
日本にカジノが本当にできるのか? 予定地となる地域では住民の反対運動も出ていて、2019年末からは収賄容疑も持ち上がった。日本のカジノ狂騒曲はどこへ向かうのか、経営コンサルタントの大前研一氏が解説する。
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カジノを含む統合型リゾート(IR)事業をめぐる問題が紛糾している。
昨年末に衆議院議員の秋元司容疑者が中国企業「500ドットコム」から賄賂を受け取った収賄容疑で逮捕され、野党はカジノ法(IR整備法)の廃止法案を今国会に提出。1月中に決定するはずだったIRの選定基準に関する基本方針は先送りされた。その一方で自治体は、東京都、横浜市、名古屋市、大阪府・市、和歌山県、長崎県がIR誘致合戦を展開し、常滑市、宮城県なども“参戦”を検討中。まさに“日本列島カジノ狂騒曲”の様相を呈している。
カジノ法は、もともと2016年の安倍晋三首相とドナルド・トランプ大統領(正確には就任前だが)の“約束”で誕生した代物だ。1年半前にも指摘したように、日本進出を目論む「ラスベガス・サンズ」のシェルドン・アデルソン会長を有力支援者とするトランプ大統領は、安倍首相にカジノ法案を速やかに推進するよう要請。それを受けた安倍首相が法案成立に動き、そうして生まれた利権に政治家が群がっているのだ。
安倍政権はIRを「成長戦略の目玉」と位置付け、観光振興・経済効果で地方創生につなげていくというが、そもそもカジノは、寂れた地方や忘れられた地域の“最後の振興策”だ。一時の賑わいが過ぎ去れば、再び忘れられてしまう運命にある。
たとえば中国のマカオは、習近平国家主席の「虎も蠅も叩く」汚職・腐敗撲滅運動でマネーロンダリング需要がなくなり、急激に失速している。
オーストラリアも主要都市には「ザ・スター」「クラウン」などのカジノがあるが、中国人客が減少した影響もあって全く繁盛していない。韓国のソウルや済州島、仁川、釜山、大邱のカジノも同様だ。フィリピン、ギリシャ、バルト三国などのカジノも閑古鳥が鳴いている。
アメリカの場合も、国内第2位のカジノ都市・アトランティックシティは、トランプ大統領の「タージ・マハル」などが次々に倒産して見る影もなく凋落してしまった。ラスベガスは周知の通り、今やコンベンションと家族連れがショーやイベント、グルメ、ショッピングなどを楽しめるエンターテインメント・キャピタルに変貌し、カジノは脇役になっている。つまり、今やカジノは世界的な斜陽産業なのだ。
そういう状況の中で浮上してきた“新市場”が日本である。日本生産性本部の『レジャー白書2019』によると、パチンコ・パチスロ産業の市場規模は20兆7000億円で、飲食や観光を上回る最大の余暇産業だ。さらに競馬、競輪、競艇、オートレースの公営ギャンブルもある。このため世界中のカジノ業者が日本は今まで禁止されていたカジノが認可されれば巨大なマーケットになる、と踏んで殺到しているのだ。
もっとも、実は安倍首相自身、カジノ事業の実現に本気で取り組むつもりはないのではないかと思う。
通算在任日数の歴代最長記録を更新し続けている安倍首相は、8月24日には連続在任日数でも大叔父の佐藤栄作元首相の2798日を抜いて1位となる。私は、連続在任日数の最長記録を更新し、さらに東京五輪・パラリンピックが終われば、安倍首相はいつでも政権を手放す心積もりではないかとみている。これまでの時間の使い方から見て、憲法改正に命懸けで取り組むとも思えない。
さらに11月にはアメリカ大統領選挙がある。もしトランプ大統領が再選されたら、もうアデルソン会長に気を遣う必要はなくなるので、トランプ大統領は安倍首相にカジノ誘致推進のプレッシャーをかけなくなるだろう。逆に、トランプ大統領が落選した場合も、安倍首相はトランプ大統領との約束を守る必要がなくなるので、やはりカジノ誘致は不要となる。
つまり、どのみち今秋には安倍首相にとってカジノ誘致を推進する理由がなくなるわけだ。
しかも、共同通信社が1月に実施した全国電話世論調査によると、秋元容疑者の汚職事件を受けて、70.6%がIR整備を「見直すべきだ」と回答している。「このまま進めてよい」は21.2%にすぎなかった。カジノ誘致には国中で激しい逆風が吹いている。
こうした状況を鑑みると、結局、現在のカジノ狂騒曲は、かつて日本各地が名乗りを挙げた“首都移転狂騒曲”と同じように、これから沙汰止みへと向かうと思うのである。
●おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は小学館新書『経済を読む力「2020年代」を生き抜く新常識』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。
※週刊ポスト2020年2月14日号