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毅然と退けるべき意見

「残業好き」の人たちにとって働き方改革とは何なのか?(Yahoo!ニュース)

現場に入ってコンサルティングをしていると、定時後になった途端に生き生きしてくる連中を見る。「定時を過ぎた。10分でも20分でも早く仕事を終わらせて帰りたい」と焦って仕事をするのもいるが、「夕方6時を過ぎたので、そろそろエンジンかけるか」的な感じで、腕まくりをする者もいる。

「残業好き」な人の味方をするわけではないが、よく考えると不思議な話である。

働き方の多様化、柔軟化を進める時代なのだから、定時後、人気(ひとけ)がなくなったオフィスで、気楽に仕事をするのが好き。

休日に、ほとんど誰もいないオフィスに昼から出社し、コンビニで買ったコーヒーとチョコレートを口にしながら、ダラダラと作業をするのが、意外と嫌いじゃないんだよな。

――こういった感覚を、本当に否定していいものか、と思ったりする。他人に強要するのはよくないが、そういう働き方の「嗜好」なのだと言われたら、どう反論すればいいのだろうか。

 世の中には介護福祉関係など「必要とされているけれども薄給」というポジションがありますが、反対に「世の中には必要ないけれど高給取り」の職業もありまして、例えば新聞の論説委員やコンサルタントが該当するわけです。そんな害悪の化身であるコンサルタントに言わせれば、残業削減も上記のような扱いになることが分かります。

 振り返れば非正規社員の待遇改善を巡っても、似たような論調は少なからずありました。正規雇用を望む人ばかりではなく、永遠に非正規のまま働き続けたい人も多いのだと、そう説く人もいたものです。勿論やむなく非正規で働く人もいれば、あくまで家計の担い手は亭主で自身は補助的に働くだけ、という人も多いですから、その説も嘘ではないのでしょう。

 もっとも、自らが家計の担い手になっている非正規労働者の収入を安定させることと、あくまで家計の担い手たる亭主の補助として働くだけの非正規労働者を非正規のまま働かせることとでは、重みも緊急性も全く別次元です。家計の補助として働く人の失業は深刻ではありませんが、前者は違うわけで、どちらを優先すべきかは議論を待つまでもないと言えます。

 そして今回の残業を巡る話も然り、確かに残業好きは少なくありません。私の勤務先でも、定時(あるいは昼休み)のチャイムが鳴ってから仕事を始める人も多いです。時間外の仕事への取り組み姿勢を評価されて昇進を重ねた人もまた少なくないのですが、ただそうした人々が会社に何をもたらしているかを思うと、首を捻らざるを得なかったりします。

 ~さぞアフター6を満喫しているかと思いきや、全員が楽しんでいるわけではありませんでした。残業ゼロの環境に適応できない者が現れ始めたのです。超集中して効率的に働かなくてはならない環境に耐えかねて、自分のペースでゆっくり仕事をしたい、残業したいと、今までとは逆の声が出始めました。(『完全残業ゼロのIT企業になったら何が起きたか』米村歩, 上原梓)

 上記は残業ゼロを達成したという会社の社長の話ですが、必ずしも残業がなくなったことを喜ぶ人ばかりではなかったことが伝えられています。世の中、そういうものなのでしょう。SM好きもいれば、生レバーやアンモニア臭のキツイ食品が好きな人もいる、人の好みはそれぞれです。ただし、そんな人の好みを何もかも認めていくことが多様性かと言えば、これは別の話です。

 職場の昼休みに、くさややホンオフェ、シュールストレミングを食べる人がいたとして、そういう食べ物の「嗜好」なのだと言われたら、どう反論すればいいのでしょうか? あまり考えるまでもないように思います。そして「残業好き」も同じような物だと言えます。何かを認めることが多様化、柔軟化を進めることではないのです。

 定時までに仕事を終わらせるという意識を持たず、残業を前提にダラダラ仕事をする人を認めるべきでない理由は、それがコンサル同様の害悪だからです。時間を意識しない行動で周囲の足を引っ張る人、時間外の残業で評価を得て昇進する人、そういう人の存在は必然的に、「残業しなければ」ならない空気を組織内に生み出します。

 チームで仕事をする以上、なんとかして時間内に終わらせようと頑張る人がいても、残業して対処するからとノンビリ構えている人がいれば、結局は業務が滞ってしまいます。あるいはいつも遅くまで会社に残る人がいれば、定時で帰ろうとする人が逆に「なぜ同僚が仕事を終えていないのに手伝おうとしないのか?」と問われる等々、仕事を時間内に終えた人が評価を下げられることだってあるわけです。

 不寛容に寛容な社会では、寛容な人々は不寛容な人々によって強い制約を受けることになります。ヘイトスピーチやレイシズムを多様性の旗によって許容すれば、当然ながらそれによって抑圧される人々が生まれるわけです。残業好きも、同じようなものではないでしょうか。残業好きの自由を認めれば、定時までに仕事を終わらせて帰りたい人には足枷がはめられることになります。

 唯一、許される残業好きがあるとすれば、それは低すぎる賃金を補うための生活残業だけですね。これは当然ながら、「残業したい」という要望を認めることではなく、残業無しで生活設計が成り立つよう賃金を国際水準まで上げることによって解決されるべき問題です。逆に十分な給与を与えられているにもかかわらず残業したがる人がいるのなら、それは愚行権の範囲に制限されるべきものと言えます。

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