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「不登校をしたら行き場がない」と思ってた私が仕事に就くまで

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 小学校1年生で不登校をし、現在は児童養護施設や学童で支援員として働く久美子さん(31歳/大分県在住)。不登校中、もっとも苦しかったことや、安心できる「居場所」を見つけるまでの経緯などをうかがった。

* * *

――不登校になったのはいつごろでしょうか?

 学校へ行けなくなったのは、小学1年生の終わりごろのことです。入学当初は食べられていた給食のにおいが受けつけられなくなって、徐々に学校に行けなくなりました。

 その当時の記憶はとてもあいまいなんですけど、髪や服についたにおいにとても敏感で、一日に何度も手を洗ってしまうこともあったと思います。

 1年のときの担任は新卒の先生でしたが、放課後に公園へ連れて行ってくれるなど、積極的にケアをしてくれました。

 私も友だちと遊びたいし、学校がきらいだとは思っていませんでした。それでもなぜか学校には行けず、2年生になると本格的に不登校なりました。

理由がない、だから苦しい

 今、ふり返ると学校独特の雰囲気や、その環境での生活様式が合わなかったのだと思います。

 しかし、当時の私にはそれらを言葉にすることができず、まわりはもちろん、自分自身でも「行かない」ことに納得できるだけの理由が見あたりませんでした。

 「理由がない」ということに悩む時期は、長く続いていました。

――そのころ、学校のほかに居場所はありましたか?

 私の地元・大分県中津市にフリースクールはありませんでした。フリースクールという言葉を知ったのも、小学校高学年になってからのことです。

 そんな環境のなか、地域で安心して通える学校以外の場所を見つけることはかんたんなことではありませんでした。

 最初に出かけるようになったのは、小学2年生か3年生のころに母親が参加し始めた不登校児童の親の会です。

 私を入れて5人から6人ぐらいの小・中学校の子どもたちが集まって遊んだことを覚えています。

 もうひとつは地元の行政が行なっていた「ふれあい学級」。こちらは週に数回程度、不登校のこどもたちが集まる場所で、中学生になってから何度か行ったことがあります。

 けれどなかなか通うというところまでは行かず、遠足などのイベントにだけ誘ってもらって参加していました。

 積極的に外へ出て行こうという気持ちになれなかったいちばんの理由は、周囲の目です。

 「ふれあい学級」は自転車で15分くらいの距離の古民家で行なわれていていました。

 ひとりで通える距離でしたが、先生に迎えに来てもらえるときしか行く気にはなれなかったんです。

 それだけの距離を昼間ひとりで移動するのは、心理的なハードルが高かったからです。

不登校の子とは遊ばせない大人

 まわりには「なんで学校へ行ってないの?」と聞く人がいました。なかには、友だちの家に遊びに行った私に「学校へ行ってない子とは遊ばせん」と直接言う人もいました。

 そのうちに「学校へ行ってないと遊んだらダメなんだな」という思いは、私の頭にすっかりこびりついてしまったのです。

 始業時間には間に合わないけど、途中からなんとか学校へ行こうとしたこともあったんです。

 けれど、それもかんたんなことではありませんでした。ほかの子どもたちが歩いていない通学路を、ひとりで歩いていくことがどうしてもできない。そんなときは、母に学校までいっしょに来てもらいました。

 このころ私は自分のことを、「変わってる子なんやろうな」と思っていました。みんなと同じことができない。そのことにいちばん悩みました。

――その後、見つけられた「居場所」について教えてください。

 ひとつ目は、日本舞踊のお稽古です。中津市には、地元の人たちに熱狂的に愛されている中津祇園というお祭りがあります。

 お祭りでは地域ごとに山車をひきます。そのうえで友だちが踊っているのを見て「私もあそこで踊りたい!」と思ったのをきっかけに始めました。小学3年生のころのことです。

 日本舞踊の先生は、私が不登校であるということを知りながら、あたたかく迎えてくれました。

 お稽古は週に1回。いっしょに通っていた友だちは年上だったので、その日、私が学校へ行っているかどうかもクラスがちがうのでわかりません。

 何より、私は祇園が好き。祇園が私の生活そのもの。だから、祇園のお稽古に行くときはまわりの目は気にしなくなっていました。

 地元では、祇園に命を懸けている人たちのことを祇園馬鹿と言います(笑)。祇園の始まりは一年の始まり、祇園の終わりは一年の終わりというように、彼らの生活の中心には祇園があります。

 日本舞踊を始めてから、7月の終わりにある祇園が私の生活の中心になりました。ふだんは家ですごしていても、暖かくなってくると「外に出なきゃ」という気分になるんです

 小学5年生のときに児童合唱を始めたことも、大きな転機になりました。この地元の少年少女合唱団では週に一度、市内の小・中・高校生が集まって練習をしていました。

 これをきっかけに音楽が好きになって、中学2年生のころからは毎週のように、地元を拠点に活動するインディーズバンドのライブにも行くようになりました。

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