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特集
農林水産業のミライ
野菜や魚の生産・供給、森林の活用・保全など国民の生活を支える「第一次産業」。しかし、現場では深刻な人手不足や従事者の高齢化によって、これまで通りの生産維持が危ぶまれる地域も生まれています。そんな窮地を救うべく、発展目覚ましいテクノロジーの導入や、ブレイクスルーを目指す人々の取り組みを紹介します。

近大マグロだけでなくマダイも 水産資源の枯渇に立ち向かう近畿大水産研究所の取り組み

  • 2020年01月29日 07:04
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マグロの刺身に、ブリの照り焼き、そして、アジの開き。もし、それらが食卓から消えてしまったら――。

「水産資源の枯渇」との言葉を耳にするように、漁業の危機が叫ばれて久しい。日本の漁業生産量は、30年ほど前は世界第1位を誇ったものの現在では半減。漁業者数の減少や日本人の魚離れもあり、冒頭に挙げた懸念は杞憂とは言い切れない。

ただ、暗い話ばかりではない。その一つが、完全養殖が可能な「近大マグロ」で知られる近畿大学水産研究所の取り組みだ。人工種苗の開発など養殖技術の改良を重ねてきた研究活動は、日本の漁業を取り巻く現状に一石を投じ続けてきた。

72年の歴史を誇る近畿大学水産研究所=和歌山県白浜町で

生産量はピーク時の3分の1に減少 厳しい日本漁業の現状

右肩下がりを続ける折れ線グラフが、日本の漁業の厳しい現状を物語る。

国内の漁業・養殖業の過去50年余りを振り返る。

1972(昭和47)年から91(平成3)年まで世界第1位の漁獲量を誇った日本の漁業。漁獲量の多くを占めたマイワシの減少もあって、沖合、遠洋、養殖など生産量の合計が大きく落ち込んでいった点が際立つ。

生産量がピークを迎えたのは今から36年前。1984(昭和59)年は1282万トン。それ以降は減少をたどり、2016(平成28)年は436万トンと、3分の1近くまで規模が縮小したことになる。16年の産出額は1兆5856億円で、84年の2兆9466億円と比較すると、半分程度まで落ち込んでいる。

背景に戦後の食糧難 乱獲が招いた苦境

日本の漁業の停滞をめぐり、しばしばキーワードとなるのが“乱獲”だ。

敗戦後の食糧難を受け、漁業は重要な国策の一つと考えられた。排他的経済水域(EEZ)が設けられていなかった当時、日本を発った漁船は、他国の沿岸部でも漁を行って多くの魚を積んで帰港した。沿岸から沖合、さらには遠洋と漁業の現場はどんどんと広がっていき、海外漁場への展開が進んだ。

転機となったのが、70年代から他国が相次いでEEZを設定していったことだ。それぞれの国の海から200カイリ(370.4キロメートル)の距離での漁業が制限されていくことで、日本の漁業はおのずと自国の200カイリ海域内が中心となってしまう。

かねて“資源の持続性”を度外視した漁業が展開されていたため、日本の200カイリ海域内の水産資源は急速に減少した。

こうした流れを受け、持続可能性を考慮した漁業を展開するため、政府による漁業規制を盛り込んだ改正漁業法が18年12月に成立。戦後の食糧難の時代に制定された漁業法は長年放置されたままで、改正は70年ぶりのことだった。

重要性増す養殖技術 「海を耕す」 理念の近大水産研究所

天然の魚を中心に水産物の生産量が減少していった日本の漁業。そうした中、重要性を増していったのが“養殖”の概念だ。

「海を耕す」--。これこそ、近畿大学水産研究所の創設の理念だ。

温泉や夏の海水浴、さらには高級魚「クエ」で知られる関西の観光地・和歌山県白浜。この土地に、「白浜臨海研究所(現・水産研究所白浜実験場)」が開設されたのは1948年のこと。先の言葉は、近畿大学の初代総長・世耕弘一によって掲げられた。

島国の日本を取り囲む海を「畑」と見立て、魚の養殖に乗り出す――。漁業の振興と水産資源の自給を目指した考え方は、まるで、現在の漁業の苦境を予言していたかのようだ。

似て非なる養殖と漁業 天然資源の増減を見越す養殖の視点

養殖と漁業とは、似て非なるものなのです。養殖では、天然の資源の流通などを予測しながら、生産量の調整も必要となります。

そう話すのは近畿大水産研究所所長の升間主計教授だ。水産研究所は現在、和歌山・紀伊半島を中心に、鹿児島県大島郡の奄美や、日本海の富山県射水市など7か所に実験場を展開。各地の海水温や環境などの違いを考慮した研究など養殖技術の改良を進めている。

マグロの養殖技術が近畿大水産研究所の名を世界に知らしめた

クロマグロ完全養殖に成功 世界が研究所の取り組みに注目

乱獲による天然資源の減少に備え、どう計画的な養殖を進めていくか。そうした水産研究所の長年の取り組みが世界から脚光を浴びることになったのが、2002年のクロマグロの完全養殖の成功だ。

クロマグロは大きなもので全長3メートル、体重500キロにも及ぶ。マグロ類の中でも特に美味とされ高値で取引されるため、乱獲による資源の減少が懸念されてきた。

水産研究所が完全養殖の研究を開始したのは1970年。完全養殖とは、人工ふ化した仔魚を飼育して親魚まで育て、さらに次の世代を繰り返し生み出す技術。32年の歳月をかけて研究が成功することで、天然資源に頼らない市場への供給が可能になったが、そのプロセスにはいくつもの試練があった。

デリケートなクロマグロ 地道な“徹底観察”で成功導く

クロマグロはその大きな見た目とは反して、非常にデリケートで、生態もよく知られていなかった。小さないけすの中での養殖ではパニック状態になり、その巨体を網にぶつけるなどして研究が停滞することもあった。

そんな中、水産研究所が重視したのが“徹底観察”。人工ふ化した稚魚が突然死するなどトラブルに対し、地道な観察を続けることでその原因を究明してきた。

1979年にクロマグロの人工ふ化と種苗生産に成功。さらに23年後に、受精卵から天然資源に依存しない“完全養殖のサイクル”を確立させた。世界初の功績には世界中のメディアも注目した。

ユーモアにあふれ関西で人気の近畿大のポスター。“顔役”のマグロもたびたび登場する=近畿大学提供

近畿大の顔となったマグロ その研究を下支えした魚とは

近畿大の大学入試案内ポスターにも使われるなど、すっかりと近畿大の顔となった“近大マグロ”。ただ、升間教授は次のように話す。

クロマグロは研究も難しく、ビジネスの観点では儲けはそれほどなく、研究コストも小さくありません。クロマグロの完全養殖に向けた研究を支え続けたのがマダイでした。

マダイの養殖を主導するのが家戸敬太郎教授だ。

マダイの養殖を進めている家戸敬太郎教授

水産研究所がマダイの養殖に乗り出したのは1955年のこと。かねて高級魚として親しまれ、味も濃く安定した需要が見込めたマダイに着目した。

天然の稚魚が豊富で養殖が進んだブリと異なり、マダイのそれは数が限られた。有名な生産地である兵庫県・明石産の稚魚を使うなどして研究し、9年後には養殖魚から採卵して人工的にふ化させ、稚魚を育成することに成功した。

“選抜育種”で養殖を効率的に

水産研究所がマダイの養殖で、採用しているのが“選抜育種”という手法だ。他より成長が早い魚を親魚に選んで養殖を進めることで、成長が早く優れた性質のマダイの供給を実現させた。こうして人工種苗を安定的に供給することが可能になることで、マダイの養殖が拡大していった。

現在、マダイの養殖生産量は年間当たり約6万トン。100%人工種苗を使った養殖がおこなわれている。その効果は成長のスピードに見て取れる。体重1キロの大きさまで育つには天然の稚魚の場合3年がかかるものの、人工種苗の場合は1年半。飼料にはハーブやごま油も加えられていて、ふっくらとした身に鮮やかな赤色の魚に育つ。水産研究所が取り組んだ品種改良の効果が如実に表れている一例だ。

マダイを養殖しているいけすは、魚の日焼け防止のために黒い幕で覆われている

近畿大の人工種苗から育ったマダイは病気に強い▽成長が良い▽肉付きがいい――と評判を得ている。ただ、流通面で課題はある。現在の生産量である6万トンは国内需要とほぼイコールで、生産量を増やせば単価が下落してしまう。

主要相手国だった韓国への輸出が大幅に減少

経営面を考えて生産量を増やす場合、海外輸出が鍵となる。かつては活魚として韓国に輸出されたが、大きく減少してしまったのが現状だ。

家戸教授は次のように付け加える。

ブリとマダイは養殖のコストがほぼ同じだが、可食部はブリが60%に対し、マダイは40%ほどで、同じコストでも食べられる部分が少ない。

そうした状況で、流通を進めるなら海外輸出は不可欠です。韓国はマダイを消費する文化があるものの、現地の水温が低く養殖は難しく輸入に頼っていた。韓国以外を含めて、輸出の展開が鍵となります。

水産研究所では、人工種苗から育てた稚魚を年間1300~1400万匹を生産業者に出荷している。全国のシェアの3割弱を占める計算だ。養殖生産と比較すると、種苗生産は収益率が高いため、マグロの完全養殖研究のコストに回すことが可能だった。

「ゲノム編集」でより身が多いマダイの開発へ

家戸教授が現在、力を入れているのが最先端技術の「ゲノム編集」を活用したマダイの養殖だ。筋肉量を抑制する「ミオスタチン」と呼ばれる遺伝子の機能を失わせることで筋肉を増やすことができる。そうした技術を導入することで、ブリなどと比べて可食部が少ないデメリットを解消し、より“ぽっちゃり”として肉厚なマダイを生産していきたい考えだ。

近畿大水産研究所で養殖されているマダイ

日本の漁業を維持するため、重要性が増している養殖。所長である升間教授は養殖の活性化の方策として次のように提案する。

初セリで大間のマグロが2億円近い値が付いたように、水産物のブランド化が生産者の生き残りのために重要になってきます。ブランド化によって安全と安心も提供でき、漁協を含めたブランド化の動きに期待しています。
天然資源と養殖のバランスについて説明する升間主計所長

天然資源を保全するために、養殖をどう生かしていくべきなのか。消費者の視点で考えたいことがあるという。

当然、天然資源は獲り過ぎることで減少していきます。そうして需要量を供給できない場合、養殖が柔軟に供給されるシステムが望ましいかもしれません。市場もそうですが、消費者としても「無理をしてでも天然を食べる」という意識は、天然モノの保護を考える上でも変えていくべきなのかもしれません。

そのためにも、近畿大水産研究所は効率的な養殖技術をさらに発展させつつ、業者の要望にしっかりと向き合ってお手伝いすることで、日本の漁業と養殖にこれからも貢献していきたいと考えます。

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