改めて、女装はLGBTに含まれるか
具体例を経由してきたので、最後に本稿のタイトルにもなっている疑問を考えてみよう。下記の図表を見ながら読んでほしい。
L、G、Bは性自認と性的指向の組み合わせに関する、Tは出生時に割り当てられた性別と性自認の関係にまつわる性のあり方である(空欄は何であってもよい。また、この表にはあらわせない性のあり方がたくさんあることも補足しておく。そもそも人の性のあり方を図表の中に押し込めること自体とても乱暴だが、説明のための方便としてお許しいただきたい)。
ご覧のように、性表現はLGBTを特徴づける3つの要素(出生時に割り当てられた性別・性自認・性的指向)とは別のものなので、女装だからLGBTだとは言えないし、LGBTのどれかだと必ず女装しているとも言えない。レズビアン、バイセクシュアル女性、トランスジェンダー女性の性自認は男性ではないのでそもそも女装はできないし、ゲイ、バイセクシュアル男性、トランスジェンダー男性は、女装は可能だが、それぞれの性のあり方それ自体が必然的に女装を伴うわけではない。要するに、「ある人が女装をするか」と「その人がLGBTに含まれるか」は、そもそもまったく別のことなのである。
「オネエ」という言葉に潜む古い価値観
しかし、女装は実際にはなんとなくLGBT、あるいはセクシュアルマイノリティ(性的少数者)のイメージと重ね合わされる。そのことを象徴しているのが、女装となんとなく互換的に扱われている「オネエ」という言葉である。ここでも具体例から考えてみよう。「オネエ」には女装するゲイ(マツコ・デラックスさんなど)、トランスジェンダー女性(はるな愛さんなど)、女性らしい振る舞いをする異性愛男性(りゅうちぇるさんや尾木直樹さんなど)など、さまざまな人がいる。
これらの人々は、出生時に割り当てられた性別が男性で「女性らしい」性表現をしているという共通点を持っている。しかし、これは性自認を尊重し、「性自認こそその人の性別だ」と考える発想から後退した、「出生時に割り当てられた性別こそその人の性別」という発想に基づくものである。
多様な性のあり方が「オネエ」で一括りにされている
この発想のもとでは、ゲイやトランスジェンダー、異性愛者といった、出生時に割り当てられた性別・性自認・性的指向を中心に性の多様性を理解する方法においては全く別物とされる性のあり方が、「オネエ」という言葉のもとに一つにまとめられてしまう。「オネエ」というカテゴリーは、「LGBT」の理解の基礎となっている性の多様性についての現代的な認識枠組みにくらべて、きわめて特殊な枠組みに立脚したものなのだ。
そして、この方法にはあまりに弊害が多いことがくりかえし指摘されてきている。たとえば、トランスジェンダー女性とゲイを混同する、ゲイはみな女性の格好をしていると勘違いする、トランスジェンダー女性を(ゲイや異性愛男性と同列とみなし)女性ではなく男性だと判断してしまうなど、実際のセクシュアルマイノリティを傷つけ、危険にさらすような誤解がいくつも「オネエ」という言葉づかいのもとでは生まれやすくなる。
「オネエ」という言葉そのものがいけないわけではないが、それを女装と同一視し、LGBTのイメージの中心に据えてしまうことは、(強い表現になるが)暴力を引き起こしかねないのだ。
「女装を楽しめない」理由を取り除く社会を目指して
女装を足がかりに、ここまで性の多様性について整理してきた。本稿のサブタイトルに最後にあらためて答えておこう。「女装はLGBTに含まれますか?」。
結論としては、「女装とLGBTには直接的な結びつきはない。しかし、両者が結びつけて考えられがちな点にこそ、現代社会に根深く残る、性の多様性への誤解を見て取ることができる」ということになる。
当たり前のことだが、女装は悪いことではないし、女装に基づく芸や笑いがあること、あってよいことも、たとえばマツコ・デラックスさんを見ていればわかるだろう(おこのみであれば、たしかに女装は「市民権を得つつある」と言ってもよいかもしれない)。ただし、おそらく私たちは、女装をなんの弊害もなく存分に楽しめるほどには、性の多様性に対するみずからの偏見や誤解を乗り越えられていない。必要なのは「女装を楽しめなくさせる理由を、私たち自身の手でひとつずつ取り除いていく」ことなのだと、私は思う。
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森山 至貴(もりやま・のりたか)
早稲田大学文学学術院准教授
1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』『LGBTを読みとくークィア・スタディーズ入門』。(プロフィール写真:島崎信一)
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(早稲田大学文学学術院准教授 森山 至貴)