に変わってしまった。そして、東京五輪を突破口にむりやりこじ開けた感のあるこの都心上空を低空飛行するルートは、東京五輪後もそのまま維持されることになる。

 稲垣氏は、新ルートの安全性や騒音などの問題はもとより、そもそも東京の一極集中を是正すべき時に、なぜ安倍政権が都心の真上を飛行機を飛ばしてまで羽田を拡張したいのかについて、その真意を訝る。

 いずれにしても、この3月29日から、安全上も多くの問題を抱え、民主プロセス上も無理があることに加え、経済効果の観点からも必要性が疑わしいにもかかわらず、東京の都心上空を多くの飛行機が飛ぶことになる。当面は墜落はもちろんのこと、落下物による事故などが起きないことを祈るばかりだが、ここでこの問題が大きな政治問題にならなければ、恐らく政府はこの先、都心上空を通過する航空機の便数をさらに増やしてくるだろう。既に水面下では羽田に新たな滑走路を建設する案まで検討されているという。今回の都心ルートはそのための露払いだったのかもしれない。

 深刻な事故が起きる前に、羽田拡張にともなう都心上空を低空飛行する新ルートの問題点と、このルートで問われる日本の民主主義の現状を、ゲストの稲垣氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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