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- 2010年08月19日 16:38
「Webが死んだ」を待ち望むのは伝統マスメディアか
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「ロングテール」、「フリー」、そして今度は「ウェブの終焉」。Wired編集長のChris Anderson氏が、2週間ほど前にWired誌特集で“The Web is Dead”を打ち上げることを予告していた。そして一昨日、その「Webが死んだ」を特集にした号が発行された。ネット上でも記事が公開されている。
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新聞と違って雑誌では、このようなメッセージ性のある尖ったテーマで一つの号をあたかもジャックできるから面白い。というか雑誌はこのようなお祭りを、毎号やり続けなければならないのだが・・・。で“The Web is Dead”は今に始まった話ではないが、Chris Anderson氏が改めて打ち上げると、議論が一段と活発になるのだろう。今号のWired特集やそれを巡っての議論は日本語でも出回っているはずだから、ここでは「ウェブの終焉」に乗じて復活を賭けるメディア産業の動きを追ってみる。
インタネットメディア接触の主要デバイスがPCからモバイル端末へ。この流れは加速している。それに合せてアプリケーションも、ブラウザーを介したWebアプリケーションだけではなくて、ウィジェット(ガジェット)が浮上してきた。つまり、モバイルアプリの出現である。この流れを強く印象付けたのがiPhoneのようなスマートフォンやiPadのようなタブレットの台頭である。そこで生まれてくるiPhoneアプリやiPadアプリのようなモバイルアプリに、アプリ開発者やユーザーが飛びつき始めた。
特にiPadの登場は、米国の有力な新聞社や雑誌社を奮い立たせた。WSJ紙やLondon Times紙などの新聞を所有するNews Corpとか、Vanity Fair誌やThe New Yorker誌など有力雑誌を多く発行するConde Nastが、特に際立った動きに出ている。iPadアプリが伝統メディアを復活させる救世主になるとばかりに、iPadの出現を熱烈歓迎しているのだ。
その裏にはどうも、Webアプリケーションのビジネスで散々な目に会ってきたという、伝統的なメディア企業の被害者意識も見え隠れする。紙の時代から新聞や雑誌はもともと、複数の記事をまとめてパーケージの形でコンテンツを定期的に読者に提供していた。インターネット時代が到来しても新聞サイトや雑誌サイトも当初は、ユーザーにはトップページに来てもらい、パーケージ中から所望の記事を選んで読んでもらっていた。そのころはまだ、メディア企業がコンテンツの提供で主導権を握っていた時代であった。
ところが数年前から、Web2.0に代表されるWebアプリケーション時代に入ると、新聞サイトや雑誌サイトが提供するコンテンツが記事単位で流通するようになった。事実上のパッケージコンテンツの解体である。各記事は独自のURL(パーマリンク)を与えられ、記事単位で検索の対象になったり、リンクが張られたり、もちろんリミックスされて新しいコンテンツが作られたりしてきた。こうなってくると、コンテンツは無料で開放されているのが前提となり、課金の壁(pay wall)を設けるなんてもってのほかとなってくる。
そして、各記事は検索エンジン、ニュースアグリゲーター、ブログ、ツイッターなどを介してソーシャルフィルタリング(ソーシャルエディティング)されて、ユーザーに届くようになってきた。読者参加型の消費者主導に変わってしまったのだ。これまで主役であった新聞社や雑誌社のようなコンテンツ提供者は脇役に追いやられてしまった。彼らのコンテンツをタダで拝借している検索エンジンやニュースアグリゲーターが潤い、またブログやツイッターのようなソーシャルメディアが活況を呈することになる。伝統的なマディア企業が不満を募らせるのももっともである。
で反撃の狼煙を上げたのがNews Corp.会長のマードック氏である。1年半ほど前に、オンライン上の新聞コンテンツを有料化していくと宣言した。さらに、同社の新聞コンテンツをグーグルの検索エンジンで検索させないとも言い放った。だがWebの世界では、News Corp.が進める有料化も検索拒否も大きな流れを作り出せないでいる。
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新聞と違って雑誌では、このようなメッセージ性のある尖ったテーマで一つの号をあたかもジャックできるから面白い。というか雑誌はこのようなお祭りを、毎号やり続けなければならないのだが・・・。で“The Web is Dead”は今に始まった話ではないが、Chris Anderson氏が改めて打ち上げると、議論が一段と活発になるのだろう。今号のWired特集やそれを巡っての議論は日本語でも出回っているはずだから、ここでは「ウェブの終焉」に乗じて復活を賭けるメディア産業の動きを追ってみる。
インタネットメディア接触の主要デバイスがPCからモバイル端末へ。この流れは加速している。それに合せてアプリケーションも、ブラウザーを介したWebアプリケーションだけではなくて、ウィジェット(ガジェット)が浮上してきた。つまり、モバイルアプリの出現である。この流れを強く印象付けたのがiPhoneのようなスマートフォンやiPadのようなタブレットの台頭である。そこで生まれてくるiPhoneアプリやiPadアプリのようなモバイルアプリに、アプリ開発者やユーザーが飛びつき始めた。
特にiPadの登場は、米国の有力な新聞社や雑誌社を奮い立たせた。WSJ紙やLondon Times紙などの新聞を所有するNews Corpとか、Vanity Fair誌やThe New Yorker誌など有力雑誌を多く発行するConde Nastが、特に際立った動きに出ている。iPadアプリが伝統メディアを復活させる救世主になるとばかりに、iPadの出現を熱烈歓迎しているのだ。
その裏にはどうも、Webアプリケーションのビジネスで散々な目に会ってきたという、伝統的なメディア企業の被害者意識も見え隠れする。紙の時代から新聞や雑誌はもともと、複数の記事をまとめてパーケージの形でコンテンツを定期的に読者に提供していた。インターネット時代が到来しても新聞サイトや雑誌サイトも当初は、ユーザーにはトップページに来てもらい、パーケージ中から所望の記事を選んで読んでもらっていた。そのころはまだ、メディア企業がコンテンツの提供で主導権を握っていた時代であった。
ところが数年前から、Web2.0に代表されるWebアプリケーション時代に入ると、新聞サイトや雑誌サイトが提供するコンテンツが記事単位で流通するようになった。事実上のパッケージコンテンツの解体である。各記事は独自のURL(パーマリンク)を与えられ、記事単位で検索の対象になったり、リンクが張られたり、もちろんリミックスされて新しいコンテンツが作られたりしてきた。こうなってくると、コンテンツは無料で開放されているのが前提となり、課金の壁(pay wall)を設けるなんてもってのほかとなってくる。
そして、各記事は検索エンジン、ニュースアグリゲーター、ブログ、ツイッターなどを介してソーシャルフィルタリング(ソーシャルエディティング)されて、ユーザーに届くようになってきた。読者参加型の消費者主導に変わってしまったのだ。これまで主役であった新聞社や雑誌社のようなコンテンツ提供者は脇役に追いやられてしまった。彼らのコンテンツをタダで拝借している検索エンジンやニュースアグリゲーターが潤い、またブログやツイッターのようなソーシャルメディアが活況を呈することになる。伝統的なマディア企業が不満を募らせるのももっともである。
で反撃の狼煙を上げたのがNews Corp.会長のマードック氏である。1年半ほど前に、オンライン上の新聞コンテンツを有料化していくと宣言した。さらに、同社の新聞コンテンツをグーグルの検索エンジンで検索させないとも言い放った。だがWebの世界では、News Corp.が進める有料化も検索拒否も大きな流れを作り出せないでいる。



