今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、まだフェーズが6、つまりパンデミックにはなっていない。しかし、新型インフルエンザのときはそうではなかった。
2009年6月11日夕方、WHOのマーガレット・チャン事務局長は、警戒水準をフェーズ5から最悪のフェーズ6に引き上げ、「世界的大流行(パンデミック)である」とした。
しかし、弱毒性なので、「国境を閉鎖したり、国際的な貿易や移動を妨げたりする必要はない」と言明した。日本政府の対応については、22日に決めた基本的対処方針は変える必要はないというのが私の考えであった。
しかしながら、感染が全国的に拡大しており、医療の現場で混乱が続いている状況があるため、感染者は入院させずに原則自宅療養とさせたり、発熱外来を廃止したりするなど、行動計画の運用のさらなる弾力化をする方向で検討を始めさせた。
他方では、一日も早く新型インフルエンザワクチンの製造を始め、できるだけ多くのワクチンを確保する必要があった。そこで、生産計画を作らせ、7月中旬に製造を開始すると年末までに2500万人分を確保できるという試算を、6月9日に公表した。
ワクチン製造については、新型インフルエンザと季節性インフルエンザの製造比率をどうするかが問題であった。新型インフルエンザワクチンばかり作って、もし季節性インフルエンザが猛威を振るったらどうなるか。
そこで、季節性インフルエンザワクチンは、2008年の約8割に相当する約4000万人分を確保した段階で製造を打ち切って、製造ラインを切り替えて新型インフルエンザワクチンに集中することにしたのである。
この製造比率にしても、全く初めてのウイルスへの対応なので手探りである。成功する確証はない。冬が来ても、季節性インフルエンザは、新型インフルエンザに押さえつけられて、あまり流行していない。しかし、夏の段階でどうなるかは、誰にも分からなかった。
ワクチン製造量を決める最高責任者は、私である。国民の生命を守るために、あらゆる情報を入れ、多くの専門家の意見を聞いた上で、すべての責任を取る覚悟で、一つ一つ決断していったのである。
そして、一つの決定も、新しい事態が生じれば柔軟に変更していく。そのためにも情報が不可欠である。自治体の首長とのホットラインがなく、霞ヶ関の官僚にのみ情報を頼っていたのでは、柔軟で臨機応変の対応は不可能であろう。
6月19日には、先の運用指針を改定し、患者が少数の地域と増加地域の区別をなくして一本化し、原則としてすべての医療機関で患者を診療することにした。
また、入院させている患者も軽少な者は自宅療養に切り替えさせた。また、重症化しやすい基礎疾患を持つ者には、早期に抗インフルエンザ薬を投与するほか、優先的にPCR検査を実施することにした。つまり、対策の重点を感染拡大防止から重症者や死者を出さないことに切り替えたのである。