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長寿時代の医療・ケア――エンドオブライフの論理と倫理 - 会田薫子 / 臨床倫理学、臨床死生学

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はじめに

平和と豊かさと長命は人間の希求するところであり、医学・医療が目指してきた生存期間の延長は寿命革命につながった。1947年に約50年だった日本人の平均寿命は、2018年に男性が81年、女性が87年となった。いまや日本は世界でトップレベルの長命国である。

一方、さまざまな加齢変性を抱えながら最期へ向かう過程において、医療のためにかえって本人の苦痛が増し、尊厳が損なわれる場面もみられるようになった。多くの人にとって人生は長くなったが、老衰の進んだ超高齢者に負担となる医療行為が行われ、穏やかな最終段階が阻害されることも多くなった。このジレンマにどのように対応すべきか。

これは臨床現場において「生き終わり」のあり方を考察する臨床死生学の中核のテーマであり、人生の最終段階の医療とケアに関して本人・家族側の意思決定を支援する医療・介護従事者にとっては、臨床倫理上の重要なテーマでもある。

また、これは20世紀後半以降に著しく進展した医療技術の光と影をめぐる問いでもある。そのため先進国特有の問題であるともいえ、日本よりも先に先進国となった米国をはじめとする西洋諸国においては、この問題は日本よりも早く社会的に顕在化した。


人工的水分・栄養補給法について

1)医学的知見と情緒的反応の乖離

医療に関わる事柄を議論する際には、それがどのような分野の議論であっても、その基礎として、時代に合った新しい医学的な知見を踏まえることが必要である。医学的に適切な判断が土台となることで、臨床倫理的に適切な判断も可能となる。医学的な知見は時代に沿って更新されるものであり、そのために学び続けることが必要となる。

しかし、医学的な新知見が語ることは、従来から「常識」とされてきた見解や一般的な情緒的印象から乖離していることもある。そうした場合に、臨床現場では意思決定上の問題が発生しやすい。

例えば、老衰の最終段階やアルツハイマー型認知症末期において摂食嚥下が困難になったとき、人工的に水分と栄養を補給することは医学的および倫理的にどのような意味をもつのだろうか。

この問題は人工的水分・栄養補給法(AHN:artificial hydration and nutrition)が存在しなかった時代には、当然ながら存在しなかった。

AHNには経鼻胃管あるいは胃ろうや腸ろうを経て栄養剤を投与する経腸栄養法と、中心静脈あるいは末梢静脈から栄養分を投与する静脈栄養法がある。経腸栄養法は管を使用するので経管栄養法とも呼ばれる。

AHNが一般的な医療行為となった1970年代以降、この技術は多くの症例にとって福音となった。何しろ、食べることができなくても生きられる時代となったのである。AHNは事故や腫瘍や神経疾患やその他の疾患や障がいのために摂食嚥下困難となった人たちにとって、生き続けることを可能にするための手段となった。大きな医学的進歩であった。

一方で、人生の最終段階に到り、生命体として終焉を迎えているために食べなくなっている超高齢者にまでAHNが行われ、それが本人にとって苦痛のある最期につながり、社会問題化した。米国ではPEG(ペグと読む)という術式を用いて胃ろうを造設して行う栄養法が汎用され始めた1980年代から、日本では2000年代に入ってから、次第に深刻な社会問題となった。

しかし、AHNが問題化した症例を見ても、医師を含め多くの人々の情緒は次のように反応した。

AHNが容易に手に入る時代に、AHNを行わずに看取ることは倫理的に許されるのか?

筆者が2004年に医師に対して実施したインタビュー調査では、多くの医師が次のように語った。

「水分と栄養を補給しないことはね、アフリカの子どもを餓死させるのと同じだから、絶対できませんよ、人間として。人工栄養は、基本的にはやめられないです。僕の考えでは、それは虐待だと思う。経管栄養をしないとか、それはある意味、死に直結することですよね。」(40代男性、脳外科医)

「とにかく餓死は、ウチでは餓死させろと言われても病院ですから、そういうことはできません」(50代男性、療養型病院院長)

ちなみに、このインタビュー調査において、筆者の側から「餓死」という言葉を用いたことはない。筆者はこの言葉を使用しないよう慎重にインタビューをすすめ、具体的な臨床像を示し、その患者においてAHNを差し控えることをどう捉えるかを問うた。そうしたら、多くの医師が自ら「餓死」という言葉を使い、「許されない」、「非倫理的」と述べたのである。

このインタビュー調査の詳細は、『延命医療と臨床現場――人工呼吸器と胃ろうの医療倫理学』(東京大学出版会、2011)にて報告し、次の段階として、この調査結果をもとに量的調査を実施した。

2)量的調査が示す医師の意識変化

前述のインタビュー調査は、先行研究が不在な領域においてブラックボックスを開け、変数を明らかにするための調査でもあった。そのようにして明らかになった変数によって仮説を組み、実施した縦断調査の結果、この問題に関する医師の意識が5年のインターバルで大きく変化したことが示された。その一部を以下に記す。

1回目の調査は2007年に、2回目は2012年に実施した。対象は療養病床勤務で高齢者を日常的に診ている医師720名。老衰の最終段階かつアルツハイマー型認知症末期で摂食しなくなった85歳の仮想症例を示し、いずれのAHNの方法を選択するか、あるいはいずれも選択しないかについて質問した。

その結果、2007年の調査(有効回答数277票)では、「胃ろう栄養法を導入する」ことが適切と回答した医師は33%、「末梢点滴を継続しつつ自然の経過に委ねる」も33%、「経鼻胃管栄養法を施行する」は31%、「すべてのAHNを差し控えて自然の経過へ委ねるのが適切」を選択したのは2%だった。

また、この症例について、「AHNを差し控えることは患者を餓死させることと同じであると思いますか」と質問したところ、「そう思う」という回答は47%、「そう思わない」は23%だった。

しかし、同じ母集団の医師を対象に同一の質問紙調査を2012年に実施(有効回答数273票)したところ、同一の仮想症例について、「末梢点滴を継続しつつ自然の経過に委ねる」を選択した医師は59%とほぼ倍増した。一方、「胃ろう栄養法を導入すること」が適切と回答した医師は11%と3分の1に減少し、「経鼻胃管栄養法を施行する」を選択した医師は15%と半減以下になった。また、「すべてのAHNを差し控えて自然の経過へ委ねるのが適切である」を選択した医師は10%になった。

そして、AHNの差し控えはAさんを餓死させることと同じであると思うと回答した医師は28%に大きく減少し、そう思わないと回答した医師は43%とほぼ倍増した。

これらの変化が起こった背景には、2012年に発表された、日本老年医学会ガイドラインの影響があると思われる。同ガイドラインについては後述する。

医師の認識は患者・家族の選択肢の幅に直結する。それは、医師が選択肢として認識していることのみが患者・家族に選択肢として提示されるからである。つまり、こうした医師側の意識変化は患者側に直接的かつ重大な影響を及ぼすのである。

医師がAHNを施行せずに看取ることを「餓死させること」と認識している限り、医師に「AHNを行わずに看取る」という選択肢はそもそも存在しないので、患者・家族側にもこの選択肢は提示されない。これは患者・家族側にとって、どのような意味をもつのだろうか。

3)AHNを行わないことは緩和ケア 

アルツハイマー型認知症に関して日本よりも長い年月にわたって研究を進めてきた欧米諸国の医学会やアルツハイマー協会は、アルツハイマー型認知症では末期になるまで摂食可能なことが多いが、可能な限りの食事介助を工夫してもいよいよ食べることができなくなったら、それは本人の生命が生物学的に終焉の段階にあることを意味しているので、その後に胃ろう栄養法や経鼻胃管栄養法を行うと本人の身体にはかえって負担になるとしている。これは現代、胃ろうや経鼻胃管栄養法の適応に関する標準的な判断と考えられており、2000年頃から諸外国で相次いで発表されたガイドラインに記載されている。

この段階で摂食困難となった場合に胃ろう栄養法も経鼻胃管栄養法も行わないとなると、AHNに関してはどのようにすればよいのだろうか。

米国老年医学会は「適切な口腔ケアを行い、小さな氷のかけらを与えて水分補給する程度が望ましい。氷に味をつけるのもよい。死を間近にした患者は空腹やのどの渇きを覚えない」とし、オーストラリア政府は「高齢者介護施設における緩和医療ガイドライン」において、「アルツハイマー型認知症末期で摂食嚥下困難になった患者に対する最も適切なアプローチは、死へのプロセスを苦痛のないものにすることである。胃ろうや経鼻チューブによる経管栄養法も輸液も実施しないほうが最期の段階の苦痛が少なくて済む。死が迫った高齢者に胃ろう造設すべきでない」としている。

医学・生理学的にいえば、老衰やアルツハイマー型認知症末期にはAHNを行わずに看取るのが本人にとって最も苦痛の少ない最期につながる。その理由として、余分な輸液を行わないことによる気道内分泌物の減少と吸引回数の減少、気道閉塞リスクの低下や、肺と心臓への負担の低下、脳内麻薬と呼ばれるβエンドルフィンやケトン体の増加による鎮痛鎮静作用が挙げられる。つまり、AHNを行わないことは「餓死させること」ではなく緩和ケアであり、自然に委ねることで安らかな最期を実現することができるのである。

そのようなわけで、緩和ケアの観点からいえばAHNを行わないことが最も適切な選択肢となる。そして高齢者医療において最も重要なのは緩和ケアなのである。

もっとも、すべての症例において個々に検討することは重要なことであり、アルツハイマー型認知症末期と診断されていても、胃ろう栄養法等によって生存期間が延長される場合はゼロではないので、肺炎の罹患歴と本人・家族の希望などによっては、胃ろう栄養法を検討の対象とすることはありえるだろう。しかしその場合でも、医師はアルツハイマー型認知症末期患者に対し、胃ろう栄養法等の経管栄養法を積極的に勧めるべきではないといえる。

この領域で著名な石飛幸三医師や中村仁一医師が述べるように、「食べないから死ぬのではない。死ぬから食べないのだ」。

4)点滴信仰

上記の仮想症例に対するAHNとして、2012年の調査では末梢点滴を選んだ医師が多かった。筆者らが日本老年医学会の医師会員を対象に実施した同様の調査において、この仮想症例とほぼ同じ臨床像の患者に対して末梢点滴を選択した医師443名に対し、その理由を問うたところ、複数回答で、「すべてのAHNを差し控える場合に比べて家族の心理的負担が軽くなるから」が69%、「すべてのAHNを差し控える場合に比べて医療スタッフの心理的負担が軽くなるから」が57%であった。末梢点滴は医療行為であり、医療行為は医学的なニーズに応じて行われるべきものだが、この設問で「患者にとって医学的に必要だから」を選択した医師は38%だった。

つまり、この場合の末梢点滴は医学的なニーズではなく、家族や医療スタッフの心の負担軽減のために行われていることが示されたのである 。

何もせずに看取ると看取る側の心が痛むので、点滴ボトルの下がった風景をつくり、家族と医療スタッフの情緒をケアしているつもりになっているのである。

しかし、ここでケアされている周囲の人たちの情緒とは何なのか。そもそも誤解に基づいた認識なのではないだろうか。

人生の最終段階にある本人に繰り返し針を刺しながら、本人のためではない医療を周囲の情緒のために行っていることの意味を再考すべきである。日本では7割以上の人が病院で最期を迎えているが、その際に病院で広く行われている末梢点滴の多くが見直しの対象となると言えるだろう。

5)AHNの差し控えや終了も適切な選択肢

AHNを行わないという意思決定は、エンドオブライフ・ケアに関わる判断のなかでも特に難しいといわれている。それは、AHNは食事の代替であり、その提供はケアの象徴と認識されることが多いからである。上述の調査のように、その差し控えや終了は「餓死させること」に相当する非倫理的なことと認識している医療・介護関係者は少なくない。

医療者がこのような認識を有しているとき、家族に対し、AHNを差し控えて看取ることは選択肢として提示されず、胃ろう造設等が行われる。何らかの医療行為が行われるとき、その効果よりも医療行為を実施したという事実に重きが置かれることも少なくない。自然な経過の先にある死を受け入れることに対する心の抵抗が、医療行為の継続を呼び、患者の不利益に帰することが少なくないのが現代医療の特徴の1つである。

これらの課題への応答として、日本老年医学会は2012年、「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン――人工的水分・栄養補給法の導入を中心として」を発表した。このガイドラインにおいて、AHNも含め、本人の益にならない医療行為を差し控えたり、一旦開始したあとでもその医療行為を終了して看取ることは臨床上の適切な選択肢とされた。

また、同ガイドラインはAHN導入をめぐる意思決定に関して、「本人の人生をより豊かにする、少なくともより悪くしないことを目指す」、「AHNの導入・差し替え・導入後の減量・終了について、本人の人生にとっての益と害の観点で評価する」、「本人/家族らとスタッフが本人の最善をめぐってよりよいコミュニケーションを取り、納得できる合意形成/共同意思決定を目指す」ことを推奨している。

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