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- 2020年02月20日 10:56
【中通りに生きる会・損害賠償請求訴訟】6年闘って平均「24万円」、棄却された原告も。東電の和解案拒否受け福島地裁が判決。避難の相当性「2011年12月31日まで」しか認めず - 民の声新聞
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「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)の男女52人(福島県福島市や郡山市などに在住)が、原発事故で精神的損害を被ったとして東電に計約1億円の賠償を求めた損害賠償請求訴訟。判決が19日午前、福島地方裁判所203号法廷(遠藤東路裁判長)で言い渡され、福島地裁は東電に対し原告1人あたり平均24万円の支払いを命じた。避難の相当性は「平成23年12月31日」までしか認めず、原告のうち2人は請求が棄却された。準備期間も含めると6年に及んだ裁判闘争。原告たちは満足していないものの控訴はしない方針で、「東電も判決を受け入れて」と口を揃えた。

閉廷後に開かれた記者会見で、原告の代理人を務めた野村吉太郎弁護士は「いわゆる〝自主的避難等対象区域居住者〟に対する慰謝料としては過去最高額であるという点は高く評価したい。ただし2名の請求棄却者が出たのは非常に残念。判決理由では『ADR手続きでの損害賠償額以上の損害無し』と認定されているが、請求棄却者以外にもADR手続きによる賠償請求をした人は複数いる。少しバランスを欠いているのではないか」と語った。
「原告らが訴訟準備期間を含めると約6年の歳月を費やし、原則として原告全員の本人尋問を経て個別の損害を訴えた末の結果としては不十分。闘いに報いる金額では無い。苦労に苦労を重ねた挙げ句の判決にしては、物足りないものがある」
原告たちは和解による早期解決を望み、福島地裁もこれに応じて昨年12月、判決とほぼ同内容の和解案を提示した。しかし、東電は今年1月7日付で拒否している。これに対し、野村弁護士は「未曽有の原発事故を起こした責任を無視するに等しい。暴挙と言うべきだ」と批判。原告は控訴しない考えで、「東電が控訴すればいたずらに被害者を引きずり回し、紛争解決を長引かせる事になる。原発事故を起こした社会的責任と、当事者による主張・立証が尽くされた上での判決の重みを被告東電は真摯に受け止め、今回の判決に従うべきだ」と訴えた。

閉廷後の記者会見では複数の原告がマイクを握り、これまでの闘いを振り返った。損害は今も続いており判決には決して満足していないが、「泣き寝入りせず訴えた事は良かった」と語った
会の代表を務める平井ふみ子さん(71)=福島市=は当時、こう語っている。
「声をあげなければ駄目なんだ、と勇気を振り絞って準備を進めてきました」
別の女性原告は「こういう訴えを起こすと『復興の妨げになる』とか『中通りの汚染を認める事になってしまうからやめてくれ』などと言われてしまう」と葛藤を口にしていた。決して安易な提訴では無かった。
2018年2月からは、原告に対する本人尋問が行われた。2019年3月までの約1年間、ほぼ全員が慣れない法廷の真ん中に座り、時には嗚咽を漏らしながら原発事故後の想いを次のように口にした。
「放射性物質と違って、私たちの気持ちには『半減期』など無いんです」
「放射能は五感で感じる事の出来ない〝サイレントキラー〟です。被曝の心配は取り越し苦労ではありません」
「原発事故の無い、遠い遠い所へ逃げ出して、何も心配せずに暮らしてみたいと、いつも感じています」
「原発事故さえ無ければ、避難を巡って家族間で軋轢が生じる事もありませんでした」
「賠償額は加害者側が一方的に決めた。悔しくて、腹が立って『バカヤロー』と叫びたいです」
「親である以上、わが子の健康被害を心配し続けるのは当然です。母としての本能です。誰にも否定されたくありません」
「放射性物質と共に生きるという覚悟を決めたとは言え、不気味さには変わりありません。何も好んで決意したのではありません。ここで暮らしていくしか無い以上、自分をだますしか無いんです」
「平和で穏やかな生活は一変してしまいました。夢であってくれたら良いなと頬をつねってみましたが、夢ではありませんでした」
「私の精神的損害は政府には決められません。福島に住んでいなければ理解出来ないと思います」
交際相手の親から「放射能の影響の心配がある」と娘との結婚を拒まれた原告もいた。事故前から子どもたちへの読み聞かせ活動を続けていた女性原告は「避難しない子どもたちがいる以上、私だけ逃げる事は出来ませんでした」と苦悩を語った。野村弁護士は準備書面の中で、原発事故に伴う放射性物質の拡散を「音もせず、見えない『空襲』だ」と表現した。
一方で、提訴前の準備期間から5年以上にわたる裁判闘争で、原告たちの疲弊はピークに達していた。2019年5月には福島県庁内の記者クラブで記者会見を開き、和解による早期解決を求めた。だが、東電が和解案を受諾しなかった。

【「東電は判決に従うべき」】
判決は「自主的避難等対象区域に居住していた者の慰謝料額の目安は、避難の相当性が認められる平成23年12月31日までの期間に対応する慰謝料額として、30万円と認めるのが相当である」とした上で、原告ごとの個別事情を考慮して認容額を計算。原告52人のうち50人に関して、東電に対し2万2000円から28万6000円(合計1203万4000円)の支払いを命じた。残り2人は請求を棄却された。東電の既払い金は原則8万円と認定された。閉廷後に開かれた記者会見で、原告の代理人を務めた野村吉太郎弁護士は「いわゆる〝自主的避難等対象区域居住者〟に対する慰謝料としては過去最高額であるという点は高く評価したい。ただし2名の請求棄却者が出たのは非常に残念。判決理由では『ADR手続きでの損害賠償額以上の損害無し』と認定されているが、請求棄却者以外にもADR手続きによる賠償請求をした人は複数いる。少しバランスを欠いているのではないか」と語った。
「原告らが訴訟準備期間を含めると約6年の歳月を費やし、原則として原告全員の本人尋問を経て個別の損害を訴えた末の結果としては不十分。闘いに報いる金額では無い。苦労に苦労を重ねた挙げ句の判決にしては、物足りないものがある」
原告たちは和解による早期解決を望み、福島地裁もこれに応じて昨年12月、判決とほぼ同内容の和解案を提示した。しかし、東電は今年1月7日付で拒否している。これに対し、野村弁護士は「未曽有の原発事故を起こした責任を無視するに等しい。暴挙と言うべきだ」と批判。原告は控訴しない考えで、「東電が控訴すればいたずらに被害者を引きずり回し、紛争解決を長引かせる事になる。原発事故を起こした社会的責任と、当事者による主張・立証が尽くされた上での判決の重みを被告東電は真摯に受け止め、今回の判決に従うべきだ」と訴えた。

閉廷後の記者会見では複数の原告がマイクを握り、これまでの闘いを振り返った。損害は今も続いており判決には決して満足していないが、「泣き寝入りせず訴えた事は良かった」と語った
【本人尋問で語られた苦しみ】
提訴は2016年4月22日。34項目の精神的損害に対する賠償を東電に求めた。会の代表を務める平井ふみ子さん(71)=福島市=は当時、こう語っている。
「声をあげなければ駄目なんだ、と勇気を振り絞って準備を進めてきました」
別の女性原告は「こういう訴えを起こすと『復興の妨げになる』とか『中通りの汚染を認める事になってしまうからやめてくれ』などと言われてしまう」と葛藤を口にしていた。決して安易な提訴では無かった。
2018年2月からは、原告に対する本人尋問が行われた。2019年3月までの約1年間、ほぼ全員が慣れない法廷の真ん中に座り、時には嗚咽を漏らしながら原発事故後の想いを次のように口にした。
「放射性物質と違って、私たちの気持ちには『半減期』など無いんです」
「放射能は五感で感じる事の出来ない〝サイレントキラー〟です。被曝の心配は取り越し苦労ではありません」
「原発事故の無い、遠い遠い所へ逃げ出して、何も心配せずに暮らしてみたいと、いつも感じています」
「原発事故さえ無ければ、避難を巡って家族間で軋轢が生じる事もありませんでした」
「賠償額は加害者側が一方的に決めた。悔しくて、腹が立って『バカヤロー』と叫びたいです」
「親である以上、わが子の健康被害を心配し続けるのは当然です。母としての本能です。誰にも否定されたくありません」
「放射性物質と共に生きるという覚悟を決めたとは言え、不気味さには変わりありません。何も好んで決意したのではありません。ここで暮らしていくしか無い以上、自分をだますしか無いんです」
「平和で穏やかな生活は一変してしまいました。夢であってくれたら良いなと頬をつねってみましたが、夢ではありませんでした」
「私の精神的損害は政府には決められません。福島に住んでいなければ理解出来ないと思います」
交際相手の親から「放射能の影響の心配がある」と娘との結婚を拒まれた原告もいた。事故前から子どもたちへの読み聞かせ活動を続けていた女性原告は「避難しない子どもたちがいる以上、私だけ逃げる事は出来ませんでした」と苦悩を語った。野村弁護士は準備書面の中で、原発事故に伴う放射性物質の拡散を「音もせず、見えない『空襲』だ」と表現した。
一方で、提訴前の準備期間から5年以上にわたる裁判闘争で、原告たちの疲弊はピークに達していた。2019年5月には福島県庁内の記者クラブで記者会見を開き、和解による早期解決を求めた。だが、東電が和解案を受諾しなかった。
- 鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)
- フリーライター