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  • 新恭

原発と電気をすり替えて坂本龍一を批判した「産経抄」

長年、石井英夫氏の味のある筆で読ませてくれた「産経抄」も、その降板後のここ8年ほど、執筆者に恵まれないようで、とくに昨今は薄っぺらい記事が多い。

7月21日の「産経抄」などはその典型だろう。論理もへったくれもなく、ただただ原発再稼働反対デモに参加した坂本龍一氏への憎悪をぶちまけて、一面コラムの品格などどうでもいいといった風情である。

ニューヨークの高級マンションに住む「いまどきのおしゃれな文化人」というていどの坂本龍一観をもっているらしい「産経抄」の筆者は、16日の反原発集会における坂本の演説についてこう書いた。

彼は、「たかが電気のために、この美しい日本の未来である子供の命を危険にさらすべきではない」とのたまった。確かに、たかが電気である。命には代えられない、と思わずうなずきたくなる甘いささやきではあるが、「たかが電気」がどれだけ多くの命を救ってきたことか。▼東日本大震災でも17年前の阪神大震災でも真っ暗だった被災地に明かりが蘇(よみがえ)ったとき、どれだけの人々が感涙にむせんだことか。大震災直後の昨年春、たかが数時間の計画停電で、病院に影響が及び、どれだけの病人が困ったかを坂本教授は知らないのだろう。

坂本が「たかが電気のために」と言ったかどうか筆者は知らないが、かりにそうだとして、彼がこの言葉にこめた意味をかみしめたとき、すり替えの論理をそのあとに続ける気になる人は、よほど詭弁好きといえよう。

坂本は原発再稼働反対のデモに参加したのである。だから「たかが電気のために」は次のように解釈しなければならない。

「電気は原発でなくともつくることができる。原発が再稼働しなければといって停電の不安をあおらなくとも、ほかの電力供給や節電努力でなんとでもなるだろう。たかが、それだけのことだ。子供の命を危険にさらしてまで原発を動かすべきではない」

大震災の被災地に明りが蘇って人々が感涙にむせんだのは、原発が必要かどうかとは関係がない。原子力なしに発電していこうという人々の思いが、あの官邸前デモに結集したのだ。

産経抄は、坂本のこととおぼしき「架空の」文化人について、こうも書いた。

若いときに電気をふんだんに使ったコンサートをやって人気者になり、ニューヨークの高級マンションに住む。もちろん税金は大好きな米国に払って日本には払わない。▼菜食主義を一度は試し、電気自動車のコマーシャルに出る。還暦を過ぎれば流行の「反原発デモ」の先頭に立って、アジ演説をぶって拍手喝采される。目立ちたいのは文化人の業だが、もう少し本業に専念しては、と望むのは古くからのファンのないものねだりだ。

これも皮相な人物観といえる。坂本が本業をおろそかにしているとは思わない。

作曲、編曲、演奏など多彩な音楽活動はいうまでもないが、テレビ番組でも、NHKのEテレでやっていた「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」は音楽の素晴らしさを若者に伝える非常にユニークな内容だった。

おしゃれな文化人が目立ちたいため反原発デモの先頭に立って演説したという、実に近視眼的なものの見方から、反原発運動を叩きたい産経の社論とともに、執筆者自身の文化度の低さが浮かび上がってくる。

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