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犠牲者の報道は実名匿名の二者択一か――京アニ事件の取材経験から - 広瀬一隆 / 新聞記者

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誰が遺族の意向を確認するのか

犠牲者の実名を報道する是非を中心に、記者として遺族の意向とどう向き合うか、というテーマを考えてきた。ここでひとつ、難しい問題がある。

「遺族の意向」は誰が確認するのか、という点である。

8月28日の京都新聞の紙面では、京都府警が事前に遺族から聞き取った実名報道の諾否に関する意向と、京都新聞社の取材で把握した各遺族の意向に乖離があることを報じた。

記事では、京都府警を担当する同僚記者が取材した捜査関係者のコメントとして「遺族の精神的ショックは大きく、警察官との対面を拒む人もいる。意見を正確に把握するのは非常に難しい」という言葉が記されている。

実際、すべての警察官が遺族と接することに慣れているわけではないだろう。京都府警をはじめとする捜査機関が公表する「遺族の意向」をそのまま鵜吞みにすることには懸念が残る。

また京都府警など捜査機関は、行政組織であり情報はできる限り公開する必要がある。そうした捜査機関が、報道を制限することは避けるべきだろう。

では、私たちのような報道機関が意向を確認すればよいのだろうか。

大勢の記者が一度に押し寄せるのではなく、少数の代表者だけが遺族にアクセスするようにするなどメディアスクラムの防止策を講じた上でなら、この選択肢もあり得るように思う。

京アニ事件では、京都府警が犠牲者25人を公表した8月27日、報道各社で分担して各遺族の自宅などへ取材の諾否を確認しに行った。京都府警は、実名報道への意向と合わせて取材の諾否も伝えてきたが、報道機関自らが確認する必要性があると考えたからだった。

結局この日は、会見した石田敦志さんの父親以外は全員が取材拒否だったが、取材に対する遺族からの苦情は寄せられなかった。メディアスクラムを防ぐ一定の効果はあったと思われる。

とはいえ、遺族にとっては突然見知らぬ報道関係者から呼び鈴を押されるのは、大きな負担と考えられる。事件直後の早いタイミングから、報道関係者と遺族の間に、遺族の代理人として弁護士が入る方が望ましいのかもしれない。

代理人弁護士は、捜査機関とは異なり行政組織から独立した存在であり、報道を目的とする私たちと記者とも違う。まさに遺族の意向を代弁することそのものが職務となる立場にあるからだ。

8月27日の報道機関の取り組みは、京都府警が事件発生から1カ月以上たって実名公表したタイミングだからこそ、準備できた面が大きい。あくまでも「例外的な取り組み」という位置づけである。実際、事件直後からそれぞれの遺族には、私を含めた記者たちが直接接触を試みていた。

私自身は失礼のないよう配慮に努めたが、間に代理人弁護士がいれば、遺族の負担はより少なかったのではないか。惨劇に見舞われた遺族へ弁護士が早期にアクセスできる体制の構築が必要かもしれない。

念のため確認しておきたいのは、京アニという会社組織の代理人である弁護士と、それぞれの遺族につく弁護士は異なる立場にあるという点である。

京アニは、事件から間もない2019年7月22日に、「(犠牲者の)実名が発表、報道された場合、被害者や遺族のプライバシーが侵害される」として実名発表を控えるよう京都府警に要請した。その理由について京アニは10月18日の会見で「ご遺族が自分たちの責任においてマスコミに報道されるのはいいと思う。ただ、避けてほしいという方が一人でもいれば、(会社として)実名報道については差し控えてほしいと当初から考えている」と答えている。

ここで重要なのは、「実名報道を差し控えてほしい」という会社の立場は、すべての遺族の意向を反映したものではない、という点である。1人でも実名報道を避けてほしいという遺族がいれば、その意向を優先したというのが、京アニの立場である。犠牲者の勤めていた会社の判断として理解はできる。ただそれぞれの遺族と京アニの意向が完全に一致しているとは限らないことは事実だろう。

だとすればやはり京アニという会社だけでなく、それぞれの遺族に代理人弁護士がつくことが重要となる。しかし京アニ事件では一部をのぞき、それぞれの遺族に対して弁護士が事件直後から効果的にサポートしたようには思えなかった。

私たち報道関係者からすれば、遺族との間に弁護士を挟むことは、自分たちの取材を制限することにつながり、慎重になりたいところではある。しかし報道機関が自分たちの理屈だけを通そうとしていては、事件の犠牲者報道の改善は望めないことも事実だ。各報道機関の枠を越え、弁護士など異なる立場の人々と議論をする必要がある。

ここまで述べたことは、あくまでも私個人の見解だ。京都新聞社内にも異なる考えを持った記者は多いだろうし、すぐにこれまでのやり方を変えられる訳ではない。

だが犠牲者の遺族の取材はどのような形が望ましいのか。今後もさらに検証を重ねる必要があることに同意してくれる報道関係者は少なくない、と思っている。

捜査本部の設置時に会見した京都府警の捜査幹部ら。警察だけが遺族の意向を確認することには懸念が残る(2019年7月19日、京都新聞社撮影)

遺族の絶望を前にして

最後に、犠牲者に関する記事を書く意味、ということについて記しておきたい。私は本稿を通して、実名であれ匿名であれ、犠牲者に関する記事には伝える意義があることを前提に話を続けてきた。しかし実名での取材に応じてくれる遺族の中にも、そうした記事に意義を見いだせないと語るケースがある。

私は、京アニ事件で亡くなった津田幸恵さんの父親伸一さんに、事件直後から定期的に話を聞いてきた。初めて伸一さんの自宅を訪れたのは、事件から5日後の7月23日だった。この時はまだ幸恵さんの安否が確定していなかったが、猫が好きで親思いだった幸恵さんの人柄を語ってくれた。

取材に応じてくれた理由を尋ねると「頼まれると嫌と言えない」という答えだった。自分が伸一さんの優しさに付けいっているようにも思えた。

1カ月後に訪れた時、伸一さんは多数の報道機関がさみだれ式に取材に訪れることへの苦痛を訴えた。幸恵さんの死は既に明らかになっていたが、「どどっと質問されると余計なことはやめてくれと思う。時を置いてほしい。悲しみの内容は分からないだろうから」と口にした。

取材という行為に伴う「暴力性」を痛感した。

その後の12月にあらためてお願いすると取材には応じてくれた。その時は取材の負担は少なくなっているとしながらも、「取材に応じて記事になる意味は見いだせない」という考えは一貫していた。

確かに、亡くなった人は帰ってこない以上、何をしても意味はないというのはその通りだと思う。こうした遺族の言葉に対して、私に返せる言葉はない。

遺族の絶望を前にしたとき、報道することの空虚さが際立つ。

記者会見を開いて犠牲者の生きた証を伝えたいと語った石田敦志さんの父親の例もあるように、取材に応じてくれる遺族によっても、報道に寄せる思いはさまざまある。当然ながら、取材に応じていない遺族にも、それぞれの思いがあるはずだ。

容易には立ち入ることができず、個々の遺族によって異なる思いとどのように向き合うのか。一般化できるような答えはないのだと思う。私のような記者にできるのは、それぞれの遺族によって異なる事件への思いを、できるだけ繊細に知ろうとし、その結果を読者に伝えることだけだ。

私自身は、事件や事故の犠牲者が歩んできた人生や、その道のりが断ち切られたことの理不尽さを知る意義は大きいと信じている。これまでさまざまな事件や事故の遺族に会ってきた。それぞれの遺族から聞いた話は、言葉にしきれない重みがあった。それらはやはり記事の形で伝えるべきことだったと私は感じている。

だが同時に、いくら話を聞いて記事として伝えても、亡くなった人が戻ってくるわけではない。遺族の話を聞くほどに、最愛の人を失った無念さが伝わってくる。もし犠牲者が生きていたなら、当然ながら悲惨な事件の遺族となることもなく、私と出会うことはなかった。そうだったならどれほどよかっただろうか。

遺族にどのように向き合えばいいのか。私にまだ答えはないし、どれだけ時間がたっても正解は出せないかもしれない。

ただ一つ、遺族を取り巻く不条理な状況から目をそらしてはならないということだけは疑いないと思っている。 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

京都新聞社

広瀬一隆(ひろせ・かずたか)

新聞記者

1982年、大阪生まれ。滋賀医科大学を卒業し、医師免許取得。2009年に京都新聞社へ入社。司法や警察の取材において、犯罪被害者の支援やサイバー犯罪などについて問題提起してきた。京都アニメーション放火殺人事件では、被害者取材を担った。現代医療や科学のはらむ問題を、哲学など人文学と結びつけて描き出すこともテーマとしている。著書に『京都大とノーベル賞 本庶佑と伝説の研究室』(河出書房新社)。

ご連絡は theshelteringsky89@gmail.com まで

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