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秋吉 健のArcaic Singularity:ビデオゲーム・クライシス!香川県のネット・ゲーム依存症対策条例案から規制のあり方や正しい関わり方について考える【コラム】

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■必要なのは「前向きな議論」である

少し視点を変えてみましょう。例えばeスポーツの世界では、日本は景品表示法や風俗営業法、さらに刑法賭博罪といったさまざまな法的制限があり、その普及が海外よりも遅れている点が以前より指摘されていました。

そのような中で行われた議論は、eスポーツを禁止したり賞金額を少額のまま制限し続けるといった後ろ向きな現状維持ではなく、ゲームメーカーが主体となってeスポーツ団体を設立し、「どうすればeスポーツを一般に認めてもらい、成長させていけるのか」といった、前向きな議論でした。

その結果、eスポーツ運営団体と個人がプロ契約を行い、賞金を「労働の報酬」として受け取るプロゲーマー制度が生まれ、法に抵触することなく高額賞金を出せる素地が誕生したのです。

同様にゲーム依存症に対しても、ごく一部の症例を根拠にすべての県民のプライバシーを制限するのではなく、ゲーム依存にならないための教育(リテラシー教育)へのアプローチにとどめ、その分野をさらに強化していくことが、最も適切で前向きな方策ではないでしょうか。

また、こういったゲーム依存症対策へのアプローチを県単位で行っても、上記のように県内のゲーム市場の萎縮を生むだけであり、根本的な対策となりません。行うべきは国単位での取り組みであり、また安易な制限でもありません。

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先日行われた「東京eスポーツフェスタ」の様子。大会には子どもたちも参加し、eスポーツを健全なスポーツ・エンターテイメントの1つとして楽しんでいた

そしてもう1つ、筆者がこの条例に無意味さを感じているのは「罰則がない」という点です。仮に現在の素案のまま施行されたとして、罰則のない条例にどの程度効果があるでしょうか。

おそらく教育機関や県の指導では条例を遵守していくものと思われますが、家庭内でどのように効力を生み出すのでしょうか。「ゲームは1時間だよ!」と親に怒られ、しかし罰則も何もない条例で突き放された子どもが行うことは容易に想像できます。親にも学校にも見つからない場所でゲームを遊ぶことです。

親が子どもと一緒になってゲームを遊び、満足してから勉強や家庭内の手伝いに励むのと、学校や家庭内で厳しく制限され、親や大人の目を盗むようにしてゲームを遊ぶことを覚えるのと、どちらが子どもにとって良いのでしょうか。

重要なのはゲームを遊ばせないことではなく、正しい遊び方を教えることや、親子のコミュニケーションではないでしょうか。

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ゲームは楽しい。楽しいことを「するな」と言われれば、もっと遊びたくなる。それは人の本能に近い

■ゲームを制限された子どもは勉強をするのか

今回の香川県の条例案騒動を追いかけているとき、筆者の脳裏に浮かんだのは「自身の少年時代」でした。

30年以上前に起こったファミコンブームの際にもゲームは社会現象として大きく報じられ、その規制論があちこちで噴出しました。ゲームは頭を悪くする、ゲームは非行に繋がると言われ、学校やPTAによって槍玉に上げられ、ゲームを遊ぶことそのものを禁止した家庭も少なからずありました。

そういった家の子どもたちは、ゲームを遊ばなかったでしょうか。いいえ、制限されない家に行って遊んでいました。携帯ゲーム機が発売されれば公園などに集まって隠れるようにして遊び、ゲームセンターで格闘ゲームブームが起これば、皆ゲームセンターに集まって遊んだのです。

しかし、そんな子どもたちが現在のゲーム文化を生み出し、隆盛の時代を築きました。当時隠れてゲームを遊んでいたような少年たちの大半は、純粋にゲームを趣味や娯楽として楽しむ「普通の大人」に育ちました。

今ではゲーム文化もクールジャパンなどと政府によって持ち上げられ、2016年に開催されたリオ・オリンピックの閉会式では、安倍総理がマリオの帽子を被って土管から登場するパフォーマンスも披露され、世界中から喝采を浴びました。

もしあの時代にゲームを悪として断罪し、制限や禁止への施策を行っていたならば、このような世界に誇る文化は絶対に生まれなかったでしょう。

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ゲームは世界中の人々が認める日本の重要な産業となった

ゲームを規制したら、子どもは勉強を率先してやるようになるのでしょうか。「遊び」を制限することで、子どもは健全に育つのでしょうか。これは筆者の実体験であり贖罪でもありますが、ゲームを制限しても子どもは勉強をしません。別の娯楽に逃げるだけです。

そんな筆者が紛いなりにも勉強を楽しんでいた時期がありました。それは「勉強はゲームだ」と教えてくれた塾講師が居たからです。数学の問題はパズルゲームであり、国語は思考力とディベート力を鍛えるアドベンチャーゲームのようでした。お仕着せの退屈な問題を解くのではなく、クイズゲームを解いていく感覚で勉強をすると面白い、ということを教えてくれたのです。

仕事やスポーツでも同じではないでしょうか。仕事ができる人は、他人(他社)との競争に勝つために何ができるのか、儲けるためにどんなアイデアを出せるのか、というゲームをしている感覚だとよく言います。スポーツ選手はまさに「ゲームを楽しんでいる」からこそ強くなれるのです。

その意味では、世界はすべてゲームによって成り立っているとも言えます。子どもたちが遊ぶゲームは、その大人たちが行っているゲームの土台となるかもしれません。2020年度から小中学校で必修化されるプログラミング教育でも、その学習方法にゲームを利用しています。まずは子どもたちに楽しんでもらい、興味を持ってもらうためです。

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小学生が大人顔負けのプログラミングと電子工作を披露する。それは「つまらない勉強」ではなく「ゲーム」だからこそ熱中し、驚くような速度で知識と技術を吸収した結果だ。彼らが未来のエンジニアとなるかもしれない

■ゲームを文化として育てていくために

ゲーム依存症はたしかに存在します。その対策が必要なことも間違いないでしょう。しかし、香川県の条例案はアプローチが悪すぎるように感じられます。

重要なのは規制し制限することではありません。ゲームを勉強や仕事にどう役立てるのかを積極的に考えていくことです。ゲーム依存症は、その流れの中で自然と解消・軽減されていくようにも感じられます。

香川県では現在、条例案に対するパブリックコメントを実施しています。パブリックコメントを提出できるのは、香川県内に住所を持つ人と、第11条に該当するゲーム事業者など限られた人のみですが、条例に対する意見を伝えられる数少ないチャンスでもあります。

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案についてパブリック・コメント(意見公募)を実施します

ゲームとは一体何でしょうか。ゲームは悪者なのでしょうか。かつてのファミコンブームから現在まで、恐らくその答えを明確に出せた人はいません。だからこそ、これからも根気よく議論し続ける必要があるのです。

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ゲームを悪者ではなく、文化としていくための議論を

記事執筆:秋吉 健

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