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草なぎ剛のお笑いのポテンシャル ダンスの実力も活かせるか

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かつて萩本欽一に笑いの薫陶を受けた草なぎ剛

 草なぎ剛を救ったのは、中学1年時の鍛錬だったのかもしれない──。2月16日の『欽ちゃんのアドリブで笑』(NHK-BSプレミアム)に草なぎ剛が出演する。台本がなく、萩本欽一の振りに出演者がアドリブで応えて、笑いを取っていく番組だ。

 草なぎのテレビ初出演は13歳の時、萩本欽一の『欽きらリン530!!』(日本テレビ系)だった。1988年4月の番組開始に向け、萩本は前年からオーディションを開催。のちにCHA-CHAのメンバーとなる勝俣州和や草なぎらを選び、1日何時間も稽古して鍛えた。

 1980年代、ジャニーズ事務所のタレントの主戦場は『ザ・ベストテン』(TBS系)や『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)、『歌のトップテン』(日本テレビ系)などの音楽番組だっただけに、バラエティからのデビューは意外である。のちに、萩本はこう語っている。

〈あるとき、ジャニーさんは笑いに目覚めたらしいんだ。「大将、うちにも笑いのセンスがありそうな気がする奴がいるんだ」と言ってきたの。(中略)「だから大将、ちょっと見てくれる?」って、こう頼んでくるんだ。それでジャニーさんが実際に連れてきたのが、のちにSMAPになるメンバー〉(『GetNavi web』2019年9月3日配信)

 結果的に、番組出演に至った草なぎは数回だけで去ったが、萩本の求める笑いとジャニー喜多川氏の追求した踊りは相性が良かった。浅草の軽演劇でコメディアンとしての修業を積み、言葉よりも動きで笑いを生むことに主眼を置いていた萩本は1990年代、SMAPがバラエティ番組でも人気を得た理由をこう分析していた。

〈浅草の修業時代、まず最初にやらされたのがダンスだったの。なんでこれが笑いと関係あるのって思ってたけど、ダンスで笑いに必要な間を覚えてたんだよね。(中略)やっぱり20代からじゃ遅いんだよね。小学生からダンスや演技を勉強するジャニーズっていうのは、コメディアンを生み出す最後の集団なのかもしれないよ〉(『SPA!』1998年2月25日号)

『欽きらリン』をキッカケに生まれたグループCHA-CHAの一員だった木野正人はこう語る。

「僕はSMAPのデビュー前に『SMAP』という楽曲の振付をしたことがあります。その時、メンバーの中で剛がいちばん踊りの順応性があると思いました。この曲は、もともとボビー吉野さんが振付をしていました。僕はジャニーさんに頼まれて、Bパターンを作ったんです。普通、いつも習っている先生の振りはすぐ体に入っても、違う人に変わると染み込ませづらい。でも、剛はボビーさんから僕になっても、自然に出来ていました」

 SMAPの中でも、草なぎの対応力は頭1つ抜き出ていたようだ。そこに萩本が目を付けた可能性もある。

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