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「兵長様は王様」韓国の兵役中にもっとも嫌がられる内務班の“集団生活”とは 韓国を支配する“空気”の研究――軍隊生活編 - 牧野 愛博

韓国の若者たちが「ヘル朝鮮」と嘆く激烈すぎる格差社会はなぜ生まれたのか から続く

 すべての韓国の成人男性に一定期間軍隊に所属する兵役義務があるのは、日本でもしばしば報道される韓流スターの“入隊”で知られているのではないだろうか。しかしそこではどんな生活が待っているのか? 『韓国を支配する「空気」の研究』より「軍隊生活のしごきとパワハラ」を紹介する。

最長22カ月の“軍隊生活”でたたき込まれる文化

 (前章で紹介した)韓国の「パルリパルリ(早く、早く)文化」。経済の発展とともに、スローライフを楽しむ習慣も芽生えてきたが、依然、この習慣を厳格にたたき込む場所がある。

 大多数の韓国男性が行かなければならない場所。軍隊だ。

 1953年に朝鮮戦争が休戦した直後、陸海空軍ともに服務期間は36カ月だった。その後、時代の流れとともに期間はどんどん短くなり、2020年からは陸軍と海兵隊が18カ月、海軍が20カ月、空軍が22カ月となることが決まった。それだけ、韓国の人々は、兵役を重荷に感じている。

©iStock.com

「軍隊生活を最初に実感したのは、そのスピードだった。パルリパルリの習慣はそこで身につけたよ」。1988年からソウル南方の部隊で服務した知人は語る。

命令には、とにかく何も考えずに体が自然に動くようになる

 毎朝の起床時間は午前6時だった。起きて10分間で軍服と軍靴を身につけ、寝床を整えたうえで、練兵場に集合しなければならなかった。掃除や朝食を済ませると、それぞれの部隊で演習や業務に従事した。入隊して4~6カ月は2等兵。この時期に、命令が飛んだら、とにかく何も考えずに体が自然に動くようになる習慣をたたき込まれる。命令が出た後、各自が意味を考えたり、反論したりして勝手に動いたら、敵にやられて皆死んでしまうからだ。

 午後6時になると帰営した。戻れば戻ったで、掃除や洗濯作業が待っている。先輩の軍服を洗い、軍靴を磨く。帰営が遅れれば、それが残業などの正当な理由があろうと関係なく、怒鳴られた。いちいち釈明を認めていたら、やはり敵にやられてしまうからだ。毎日午後10時の就寝時間まで、気の抜けない生活が続いた。

「兵長様は王様」一番嫌だった内務班での共同生活

 集団生活もここで覚える。知人は「軍生活で一番嫌だったのが、内務班での共同生活だった」と振り返る。

 内務班とは、兵営の同じ部屋で共同生活を送る単位を指す。大体15人くらいで構成される。徴兵されて軍隊生活を送る場合、2等兵から1等兵になり、上等兵を経て、最後に兵長になる。知人が軍隊生活を送った当時、兵長になるには大体18カ月を要した。

 兵長は内務班のなかでの王様だ。みなが「兵長様」と呼び、兵長は皆の名前を呼び捨てにする。内務班に兵長が2~3人という構成になると、兵長の権威が十分行き届き、威張り甲斐があったという。同時入隊者が多くて、兵長の数がそれ以上になってしまうと、威張る相手が減ってつまらないし、逆に兵長がたった1人ということになると、集団で反抗されたり無視されたりするケースもあったという。

上下関係は厳しく、しごきは日常茶飯事

 軍は階級社会だ。上下関係は厳しかった。娯楽は限られているため、いじめもひどかった。1988年のソウル夏季五輪前までは暴力行為も日常茶飯事だった。五輪を契機に軍の文化を改善する動きが強まり、暴力行為は減ったが、代わりに「しごき」が増えた。

 上官の気に障ることをやってしまった場合、大体命じられるのが、腕立て伏せだった。これには色々なバージョンがあり、腕の代わりに頭で支えるものや、両手の指を組んだ後、手の甲を下にして床につけるものもあった。長い間耐えることがつらくなるための仕掛けだった。

「手榴弾」と言って、机の上から床に飛び降りたり、逆に飛び乗ったりすることを延々と続けるものもあった。

セクハラ行為を行う先輩がいると添い寝の強要も

 同じ内務班にセクハラ行為を行う先輩がいると大変なことになった。添い寝を強要されたり、自慰行為を手伝わせられたり、ひどいケースになると犯されたりする事件も起きた。上官に訴えれば訴えたで、後で復讐される場合もあった。心配した職業軍人たちが巡回して、「大丈夫か」とよく尋ねていたという。

 これに比べれば、兵士としての訓練や警戒任務の方がマシだった。とはいえ、過酷な訓練や任務も当然あった。

催涙ガスを使ったガスマスク着脱訓練

 新兵訓練で有名なものに、催涙ガスを使ったガスマスク着脱訓練があった。BC(生物・化学)兵器から身を守るため、極限状況に置かれた場合でマスクをきちんと着脱できるようにするための訓練だった。

 20畳くらいの部屋に、新兵10~15人が教官とともにマスクを着けた状態で入る。密室状態にした後、教官が催涙ガスを使用する。知人は大学時代、警察が学生運動を鎮圧するために使った催涙ガスを吸った経験があった。しかし、軍が使うガスはそれと比較にならないほど強烈だった。知人の言葉を借りれば、「野球場1つの広さでも十分に効果があるガス」だったという。

 そして、教官が「マスクを外せ」と指示する。外した瞬間、喉や目、鼻腔はもちろん、露出した肌全体にガスが突き刺さり、痛みを感じたという。反射的にガスを吸わないよう、息を止めるが、上官はそれを許さない。「軍歌を歌え」「立て、座れ」と矢継ぎ早に指示する。兵士たちは、涙や鼻水、よだれまみれになりながら、必死で指示に従う。

 時間はそれほど長くはなく、1分ちょっと。それでも、当事者たちにしてみれば、永久に続くように感じたという。最後に、上官がマスクを再び装着するように命じ、訓練は終わった。

◆◆◆

 朝日新聞前ソウル支局長として韓国社会を取材してきた牧野愛博氏による新著『韓国を支配する「空気」の研究』(文春新書)が好評発売中です。対日関係から若者の格差、女性の社会進出など、様々な角度から韓国の「空気」を読み解いています。

(牧野 愛博)

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