記事

いじめの正当性と道徳教育

いじめはどのようにして正当化されるのか。そして、それを事前に防ぐにはどうすれば良いか。本稿では、この2点について考えてみよう。

正当性とは何か

誤解が無いように予め言っておくと、「いじめ」は犯罪であり、いじめる側が基本的に悪い。その事を念頭に置いた上で、ここでは「いじめられる方にも責任がある」という言説について考えてみよう。「いじめられる側にも責任がある」というのは大抵はいじめる側の論理で、いじめる側が、いじめを「何らかの方法で正当化(したと思っている)」しているわけである。(注1)

ここでの正当化、つまり「正当性の主張」は何によって行われるのか。ここでは、様々な分野で正当性を語る上で広く引用されるSuchman (1995) による「正当性の三類型」を利用し、いじめの正当化がどれに当たるかを考えよう。(注2) Suchmanによると正当性は、「実際的正当性」、「道義的正当性」、「認知的正当性」に分けられる。

実際的正当性(Pragmatic Legitimacy) 法では正当化されていないが、結果的に利害が一致すれば認められる正当性のことである。例えば、近所の家の庭に実っている枇杷(びわ)の実を勝手に採取して食べたとすれば、多くの国において違法(後で言う道義的正当性が無い状態)である。しかし、その枇杷の木の持ち主が「持ち主だけで実を消費し切れない」上、「実ったまま放置していても虫が増える」ので、「自由に採って良い」と他者に認めていれば、これは実際的正当性を持つことになる。

法律の中の「親告罪(告訴が無ければ公訴出来ない犯罪)」という考え方は、まさに実際的正当性の概念を含む。「被害者の意向を無視して公にすると逆に被害者が不利益を被る可能性がある」として親告罪になっている性犯罪などがその代表例である。但し、「泣き寝入りが多いから、ばれなきゃ良い」というものでは当然ないので、絶対に勘違いしてはならない

道義的正当性(Moral Legitimacy)ルールや法律に基づく正当性のことである。先の例で言えば、他人の家から勝手に枇杷の実を採取すれば違法であり、合法である状態を道義的正当性があると言う。勿論、ある法が適切なものかは重要だが、ここでの論点ではないので深追いしない。

認知的正当性(Cognitive Legitimacy)暗黙の価値観や信念による受容に基づく正当性のことを指す。社会全体で見れば「規範」とか「常識」と言われる事が多いもので、「多くの人が正当であると思っている」事によって成立している正当性である。ここで正当性と言っているが、「皆が正しいと言えば正しい」という同義反復であるが故、良い方向にも悪い方向にも転がる。実際的正当性の場合も「◯◯さんが正しいと言ったから正しい」という同義反復であるが、その個別ケースと違い、社会全体で正当化されてしまうので、扱いに慎重さが求められる。

さて、もうお分かりの通り、いじめの正当化に使われる正当化が3つ目の「認知的正当性」「悪い方向に転がった場合」であり、多くの場合、その社会集団(クラスとか)の大多数が容認してしまえば、とんでもない事も起こりうるわけである。特に子どもの社会は小さいので、その影響は良い方向にも悪い方向にも広がりやすく、いじめが起こった時は素早い対応が必要である。

「いじめは駄目である」と理解させるには

学校で道徳の教科書を読んだ事がある人は多いだろう。私が小学生だったころに読んだ時は「何やら良い話がいっぱい並んでいる」という印象だったが、それが身体に染み付いたという記憶は無い。そして、最近の道徳教科書を見ても、大して中身は変わっていないようだ。

確 かに良い事が沢山書いてある。「友達を大切にしましょう」とか「差別はいけません」とか「いじめは良くない」とか、どれもこれも重要な事である。でも、こ れらの内容をしっかりと生徒全員が理解していたら、いじめなんて起きないのではないか。勿論、教育だけでいじめが無くなるとは思わないが、特に道徳教育に 効果があったという話も聞かない。

現実には沢山のいじめが起こっている。いじめが起こった後の対策も重要だが、起こさないためには、やはり事前の教育が必要である。そして、その事前対策の一つであるはずの道徳の授業が、あまり役立っていなさそうだ。

小学生の時は道徳の教科書を読んでいつもこう思っていた。

「友達を大切にしましょう」 → 「何で?」
「差別はいけません」 → 「何で?」
「いじめは良くない」 → 「何で?」

道徳の教科書には、圧倒的に「根拠」が欠けている
。西洋社会では宗教や哲学の知見を根拠に道徳教育を組むケースも多いようだが、日本では例の「戦中の反動」から、そういう内容は徹底的に排除されてきたと言われる。だからと言って、結論しか書かれていないのに、それを納得しろというのも難しい。(簡単に納得してしまう法が色々と問題である。)

例えば「友達を大切にすべき」というのは広く知られている価値観だと思うので、これを考えよう。これ自体は法律で決 まっているわけでもなく、大切にしなければならない必然性は無い。(法に引っかからなければ、友達を邪険に扱う自由もある。)でも、こうした明文化されて いない規範は「皆が守る事によって全員が利益を得られる」という効果があるからこそ有効なわけであり、「大切にすべき」となるわけだ。こういう説明を道徳の教科書で見た事は無い。(日本でそのような教科書があれば教えていただきたい。)

これは、国防は「義務」なのか「権利」なのかで も書いた「国民がより多くの自由を行使する為には、その前提に国家の安定が必要である」という内容と根底で共通する。ある規範や義務が正当化されるのは、 その制限を守る事によって、より自由を行使出来るからだ。我々には本来、「滅びる自由」だって「人を殺す自由」だってあって良いのかもしれないが、それを 認めてしまうと、自分を含め社会全体がうまく立ち回らなくなり、余計に行使出来る自由が少なくなる。(この辺りは、フーコーの「ポリス装置」や「社会性」の議論に似ていなくもない。)

だから、いじめだって何故良くないかを徹底的に考えなければならない(教えるだけでは駄目だ。)。あと、強いて言うなら、法律の中身だって、何故それが正しいかを真剣に考えなければならない。例えば、「何故人を殺してはいけないのか」等が有名な議題だ。

いじめを本気で事前に防ぐなら、教育の在り方を変えなければならない。いくら「正しい」事だと言っても、「何故正しいか」が理解されないまま「結論だけ」言われても「綺麗事」になるだけで、「多数決という正当な根拠」によって簡単にいじめが正当化されていく。

主要参考文献

M. C. Suchman (1995) , "Managing legitimacy: Strategic and institutional approaches", The Academy of Management Review, Vol. 20 (3), pp. 571-610

井上健治・戸田有一・中松雅利 (1986). いじめにおける役割 東京大学教育学部紀要, 26, 89-106.

中村健吾編(2009)『古典から読み解く社会思想史』ミネルヴァ書房


フロッグ&トード(2012)『国防は「義務」なのか「権利」なのか』

注1: 例えば、井上ら(1986)は、児童に「いじめの理由」を質問紙調査した結果を因子分析する事により、いじめをする理由を「こらしめ」「異質性排除」「不 条理」に分類している。このうち、「こらしめ」と「異質性排除」というのは、その理由が社会通念上合意されるものかはさて置き、いじめを行う者によって正 当化されているわけである。

注2: Suchman(1995)によると、正当性とは、「ある主体の行為が、社会的に構成された規範、価 値、信念及び定義のシステム内で、好ましい、適切な、若しくは相応しいと一般に認知若しくは推定されること」である。原文は、"Legitimacy is a generalized perception or assumption that the actions of an entity are desirable, proper, or appropriate within some socially constructed system of norms, values, beliefs, and definitions."である。(和訳は筆者)

あわせて読みたい

「いじめ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    NHK受信料「義務化」は時代錯誤

    大関暁夫

  2. 2

    伊藤容疑者 事務所破産の可能性

    SmartFLASH

  3. 3

    感染防ぐ日本人 生活習慣にカギ

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    欧州の教訓 PCR検査は対策ならず

    PRESIDENT Online

  5. 5

    大阪都構想 賛成派ほど理解不足?

    赤池 まさあき

  6. 6

    任命拒否めぐる菅首相の迷走ぶり

    大串博志

  7. 7

    菅首相に見る本読まない人の特徴

    山内康一

  8. 8

    年内閉店も 飲食店の淘汰は本番

    内藤忍

  9. 9

    「007」初代ボンドの俳優が死去

    ABEMA TIMES

  10. 10

    国民生活の改善でトランプ氏優勢

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。