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SARSを取材したジャーナリストが見る新型肺炎 - 武田信晃

 武漢で発生した新型コロナウイルスは2020年1月30日現在、日本で7人目の感染者が確認された。過去に重症急性呼吸器症候群(SARS)が猛威をふるい、世界で8069人が感染して775人が死亡、うち香港で299人が死亡した当時、筆者は香港在住3年目で、SARSをどっぷり取材した。かれこれ17年前の話だが、その経験を思い出しつつ、記事を書きたい。

(Robert Wei / gettyimages)

数字から状況を見る

 新型肺炎は、中国政府と武漢市政府の対策の遅れがここへきて叫ばれているが、さまざまな報道を見ると情報の扱いをどうするのかにほぼ集約される。中国の政治システム、官僚制度のネガティブな面が顔を出した形だ。一方で中国政府は海外への団体旅行と個人のパッケージ旅行(航空券+宿泊)の一部を1月27日から禁止した。アメリカや日本でこうした禁止令はまず出せず、中国が共産党支配の国だからこそできたやり方でもあるが、完全な個人旅行までは止められない。不運だったのは旧正月前に感染が拡大したことだが、SARSが流行った03年と現在の最大の違いは、中国の経済力とそれに伴い増加した中国人の海外旅行者の数だ。

 日本政府観光局(JNTO)の資料を見ると、03年の中国人訪日観光客は44万8782人だったが、19年は959万4300人で約21・4倍に増えた。香港は日本に先んじて中国人観光客が大挙して訪れた都市の1つで、香港政府観光局(HKTB)の数字を見るとSARS前の02年が682万5199人だったが、03年には前年比24・1%増の846万7211人に急増した。これはSARS後に香港政府と中国政府が、香港経済立て直しのために中国本土の観光客の渡航条件を緩和したからだ。香港と日本観光業界は観光客数も消費額も中国に依存するような状況になっている。

 武漢だけで人口は1100万人であり、1つの市だけで東京23区の人口948万人を上回るだけに、中国の規模感や存在感がわかる。「暢説民航」(中国の個人の情報発信者)が国際航空運送協会(IATA)の航空情報に基づいて武漢が封鎖される前の19年12月30日から20年1月20日までに、武漢天河国際空港を出発する飛行機の総座席数を算出。トップはシンガポール・チャンギ国際空港の9934席、成田国際空港が6739席で4位、関西国際空港が5218席で10位、中部国際空港(セントレア)が2521席の17位で、日本のこれら3空港の合計数は1万4478席だ。つまり、この3空港で全ての便が満席であった場合、最大でこれだけの武漢の空港利用者が日本に入ることになる。信憑性の件はあるが数字としての目安にはなるだろう。

香港では自分が感染していなくても一定期間隔離されたケースも

 今回の新型肺炎は潜伏期間が長くて12日ほどあること、37・5度の発熱があると言われているが、厚生労働省は1月28日に、武漢に渡航歴のない奈良在住の日本人男性が感染したと発表し、翌29日に「国内感染」と断定した。ある程度予想はできたとはいえ、厄介な状況になってきた。最近、良く聞かれる言葉が「スーパースプレッダー」だが、日本にスーパースプレッダーとなる人が潜伏期間中に入国したらどうしようもない。いくら武漢周辺の街を事実上閉鎖したり、旅行の禁止を打ち出したりしても水際での対策も限界があるのも事実。逆に言えば、疑いのある人が見つかった時点での搬送態勢の確立も重要だ。

 香港でみると、03年3月11日にSARS感染確認者が2人だったが、5日後の16日には42人に増えた。一気に増えたのが翌17日で前日のほぼ倍の83人に。その後は1日あたり20~30人ずつ増えていき、3月26日が316人だったが、27日は367人と51人も一気に増え、それ以降もどんどん感染者数が加速していった。

 香港のスーパースプレッダーは、広東省でSARSの治療に関わっていた医師が香港で親族の結婚式に参加し、ホテルに滞在していたケースが1つ。もう1つは、ある香港人が九龍半島北東部にあるマンション群「淘大花園(Amoy Gardens)」のE座に住む兄弟宅を訪れたことがきっかけで、321人の集団感染を引き起こした…やはり人的接触の密度が高いところで発生している。当時、香港政府はE座を封鎖し、住人を別の所に移動させ隔離。その後にE座を消毒してから閉鎖を解き、隔離した住人に健康診断を実施して問題のない人は自宅に帰らせる処置をとっている。

 また、09年5月1日にメキシコからの旅行客1人が新型インフルエンザ患者と確認され、当時宿泊していた維景酒店(Metropark Hotel)を封鎖した。感染していない別の宿泊客も一緒に閉じ込めたため、メキシコ政府や世論が過剰対応ではないかと懸念したが、結果的に感染の拡大を防いだ。もし日本で感染が拡大した場合、どういう形になるのかは不明だが、こういった対処がされてもおかしくはないことを頭の片隅に入れておくといいだろう。

もし広がった場合、会社はどうなるのかを想定する

 もし日本で感染が広がった後、それぞれの企業は「社員優先」であれば武漢または中国本土への出張などを禁止するはずだ。一方、「顧客優先」で中国に工場などがある場合、そのために社員を出張させざるを得ないケースが出てきても不思議ではない。顧客にとって不利益となる「NO」を言えるのか……企業としてどうするのか対応を考えておく必要がある。

 他にも考える事がある。もし社員が勤務中に感染したとすれば、空調・換気システムの消毒や清掃も必要になり、その分のコストがかかる。勤務中の感染者が出た場合、労災の案件をどうするのか、治癒が長引いた場合どうするのか、在宅勤務とするべきかどうか、大量感染の場合、人数が足りず、そもそも業務が回るのかどうか……想定しておくべきことはたくさんある。

 予防方法については、多くのメディアが書いているのでここでは書かない。個人レベルでは手洗いなど基本的なことを忠実に行っていくことしかできない。SARS時の生活だが、筆者はマスクをつけはしたが、普通に外出し、飲みにも出かけた。ウイルスだけに見えない怖さもある一方で、見えないゆえ実感もわきにくいという状況だった。香港は現在、マスクの買い占めが行われているが、日本でもオイルショック時にトイレの買い占めが発生した。その位のことは発生すると想定されるが、こういうのは最終的に必ず供給が間に合うので焦る必要はない。

 いつ収束するのかは誰にもわからないが、香港の場合は蒸し暑くなった4月後半から感染者の増加幅が緩やかになっていった。湿気を吸って飛沫が散りにくくなったことも一因だ。後はワクチンが作られるのを待つしかない。感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)は1月23日、3つの異なる研究チームが新型コロナウイルスのワクチン開発に向けた作業を開始したと明らかにしている。

 世界保健機関(WHO)によると新型コロナウイルスの感染率は患者1人あたり1・4人から2・5人で、致死率は3%だと明らかにしている。季節性インフルエンザは1人あたり最大4人に感染するといわれ、厚生労働省検疫所によると世界では重症者が最大で500万で死亡者は65万人と推計している。そこから計算すると致死率は0.13%となり、両者とも死ぬ確率が極端に高いわけではない。

 香港ではSARSの感染拡大中に14歳の少年が面白がって報道機関のウェブサイトに侵入し、記事を捏造して逮捕された。現在は当時よりインターネットやSNSが発達しており「バイトテロ」ならぬ「肺炎ねつ造テロ」が発生するかもしれない。要は正しく怖がることが大事で、冷静に対処出来れば問題はない。パニックに陥ることが一番怖い。

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