- 2020年01月24日 09:18
「BBCをぶっ壊す」英国でなぜ言われない? 特別な存在だが危機状態との指摘も
1/2以下のインタビューは、週刊誌「東洋経済」11月23日号特集「NHKの正体ー膨張する公共放送を総点検」に掲載された、筆者執筆記事(実は政府の影響を排除しきれていない 本当にNHKのお手本になる? BBCの意外な実態とこれから)のために行われたものです。
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ジャーナリズムにも、ガバナンスにも懐疑の目が向けられるNHK。その英国版とも言えるBBCは、英国でどう受け止められているのか。課題は何か。日本の「NHKから国民を守る党」(N国党)のような政治勢力はあるのか。
放送業の専門家数人に聞いてみた。
最初の回は、英BBCはお手本になるか? 英国でN国党がない理由は「公共のため」を信じる国民がいるから になる。今回は、2回目である。
英キングストン大学のブライアン・カスカート教授(ジャーナリズム)は、ジャーナリストとしても知られ、メディアに説明責任を持たせるためのロビー組織「ハックト・オフ」(俳優ヒュー・グラントが旗振り役となったことで著名に)の創業者でもある。
BBCは英国では特別な位置を占める
ー英国では、日本の「NHKから国民を守る党」のような政治勢力はあるでしょうか。英国民にとって、BBCはどんな存在なのでしょうか。
カスカート教授:2つ目の質問からお答えしましょう。
話の根幹になる部分です。
英国社会で、BBCは特別の位置を占めていると言えます。

英国はイングランド地方の他に北アイルランドもあれば、スコットランド、ウェールズもあります。人々の階級も色々ですし、人種も、出身国も違ったりします。
しかし、これまでの歴史を振り返ると、英国を1つにまとめる役目をしてきた4つか5つの組織があります。
1つは軍隊です。これは国のレベルですよね。
その他には、第2次世界大戦後に作られた「国民医療制度」(NHS)。これは何十年にもわたって、英国の宝のような存在です。税金で診察料を賄うので、貧富の差を問わずにお医者さんに診てもらえる体制です。
ゆりかごから墓場までの福祉体制もそうですね。
王室制度もそうです。
BBCは中でも最も力が大きいと言えます。
第2次大戦時のBBCのニュースをみんなが聞いていました。その後も番組を視聴し続けてきたわけです。BBCは国民を一つにまとめる役割を果たしてきましたし、国民はBBCを自分たちのものとして、みんなで所有・共有してきたのです。
これが可能になったのは、創立当初から政治的に不偏不党を頑固に貫いてきたからです。どこの勢力にも与せず、みんなのものであり続けました。
国が割れて、BBCは誰も満足させることができなくなった
ーBBCを壊すことを目指すような、日本のN国党に相当する政治勢力はありますか?
それは現在の与党・保守党と言えるでしょう。
過去何十年にもわたって、常に反BBCでした。保守党はBBCが民放になるべきと思ってきたのです。
その理由は、イデオロギー的に言うと、英国の保守派はいかなる形であっても国家によるサービスというのものを信じていません。公共のために放送をするBBCの意義を信じていません。少なくとも、これが1つの理由です。
BBCは今、危機状態にあると思っています。
それは、これまでは不偏不党であることですべての人を満足させてきたのですが、今や、同じ理由ですべての人に不満を抱かせるようになったからです。
今、英国はこれまでの歴史では見られなかったほどの分断が起きています。このことをいくら強調しても強調しすぎることはないでしょう。今ほど、英国が2つに深く割れたことはないと思っています。
ー英国の欧州連合からの離脱(「ブレグジット」)をめぐって、国民の意見が割れている、ということでしょうか。
そうです。ブレグジットがあるので、BBCは機能しなくなってきています。すべての人を満足させることができなくなりました。
BBCの現在の経営陣が弱体化していることも危機状態にある理由の1つです。この大事な時に、指導力を発揮できない状態です。
―朝の情報番組の司会者が個人的な見解を表明したとして、注意され、これが炎上して、その判断を引っ込めるという事件がありましたね。(BBC、「差別批判は中立原則の逸脱」としたものの、後で撤回 一部始終を振り返る)
経営陣はすぐに対応できませんでした。自分たちが何をしようとしているのかを視聴者に伝えることができなかった。その結果、すべての人を怒らせたのです。
それと、新聞メディアの影響もあるでしょう。
英国の主要全国紙は非常に保守・右派系で、例外なく離脱支持派です。ですから、もしBBCが不偏不党を貫けば、新聞メディアの大攻撃に遭遇します。BBCは離脱を支持していない、と。
保守系の新聞はBBCを国営放送とみなして、嫌っているという部分もあります。BBCはこうして、敵に囲まれていることになります。
最初に、英国をまとめる複数の組織の名前を挙げました。BBCのほかには軍隊がありますが、かつての規模よりもだいぶ縮小しています。
国民医療制度も、BBCが攻撃を受けるのと同じ理由で政府から攻撃されるわけです。お金を十分に投入しないという形での攻撃です。
福祉制度も同様です。王室もこれまでに様々な理由で批判されてきました。エリザベス女王は高齢で、離脱をめぐる複雑な政治状況に対処しなければなりませんし、国自身がバラバラになっている状態です。スコットランド地方はますます独立志向を強めていますし、北アイルランド(注:離脱後、地続きとなるアイルランド共和国との関係がまだ決まっていない)では今後、何が起きるか予想できません。ひどい状態です。
―ブレグジット問題以前にも、BBCに対する信頼感は落ちていたのでしょうか。
BBCの問題の1つは、常に不偏不党でなければならない、ということです。このため、議題設定をすることができないのです。ニュースの中でどの部分が一番重要なのかを決めることができない。新聞報道のニュース順位に即することになるわけです。
新聞報道のニュース順位は全国紙の論調によって、決まります。全国紙はこの点で非常に重要な位置にいるわけです。
BBC関係者は新聞報道に沿ってニュース順位を決めていることを否定しますが、ニュース番組を見ればわかりますよね。
新聞で報道されていないニュースを扱うとき、BBCは慎重にやっていますし、取り扱わないこともありますよね。
BBCはすべての人を喜ばせようとするんです。中道にいる人からすれば、これはこれでよいわけです。でも、左右いずれかの強い意見を持つ人にとっては、物足りなかったり、BBCを嫌ったりします。
でも、ブレグジットをめぐって、この中道という位置が消えてしまったわけです。ですから、BBCの居場所がなくなったのです。今英国には中道の位置がなくなってしまい、あるのは「残留」か「離脱」か、です。議論を動かしているのは、もともと、BBCを嫌っている人々です。
―なぜBBCの経営陣は慎重姿勢を維持するのでしょう?世論が両極端に分かれてしまったからでしょうか。
経営陣の仕事は楽ではないとは思いますが、BBCは右派保守系新聞に常に攻撃されてきました。右派傾向を強めた保守党が政権を持っていますので、慎重にならざるを得ません。