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「暴対法改訂反対」院内集会での宮台発言

■ヤクザがいいのかマフィアがいいのか     宮台真司(社会学者・首都大学東京教授)


※「警察問題」よりむしろ「新住民問題」
 ここ二年で一挙に全国化した暴排条例、あるいは二〇年前に施行された暴力団新法、そして間もなく国会審議に入ると予想される新暴対法の本質は、第一に〈過剰に包括的な規定による境界線の曖昧化〉であり、第二に〈全体を見ない新住民的な排除の論理〉です。

 第一の問題については、既に今回も指摘されるように、暴力団への便宜の供与などという未規定な概念を用いることで、合法違法の境界線がその都度警察の行政的裁量に委ねられるようにし、関連企業の天下り先など、裁量権を元にした権益を増やす機能があります。
 それは自明なので、社会学者の役割上、第二の問題に照準します。これは、日本がここ四〇年間どう変質してきたのかに関わり、かつ〈ヤクザ(非合法領域で活動する可視的集団)とマフィア(非合法領域で活動する不可視の集団)のどちらが良いか〉に関連します。

 第二の問題を掘り下げると、暴対法や暴排条例問題に関するナイーブな警察悪玉論に一定の疑問符がつきます。問題の核は警察問題よりむしろ〈新住民問題〉ではないのか。更に言えば〈社会劣化問題〉ではないのか。そう理解すれば本質的な処方箋が分かります。

 一九七七年に三重県で「隣人訴訟」が起こります。隣家に子供を預けて出かけた夫婦が、その間に子供が池で溺れ死んだ件で、隣家の夫婦を訴えたものです。全国から訴えた側に批難が集中し、控訴を取り下げた結果、八三年に一審判決で確定しました。

 判決内容は隣家や事業者や行政にさしたる責任はないとするものでした。でも世の中の動きはこの間に逆転し、何かというと設置者責任や管理者責任を問う訴訟が陸続した結果、屋上や放課後校庭のロックアウト、小川暗渠化、遊具除去の動きが八〇年代に進展します。

 丸山真男的図式を使えば、こうした〈クレージークレーマー(以下CC)〉は地域共同体が空洞化した帰結です。空洞化がなけれは、第一に〈CC〉の大声は地域の総意に囲い込まれて効力を失い、第二に〈CC〉を生む孤立と抑欝が包摂によって緩和され得るからです。

 地域共同体空洞化は、八五年施行の風営法改正と、新風営法対策として八五年に始まったテレクラにも見出されます。テレクラ拡大は地域との縁がさして深くない新住民の分厚さを前提とします。実際に同時代といえばワンルームマンション化とコンビニ化の時代でした。
 その頃から地域の組事務所をどけろ、エロ本自販機をどけろ、店舗風俗をどけろ…といった動きが拡がりますが、そうした流れの延長線上に九二年の暴対法施行があります。〈見たくないものを排除せよ〉は権利の一つであり得ても、社会全体を見ないことに繋がります。

 九五年になると、若者たちが踊るために集うクラブを風営法の終夜営業違反で摘発せよとの声が出てきます。これについて僕は、NHKのETV特集枠で、クラブが「良い子」の重大な居場所になっている事実を描くドキュメンタリーを作り、摘発の動きを抑止しました。

 ところが同じ頃にピークを迎える援助交際への反発から、九六年の岐阜県議会の動きを皮切りに青少年条例改正(テレクラ排除、未成年との交渉の厳罰化など)が進み、九九年の児童ポルノ法や再改正風営法(営業地域限定化、年齢確認厳格化など)の施行に繋がります。
 その流れ上に今世紀には東京都を皮切りに店舗風俗の取り潰しの動きが全国化し、各地でちょんの間街が消え、派遣風俗(デリヘル)化の動きが加速します。地回りのケツ持ちがないので、働く女性が生本番競争による性感染症と暴力の危険に晒されるようになります。

 暴排条例全国化はこうした七七年以降の動きの延長線上にあります。これら〈見たくないものを排除せよ〉の流れは、まずは冒頭第一の警察利権拡大をもたらしましたが、警察の謀略というより新住民化=共同体空洞化こそが最大駆動因で、警察はそれに適応したのです。

 加えて、〈見たくないものを排除せよ〉の流れが、「世界のどこより〈安心・安全・便利・快適〉で、どこより幸福度が低い」事態を生み出しました。日本人の幸福度は世界で七五位~九六位を低迷。英国四倍の高自殺率。孤独死や無縁死や乳幼児虐待放置を誇ります。
 社会全体を見ようとしない〈見たくないものを排除せよ〉の流れは、異質に見えるものの神経過敏的排除を通じて、裁量行政を背景とした警察権益拡大をもたらし、行政依存による地域環境劣悪化を帰結し、〈安心と安全〉と引換えに〈幸福と尊厳〉から遠ざかりました。

 グローバル化=資本移動自由化を背景に人は不安になります。不安から逃れたいからますます悪者探しにかまけます。不安なのは、中国人がいるから・風俗があるから・組事務所があるから…。〈CC〉が激増し、上っ面と引換えに行政依存が拡大し、不安が増大します。

※「後は野となれ山となれ」の国辱的選択
 社会全体を見るとはどんなことか。僕がフィールドワークする沖縄の風俗を見ましょう。ここ二年で有名な新地の色街(真栄原と新吉原)が壊滅、古い色街(辻)に集約されました。なぜ辻がつぶされないか。警察がこの色街の機能を弁えるからです。詳しく説明します。

 沖縄は初婚が若く、DVを背景に若年離婚も多く、連れ子がいる二〇歳そこそこのシングルマザーが多数います。でも沖縄は強力な血縁主義社会。父系血縁の長子相続制ゆえに連れ子が男児なら再婚できない。実家に戻りたくてもやはりDVなどで戻れない場合もある。
 全国一低所得の沖縄。子連れシングルが働く場はない。数少ない選択肢の一つが風俗労働です。事情を弁えたブローカーがナイチャー客だけ相手にできるようにします。ナイチャー価格はウチナーの倍。ブローカーが彼女たちを守るため。警察はそれを知っています。

 新地の色街つぶしもやはり新住民化が背景です。辻への集約は最古の色街ゆえに周辺の「理解」があるからでもあり、警察が事情を「理解」するからでもある。ちなみに古い色街ゆえに、子が母親を訪ねてきた際、母親が風俗嬢だと気づかずに済む工夫もあります。

 辻を潰したらどうなるか。子連れシングル母に働き場所がない。だからアングラで売春を続ける。でも守ってくれてきたブローカーはもういない。価格境界線にせよ、市場境界線せよ、情報境界線せよ、ブローカーなくしては維持できない。彼女らは不利益を被ります。
 こうした事情を弁えるウチナーはもういません。僕が客として現地に入ってリサーチしてもこうした事情は分からない。ブローカーにケツ持ちしてもらい、ブローカーに尋ねて情報を貰うことで初めて分かります。実は警察が色街の情報を採る場合も、実は全く同じです。

 別の例。ストーカー防止法施行以前、ストーカー被害を警察に相談すると、事件が恐いから相談してるのに、事件が起こらないと動けないと言われた。関西や九州の人なら、暗にヤクザを使えというメッセージと受けとめ、ヤクザに電話をして30分でカタがつきました。

 売買春非合法化以降の色街の秩序をヤクザが担ったように、法整備が不十分なストーカー問題をヤクザが処理できたように、事情を知らない新住民には目障りでも、一定の機能を果たすものがあります。代替機能の調達を考えない〈見たくないものを排除〉は無責任です。

 社会全体を見る意味がお分かりでしょう。それを踏まえると売買春に関わる社会秩序維持には三つ選択肢があります。第一が〈管理売春合法化〉。第二が〈売春禁止とヤクザ温存〉。第三が〈ガチンコ化によるヤクザのマフィア化〉。簡単に説明します。

 第一の〈管理売春合法化〉は、女性を性感染症や暴力から守ろうとするオランダのやり方で、売買春を非合法化しても市場規模が変わらない事実を踏まえます。ちなみに市場規模が変わらないのは、禁止するとサービス単価が上がり、参入動機が逆に強くなるからです。

 第二の〈売春禁止とヤクザ温存〉は、多くの国が採用する方法です。売買春が非合法だとトラブルが発生しても店も客も警察を呼べない。これだと秩序維持ができないから、警察の要請もあってヤクザが色街に入り、警察はお目こぼしと引き替えに情報を得ます。
 お目こぼしと引き替えに金銭を狙うダメ警官も出てきますが、単なる歩留まり問題(程度問題)で本質的じゃありません。ところが八〇年代以降、新住民増大を背景に、こうした警察とヤクザの協働を、癒着として糾弾する動きが全国化します。既に紹介した通りです。

 第三の〈ガチンコ化によるヤクザのマフィア化(不可視化)〉。新住民化を背景にした動きですが、現時点でも二つの問題が浮上しています。一つは、北九州で一般市民を巻き込む戦争に発展しているように、手打ちなきガチンコの社会的コストが極めて大きい事実。
 もう一つは、非合法化しても規模が小さくならないアングラ領域で、弱者の不利益が増大すること。風俗嬢が被る生本番競争と暴力の例を挙げましたが、先に紹介したオランダでは、性売買と同じ理屈で薬物売買の一部を合法化して、当局による管理対象としています。

 アンダーグラウンド領域は、たとえ新住民が祈っても、永久に消えません。結局、(1)合法化して国家が管理するか、(2)非合法化してヤクザ(可視的集団)が管理するか、(3)ガチンコ対決でマフィア(不可視集団)が管理するかしかありません。どれを望むのか。
 〈見たくないものを排除〉の新住民的流れに任せれば、マフィア化(不可視化)を帰結します。マフィア化は、手打ち不能化によるコスト増と、弱者の不利益増大を伴います。それを頬被りして〈見たくないものを排除〉に固執するのは〈後は野となれ山となれ〉と同じ。

 そう。原発問題と同じ。大飯原発再稼働問題における「大停電か原発再稼働か」の二者択一で日本は国辱を晒しました。先進各国の議論はこうです。大停電は規定可能(ゆえに対処可能)なリスク。原発事故は規定不能(ゆえに対処不能)なリスク。二者択一は不可能。

 あえて二者択一化して原発再稼働を選べば〈後は野となれ山となれ〉を選ぶのと同じで、たとえ民主的決定であっても倫理的に許されない……ドイツのメルケル首相が招集した原子力倫理委員会の結論で、それを元に実際ドイツは二〇二〇年までの原発廃止を決めました。

 「大停電か原発再稼働か」の二者択一化が〈後は野となれ山となれ〉という国辱的選択なのと同じく、暴排条例全国化や新暴対法化が意味する「ヤクザのマフィア化」も全く同じ〈後は野となれ山となれ〉の選択です。それを恥じないで良いのか。また恥を晒すのか。

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