- 2020年01月27日 18:00
「大人も生きていてうれしい」とちゃんと伝わっているのか
子どもが「将来やりたい職業」や「大きくなったらやりたいこと」を問われるのをしばしば目にする。
将来を聞かれても、社会にどんな仕事が存在し、どれぐらい遣り甲斐があるのかを子どもはあまり知らない。いや、大人だって案外知らなかったりするのだから、きちんと答えるのは難しそうだ。
うちの子どもの場合、はじめは日常生活やテレビで見かけた職業を「将来やりたいこと」として答えていた。しかし少しモノがわかるようになってからは「テンプレを書こうと思えば書けるが実際にはわからない」と答えるようになった。
精神科医として働く親の姿は、子どもの目には「将来やりたい職業」とはうつらないらしい。少なくとも普段は、帰宅してからの親の様子や種々の理由でなかなか帰宅できない親の様子をとおしてしか、親の職業の様子を知れないのだから、無理もないことだろう。
これは他の職業にも言えることで、子どもは大人たちの働く様子を片鱗しか知ることができない。駅員も、プログラマも、Youtuberも、子どもは目に付く側面しか知らないし、知ることもできない。
職業の楽しそうな部分だけに着眼して「Youtuberになりたい」と志望するのは、単純ではあってもわかりやすい話だ。しかし子どもがちょっと単純ではなくなった時、つまり職業は楽しそうな部分だけで判断できないと子どもが知った後は、Youtuberはもちろん、ほかのありとあらゆる職業も謎めいていて、どれぐらいなりたいと思えるものなのか、自分が向いていそうなものか向いていなさそうなものか判断がつかない。
「自分たちが見ている職業は、どれもその職業全体のほんの一部分でしかない」と理解するようになった子どもが、その不可視性を踏まえたうえで「将来やりたい職業がわからない」と答えるのは健全でまっとうなことだろう。
子どもは学校へ、大人は職場へ通うようになり、そうやって大人と子どもの過ごす場所が時間的・空間的に切り分けられるようになって久しい。にも拘わらず、大人が子どもにこうやって尋ねる慣習が続いているものだから、子どもはテンプレ的な回答づくりにますます長けていく。もしかしたら、子どもにテンプレ的回答をつくらせること自体、学習のうちなのかもしれないが。
せめて「大人も生きていてうれしい」と伝わって欲しい
さておき、親をはじめとする大人たちの姿をみて、今の子どもは「大人だって生きていてうれしいんだ」というメッセージを受け取っているのだろうか。
我が身を振り返る。
まあ……疲れている日があっても、生きていてうれしいという感じに子どもの前で振る舞えているつもりではある。ただ、実際にそのように伝わっているのかは疑わしい。
「大人ってのは大変なことばかりで、子どものほうが楽しいんじゃないか」……と、子どもが思っているようにみえる。
私が子どもだった頃、世間には「成熟拒否する子ども」というフレーズが存在していた。教育研究者や精神科医もそういうことを真面目に論じていたと記憶している。よその子どもはどうだったかは知らないが、少なくとも私は、大人になりたくないと実際に思っていた。
そんな私の子どもだから、遺伝的に似たようなことを考えやすいのかもしれない。しかし。
しかしいまどきの、働く大人・家で過ごす大人・メディアにうつる大人は、いまどきの子どもからみて実際楽しそうにみえるものだろうか。「大人も生きていてうれしい」という背中を暗に示せているだろうか。重荷にあえぎ、酒や娯楽でどうにか日々の苦痛をしのいでいる存在にみえたりしないだろうか。
ニコニコしている大人、働き甲斐を口にする大人の姿は、メディア上にはそれなり目に付くものではある。他方、親が疲れてかえってくるさまや、満員電車に押されるさまも目に入ってくる。そうやって大人の陰と陽、悲喜こもごものギャップを垣間見た総体として、世の子どもたちはどのようなメッセージを受け取り、何を考えて過ごすのだろうか。
この統計結果を額面通りに受け取るなら、日本の子どもは諸外国の子どもに比べてネガティブに世界を捉えていることになるし、その少なくない部分は、大人たちと、大人たちの営む社会に対する印象にもよるのだろう。
先にも触れたように、子どもが実際に見知ることになる「大人たちと、大人たちの営む社会」は、大人と子供が空間的・時間的に切り分けられたなかで垣間見るものだから、これは大人自身の問題であると同時に、大人と子どもの接点の問題、面倒な物言いをすれば(空間も含めた)メディアの問題でもある。
「大人も生きていてうれしい」というメッセージは、今、どこでどれだけ子どもに伝わっているのだろう? 伝えようとしていて伝わっていないとしたら、少し悲しいし、きちんと伝わるよう、何か工夫をしなければと思ったりする。
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る