記事

新型肺炎のウイルスが炙り出した差別意識と「政治的ただしさ」の限界

ウイルス・パニックでにじみ出る「本音」

北米や欧州で、新型コロナウイルスの感染拡大に絡み、アジア人への差別的言動が広がっている。感染の不安が偏見を増幅させている。

Getty Images

■「隔離」求め署名

全米5人目の感染者が出た米西部アリゾナ州のアリゾナ州立大では、アジア系の学生らとの接触を避ける動きが広がっているという。ニュース専門サイトの米ビジネスインサイダーは「せきをしたらクラスのみんなににらまれた」と訴えるアジア系女子学生の声を伝えた。授業の休講や情報公開を求めたオンライン上の嘆願書には2万人を超える署名が集まった。

-----

読売新聞『欧米に広がるアジア人への偏見…伊音楽院「東洋人レッスン中止」』(2020年2月2日)より引用

中国で新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以来、フランスの中国系社会では、街中やソーシャルメディア上で人種差別(レイシズム)的な言葉を浴びせられたと訴える声が相次いでいる。イタリアの中国系社会の著名人らも、同胞に向けられた「潜在的人種差別」について警告している。

(中略)

「外国人嫌悪が入り交じった集団ヒステリーがあり、フランスのアジア系住民に対する人種差別発言に歯止めがきかなくなっている。まるでアジア系住民全員が保菌者のような言われ方で、近寄るなと言わんばかりだ」

現地紙クーリエ・ピカール(Courrier Picard)は26日、日曜版の1面の見出しに「黄色人種警報」と付け、謝罪に追い込まれた。

-----

APFBBnews『「まるでアジア系全員が保菌者扱い」新型肺炎で人種差別相次ぐ、欧州』(2020年1月31日)より引用

いよいよ全世界的な流行の兆しが見えている新型コロナウイルス。

その混乱のなかで、人びとが普段の生活ではひた隠しにしていた「本音」が白日のもとに晒されつつある。穏やかな日々のなかでは多くの人が秘匿していた差別意識が、「緊急事態」という「我慢しなくてもよい大義名分」を与えられたとき――人びとは「本音」を隠さないでふるまうようになった。人種に対する差別意識は消えていたわけではなく、人びとがそれを隠すのに慣れ、上手になっていたにすぎなかったのだ。

Getty Images

とくに欧米において「差別主義者」として断じられることは、すなわち社会的生命の終焉を意味するほど重たいものだ。私たちが日本で多少の差別的な言動をとったところで、謝罪するくらいで済むこともままあるのでその感覚は理解しがたいのかもしれないが、欧米社会に暮らす人びとは相当な緊張感を保ちながら「政治的にただしい」ふるまいを相互的に監視しながら行っているのである。

ただし「差別をしない」だけでは不十分である。「(政治的ただしさを)守るのが人として当然だ。なにを『我慢』する必要があるのですか?」という人道主義的なそぶりをアピールしてみせるところまでがワンセットとして「政治的にただしい」ふるまいなのである。

このような演技をつねに要求されていたのだから、欧米社会の人びとが人間関係において求められる心理的コストは並々ならぬものになっているだろう。

本心では「ポリコレ」にうんざりしている

だが、もちろん腹のなかでは「我慢するなんてまったく思っていません。人間として当然のふるまいなのですから(キリッ」などとはまったく考えていない。それどころか、むしろ我慢に我慢を重ねて、心中ではほとほとうんざりしているのだ。ある調査によれば、全米でもおよそ80%の人びとが「政治的ただしさを尊重する文化」を問題であると感じている。

しかし、だからといって「ポリコレって、いい加減に無理じゃね?行き過ぎじゃね?」と、自分からは言い出すことができないジレンマがある。そのように切り出したさいに、周囲がそうした論調に足並みをそろえてくれるとはかぎらないからだ。

「そうそう。俺もそう思っていた!」「じつは私も!」といった同調的な反応を期待していたのに「なにを言い出すのだ、この差別主義者め!」と糾弾され火あぶりにされるかもしれない――そんな疑心暗鬼が、ほとんどの人に内心では疑問視・問題視されているはずの「政治的ただしさ」を、いまだ圧倒的正義の玉座に留まらせ続ける。

我慢に我慢を重ねれば、当然のことながら「揺り戻し(バックラッシュ)」が来たときの振れ幅が大きくなる。いままで鬱積していたマグマが、堰を切って一挙に噴出するからだ。なにかのきっかけで「もう政治的ただしさを守らなくてもよい」と、ある日突然お墨付きが与えられるようなことがあれば、我慢に我慢を重ねた社会は穏当な形でそれを受容するのではなく、おそらくは強固な差別主義の発露という形で、蓄積したストレスを発散させようと行動を開始する。

Getty Images

いま欧米で起きている「中国人、ひいてはアジア系に対する差別的行動」は、限界まで膨らんだ風船が破裂した「揺り戻し」の局所的な姿だといえよう。新型コロナウイルスという0.1μm程度の針によって、はち切れんばかりに膨張した風船に小さな穴があけられたのだ。小さな穴にも耐えきれないくらい巨大に膨らんだ「我慢」の風船は破裂し、なかに充満していた憎悪のガスを一気に放出した。

「政治的ただしさ」は社会に余裕がないと保てない

アメリカのカリフォルニア大学バークレー校は、新型のコロナウイルスの感染拡大に不安が広がっていることについて、アジア出身の外国人への嫌悪感を持つことは「普通の反応」だとインターネット上に投稿しました。これに対し「人種差別を容認するものだ」という批判の声があがり、大学側は謝罪しました。

----- NHKニュース『新型肺炎 アジア出身への嫌悪感は「普通の反応」 米大学が投稿』(2020年2月3日)より引用

また、今回の「差別的反動」は、別の事実をも示唆するものだ。

すなわち「余裕があるときにしか、政治的ただしさは実効性を持ちえない」ということだ。「政治的ただしさ」が称賛されるのは、社会にそれを包摂する余裕があることが前提となる。その余裕が失われていった社会では「政治的ただしさ」への支持は相対的なものになっていく。

今回の一件では「ウイルスによる集団的パニック」が、社会から「余裕」を吹き飛ばしてしまう契機となった。逆にいえば、ウイルスの感染拡大が収束すれば、人びとはまた「政治的にただしい」ふるまいを取りもどしていくことは十分に考えられる。

だが、欧米各国の頭を悩ませる少子高齢化問題や社会保障費の問題は「一時的な問題」として片づけられるような類のイシューではない。これらが社会から徐々に「余裕」を失わせていくことになる。実際「移民が社会保障費を蝕む」とか「雇用をダンピングしてしまう」「(人口動態で敗れて)自民族が逆にマイノリティーになってしまう」などといったスローガンのもと、極右あるいは国民主義政党が台頭したのだった。

ドイツで難民支援に携わった地方政治家が6月に殺害された事件の衝撃が収まらない。動機などが確認されれば、戦後のドイツで初めて極右によって政治家が殺害された事件とされている。さらに、殺害を容認する声が公然と上がり、他の政治家らに対する脅迫も相次いだ。極右の過激化に国内では懸念が広がっている。

(中略)

インターネット上では事件直後から、リュプケ氏を「いやなネズミ」「汚いブタ」とし、殺害を称賛する声が多く投稿された。7月1日には東部ドレスデンで行われた反イスラム団体「ペギーダ」のデモの参加者が、テレビのインタビューに「(リュプケ氏は)国民の裏切り者だ」「(殺害は)人道的な反応」などと語った。

-----

産経新聞『ドイツで極右過激化政治家暗殺に“称賛”の声も』(2019年7月24日)より引用

私たちはだれしもが大なり小なり、個人主義的でリベラルな社会の恩恵を享受している。だがその恩恵の源泉となっているものが、個人主義的な社会によるものではなくて、過去に個人主義的な社会が「克服」してきた、共同体主義的社会の遺産だったとしたら――。

私たちはいま、まだ社会に「余裕」があるからこそ、個人主義的な社会の恩恵ばかりに目を向けることができるが、「余裕」がなくなってもなおこれを貫こうとすれば、家計を切り詰める必要が出てくるだろう。いまよりもずっと「自己責任」「弱者切り捨て」の性質を強めていく必要に迫られる。

自分たちの社会が安定しているときにだけ「政治的ただしさ」はその有効性を発揮するが、いざというときになれば、だれもがそのような建前など、まるで最初から存在しなかったかのように、平然とかなぐり捨てられる――という事実は、今回の「ウイルスによる集団的パニック」で、私たちが記憶していかなければならないことだろう。

私たちはいま、寒い冬の日であっても、幸運にもあたたかい部屋で生活ができている。「政治的ただしさ」のような美しい調度品は、あたたかい部屋に飾っておくからこそその価値があるものだ。かりに寒空のもとで路上生活をするとしたら、それがなにかの役に立つことはほとんどない。

私たちはそのような生活のことをこれまで考える必要はなかったのかもしれないが、しかし私たちの社会はいま少しずつ「余裕」を失いつつあることもたしかだ。

あわせて読みたい

「新型コロナウイルス」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    満員電車ゼロ 小池知事は今やれ

    藤田孝典

  2. 2

    反権力は正義か マスコミに疑問

    BLOGOS編集部

  3. 3

    橋下氏 感染数より死亡数を見よ

    PRESIDENT Online

  4. 4

    東京の緊急事態対応は「まとも」

    木曽崇

  5. 5

    藤浪感染で残念な私生活が露呈

    NEWSポストセブン

  6. 6

    安倍嫌いでも協力を 医師が訴え

    中村ゆきつぐ

  7. 7

    キスも…慶応研修医の集団感染

    文春オンライン

  8. 8

    よしのり氏 政府の持久戦を支持

    小林よしのり

  9. 9

    感染爆発の米NY 市長が問題発言

    Rolling Stone Japan

  10. 10

    強制退寮 ハーバード大生に衝撃

    井上貴文

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。