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あえて「ラム肉串」を売り出したサイゼリヤの周到戦略

サイゼリヤが昨年12月から売り出したラム肉の串焼き「アロスティチーニ」。あまりの大人気で販売は一時休止となり、2月から数量・期間を限定して販売再開した。一体、この騒動は何だったのか。飲食チェーンに詳しい稲田俊輔氏が解説する——。

サイゼリヤ西早稲田店(新宿区西早稲田、2001年4搈21日)
サイゼリヤ西早稲田店(新宿区西早稲田、2001年4月21日) - 写真=時事通信フォト

ファミレスチェーンが羊肉を扱うという異例の事態

この冬、サイゼリヤ全店のグランドメニューに入った羊肉の串焼き料理「アロスティチーニ」が大きな話題を呼びました。

話題となった焦点は3つ。1つ目は「あの」サイゼリヤがついに羊肉を扱い始めた、という驚きです。ファミレスなどのチェーン店は好き嫌いの分かれるクセのある料理や食材を避ける傾向があり、羊肉はその最たるものでした。

しかし世間には一定数の「羊肉好き」がいます。彼らの羊肉に対する愛着は、単なる肉の種別としての嗜好を超え、信仰的ともいえる熱狂をもつこともしばしばです。羊肉を食べられる飲食店は決して多くはありませんが、羊肉ファンは羊のある店を積極的に探し出して利用し、牛肉や豚肉には目もくれません。

サイゼリヤの「英断」に真っ先に快哉(かいさい)を叫んだのは彼らでした。わざわざマニアックな店を探し出して食べるものだった羊肉が、これからはサイゼリヤで気軽に食べられるというよろこびに加え、今後一般消費者にも羊肉の魅力が伝わるのではないかという期待感が高まったのでしょう。羊肉ファンにとって羊肉の普及は常に悲願なのです。

店側すら予想していなかった「大番狂わせ」だった

2つ目のポイントは「アロスティチーニ」の味です。本国イタリアのアロスティチーニは、羊肉を鉄串に刺し、塩やハーブ、にんにくなどでシンプルに味付けして焼いたもの。一方、サイゼリヤのアロスティチーニは、串焼きの本体はほぼ塩のみの味付けでしたが、横にオリジナルのミックススパイスを添えてあり、これが「おいしい」「ヤミツキになる」と大評判でした。

羊肉によく合うだけでなく、このスパイスだけを別売りしてほしいという声さえ上がっていたのです。SNSではこのスパイスを転用した卓上カスタマイズ料理を披露する猛者も現れました。「フリウリ風フリコ」に混ぜてフォッカチオでディップしたり、「ディアボラソース」とミックスしてチキンにかけるなど大胆にアレンジしていました。

3つ目は、発売後の予想を超えた人気の高さで販売中止になったことです。

「話題にはなりそうだが、たくさん売れそうにはない」という大方の予想をひっくり返し、ヒット商品となりました。新商品の発売にあたってサイゼリヤは販売予測を立て、それに基づいて原材料の調達、確保を行っていたはずですから、このヒットは店側も予想していなかった大番狂わせと言えるでしょう。

ハーブを複数ミックスすることで食べやすく

私もサイゼリヤファン、そして羊肉ファンとして、発売直後に「アロスティチーニ」を食べに行きました。そしてこの一連の「事件」とも言える世間の盛り上がりの中で、面白い現象に気づきました。

サイゼリヤのアロスティチーニのミックススパイスはかなり独特です。本来アロスティチーニは塩とハーブのシンプルな味付けです。本国イタリアでもさまざまなスタイルはあるようですが、おおむねハーブの「ローズマリー」が使われているようです。これはほかのイタリアの肉料理にも共通する要素です。

サイゼリヤのミックススパイスにもおそらくローズマリーは入っていますが、さらにオレガノやタイムなど複数のハーブがミックスされているようでした。複数をミックスすることでそれぞれのクセをおさえ、ハーブに慣れていない人でも食べやすい味に仕上げられていました。

「うま味調味料」で日本人好みの味わいに仕上がっている

また、ハーブだけでなくスパイスも合わせられていました。最も印象的だったのはクミン。加えて辛みの穏やかなタイプの唐辛子かパプリカと思われるチリ系のスパイス。コリアンダーやブラックペッパー、ガーリックパウダーなども配合されているようでした。

味付けは塩だけではなく、しっかりと「うま味調味料」が入っていました。これによって日本人好みのキャッチーな味わいになっていたと思います。

全体としては「東西のミクスチャー」といった感じです。結果的に東西の中間である中央アジア、トルコ料理などに近い味になっていたと感じました。

なぜサイゼリヤがこのようなミックスにたどり着いたのか。この中央アジア的な味付けは地中海に沿うムスリム地域にも広がっているので、もしかするとその影響でイタリアにもこれに近いスタイルのアロスティチーニが存在する可能性も無いとは言い切れません。

中国東北料理の「羊肉串」に似ている

それはともかく、サイゼリヤのアロスティチーニは少々乱暴にまとめると「いかにもヨーロッパ的なイタリアのハーブ文化に東洋的なスパイス文化のアクセントを加えたもの」という独自性があると思います。

ところが(ここが極めて面白いところなのですが)、このアロスティチーニ用スパイスの味についてSNSなどで見られる意見は、ほとんどが「東洋的なスパイス文化」との類似性についてだけで、「イタリアのハーブ文化」はすっ飛ばされているのです。

「東洋的なスパイス文化」をより具体的にいうと、中国東北料理の「羊肉串」との類似性です。中国の羊肉串は一般にクミンとチリの風味が中心です。そこにガーリックやうま味調味料が入ります。まさにサイゼリヤのミックススパイスのアクセント部分そのままです。裏を返せば、羊肉串との類似性を感じるのは当然でしょう。

中国東北料理の羊肉串は、ここ数年、都心部で定番となりつつある料理です。当初は急増する中国東北系移民に向けて東北人経営の中国料理店(象徴的な店に神田の「味坊」などがあります)で供されていたものですが、いつしか「安くてうまい羊料理」として日本人の好事家に「発見」され、瞬く間に広まりました。先に述べた「熱狂的な羊肉ファン」とこの「羊肉串を発見した層」はほとんど同じ人たちでしょう。

サイゼリヤは戦略的に「東北羊肉串」の味に寄せた?

ここ数年、日本では、タピオカのような「マス」の流行だけでなく、羊肉串のような「アンダーグラウンド」での流行が熱狂的な支持を集めるという現象がたびたび起きています。今回の「アロスティチーニ事件」の核は、まさにそのアンダーグラウンドの盛り上がりだと私は考えています。それを一気に大メジャーのシーンに抜擢したのがサイゼリヤ、という構図です。

そう考えると、サイゼリヤはそのアンダーグラウンドでの盛り上がりをにらんで、アロスティチーニを羊肉串にあえて「寄せた」というのも可能性も考えられます。そうだとすれば、極めて時代に敏感な、しかも大胆かつ周到なマーケティングスタイルです。

そして痛快だったのは、羊肉串をめぐるアンダーグラウンドでの盛り上がりは、仕掛けた側のサイゼリヤの予想をはるかに超えて大きく、羊肉串とは縁の薄かった一般層に対しても強い波及力を持っていたことが、「アロスティチーニ事件」として可視化されたという点です。

これはまさしくひとつの「事件」なのです。

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稲田 俊輔(いなだ・しゅんすけ)
円相フードサービス専務
鹿児島県生まれ。関東・東海圏を中心に和食店、ビストロ、インド料理など幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)を経営する円相フードサービス専務。メニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛ける。イナダシュンスケ名義で記事をグルメニュースに執筆することも。ツイッター:@inadashunsuke
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(円相フードサービス専務 稲田 俊輔)

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