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新型肺炎、武漢からアメリカに帰国した女性が明かす「隔離生活」


封鎖前の中国を娘と観光

 武漢からのチャーター便でアメリカに戻った人たちが、2週間の隔離を終えて、次々と家路についている。

 宗教的理由から食事に苦労しながら、ようやく家族に再会できた女性に、長かった隔離生活の話を聞くことができた。

 カリフォルニア州に住むエスター・テベカさんは、冬休み中の長女(15)を連れて出身地の武漢へ1月1日に旅立った。夫と次女と長男が留守番だ。

 まずは中国国内を旅行した後、旧正月を親族と過ごせるよう、14日に武漢の実家へ戻った。その頃、武漢では肺炎がニュースにはなっていた。街中にはまだマスク姿が少なかったが、エスターさんたちはなるべく室内で過ごすようにした。

 だが、20日に患者数が異常に増加し、不安を覚える。すでにこのとき、日本やタイ、韓国などで感染者が報告されているが、中国内では情報が限られていた。

 彼女の不安は数日後に絶望へと変わる。

 23日、中国政府は武漢市の交通機関をすべて停止し、街を封鎖。市内はゴーストタウンのようになり、誰も外を歩かない。スーパーの棚は塩でさえも売り切れ。ユダヤ教徒のエスターさんは、コッシャーフードと呼ばれるユダヤ教の聖典にのっとった食べ物を調達するのが困難となった。

 アメリカ育ちの長女は中国語もよくわからない。領事館に連絡しても、留守番電話にメッセージを残すことしかできなかった。車の出入りを禁止する措置など聞いたこともなく、恐怖から睡眠もよくとれない。そんななかで、エスターさんは中国のメッセージングアプリ、ウィーチャットで必死に情報を収集するも、なかなか正しい情報を入手できない。

 だが、まもなく、アメリカ領事館から自動返信のメールを受け取る。そこにはチャーター機への登録の仕方が指示されていた。彼女達は第一便の座席を確保することができたのだ。


待ちに待ったチャーター機

 28日、乗り物が禁止されているなかで車を動かす許可を取りつけ、親戚の車で空港へ移動。空港では、200名ほどの乗客が経過観察しやすいように体温を書いた赤いリストバンドをつけ、搭乗を待った。

 当初、午前9時の出発予定だったチャーター機は遅れに遅れ、翌日の午前4時にようやく離陸できた。機体は貨物機を改造したもので、外は見えない。全員マスク着用で職員は全身防護服。荷物棚はなく、スーツケースはまとめて床の横に置かれた。カーペットはなく、冷たい金属がむきだしの状態だ。機内の前方も壁はなく、白い大きなビニールがしきりのように貼られていた。


機内の様子

 経由地となったアラスカのアンカレッジで全員体温の再検査。ここでもまともに食べられるものはなく、結局44時間をオレンジとバナナ2本で過ごした。


空軍基地内の様子

 ようやくアメリカについたエスターさんたちは、隔離場所となる南カリフォルニアのマーチ空軍基地に向かった。72時間の隔離と言われていたが、その期間は2週間に変わっていた。

 基地内であてがわれた部屋はトイレに隣接した個室で、冷蔵庫と電子レンジつき。室内清掃サービスも来る。隔離中の滞在費は無料だが、ちょっとしたホテルのような雰囲気だ。

 毎朝10時に中庭で集会があり、健康診断がおこなわれた。隣の人とは1.8メートル(6フィート)離れるように、また子供同士がくっついて遊ばないようにとの指示があった。検診は1日に2回。アクティビティも用意されたが、エスターさん達はほとんどの時間を自室で過ごした。Wi-Fiはなく、本も小さな子供向けのみ。15歳の娘は退屈しきって、幼児向けの塗り絵をして過ごした。

 ここでも宗教に即したメニューがないため、地域のユダヤ教指導者に食材や電気プレートを用意してもらい、自炊したという。


空軍基地内の保健施設

 ある日、エスターさんの夫が、車で6時間離れた場所から差し入れを持ってきてくれた。喜んで外に出たら、即座に銃を持った兵士に囲まれてしまった。隔離中の身分を思い知らされたエピソードだ。結局、すぐそばにいる夫には会えずじまいで、差し入れだけが部屋に届いた。

 彼女たちが滞在した場所は空軍基地内の限られたエリアで、兵士や職員らと接しないように区別されている。後日同じ基地に隔離されてきたグループとも接触しないように配慮されており、顔を合わすのは同じグループのメンバーのみである。

 幸いにも、このグループで陽性反応が出た人は1人もいなかった。2週間の隔離が終わったときには、アメリカの卒業生が帽子を空に投げるように、皆でマスクを空高く放り投げる光景が繰り広げられた。解放されたエスターさんが、自宅まで夫の車で戻り、残されていた2人の子供に会えたのは翌日のことだった。

 13歳の次女が「welcome home(おかえり)」と手描きの看板を作って迎えてくれた。母なしで1カ月半を過ごした子供たちの気持ちを思うと、涙がこみ上げてきた。自由の身となった今は、「本当に本当にフリーだ」と感じていると話してくれた。

 エスターさんは、アメリカ政府の迅速な対応に感謝している。

 特に、解放される日の朝、管轄の衛生局が「ここにいた人たちは新型肺炎に感染していない。彼らが批判されたり避けられたりすることのないようにしてほしい」とメディアに念を押していた光景は忘れられない。それでも周囲の住民感情に配慮し、しばらくは家の中でおとなしく過ごすつもりだ。

 インタビューの最後、エスターさんは、日本で同じような境遇で苦しむ人たちに対して「幸運を祈ります」と語って、静かに電話を切った。(取材・文/白戸京子)

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