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過熱する子育て世帯争奪戦に自治体が疲弊する理由 - 浅野有紀 (Wedge編集部)

地方創生が始まってから、自治体間の人口の奪い合いが激化した。子育て支援など街の魅力を高める施策を行ってきたが、結局は財政力や都心へのアクセスで有利なところに人が流れてしまう。もはや地方創生疲れになっている」(ある自治体の担当者)  2014年11月に「まち・ひと・しごと創生法」が成立し、翌年から「地方創生」が始まった。国は60年に約8700万人になると推計される人口減少に歯止めをかけ、1億人程度を確保するという人口ビジョンを掲げ、それを実現するための総合戦略を策定した。そして、全市町村にも、国の戦略を勘案して人口ビジョンと地方版総合戦略を策定するよう努力義務を課した。そこで始まったのが、自治体間での人口の奪い合いだ。

2014年に東京都23区で唯一「消滅可能性都市」と指摘された豊島区は、公園のリニューアルなど子育て世帯に優しい施策を進めている。
(NATSUKI SAKAI/AFLO)

奪い取る地域を明言
熾烈を極める人口争奪戦

荒川を挟んで東京都に隣接する人口約14万人の埼玉県戸田市。同市は庁内にシンクタンク「戸田市政策研究所」を抱え、かねてから定住人口の獲得を目指したシティセールスに関する研究を進めてきた。同市の取り組みとして特徴的なのが、シティセールスのターゲットエリア、つまり人口を奪う地区を、隣接する東京都板橋区、北区と明確に定め、市の戦略として明記していることだ。

16年10月からは、住宅購入を検討している子育て世帯にターゲットを絞り、市のプロモーション広告を打っている。グーグルやヤフーの検索サイトから、都内や近隣自治体に住む20~40代で、かつ不動産を検索しているユーザーを選定し、戸田市への転入を促進するバナー広告を掲出している。これにより、戸田市の移住関連サイトへのアクセス数は、バナー広告掲出後1カ月で月間453PVから7512PVへと約17倍に増加した。

戸田市政策秘書室主幹の江口護氏は、「戸田市には特に有名な観光名所があるわけでもないため、都内よりも安い住宅価格や充実した教育環境、交通の利便性など、戸田市での住みやすさを都内の子育て世帯にアピールすることで移住を促している」と狙いを語る。この5年間でターゲットとする板橋区、北区から約1400人の転入超過となり、市の全人口も5年間で1万人以上増えている。

市の魅力を発信し、人口を増加させられたことは、戸田市にとっては大きな成果だ。しかし、勝者の裏には敗者ありで、その分だけ人口が減少した自治体があるということでもある。日本全体で人口減少をいかに食い止めるかという課題に対して、単なる人口の奪い合いで終わってしまっては意味がない。しかし、現状としては、こうした競争が各地で繰り広げられている。

つくばエクスプレスで都心から約20分の千葉県流山市も近隣自治体からの人口獲得に成功している。ここ数年は、毎年4000~5000人のペースで人口が増え、18年には転入超過数が政令指定都市を除けば全国1位となった。同市は自治体で全国初となるマーケティング課を設置して5人中3人を民間経験者から採用し、30~40代前半の共働き世代をターゲットに据えた住民誘致のプロモーション活動に注力している。

市内の主要駅には「駅前送迎保育ステーション」が設置され、そこに子どもを預ければ、市内の各保育所まで送迎してもらえる。子どもを21時まで保育ステーションで預かってもらうこともでき、夕食提供サービスもある。保育所の数も大幅に増やし、昨春には、コンビニの数を上回った。10年の17から20年には77になる見込みだ。こうした子育てのしやすさを、首都圏内の駅に「母になるなら、流山市」という印象的な大型ポスターを展開するなどして大々的にPRしている。

一方で、流山市に人口を吸い取られているのが、隣接する松戸市だ。13~18年の5年間で約1700人が流山市に転出した。松戸市も、ターゲットにするのは30~40代の共働き世帯で、市内全23駅の駅前・駅中に保育施設を整備し、保育施設の利用定員数を直近5年間で約3000人増やすなど、子育て世帯に優しい環境を整えている。さらに、こうした取り組みをまとめたガイドブックを市川市や船橋市などの近隣市や東京都内のイオンの中に設置するなど、他の自治体へ積極的にPRしている。だが、流山市への流出は止まらない。

松戸市総合政策部シティプロモーション担当室長の小北真弓氏は、「流山市の斬新な子育て施策や印象的なPRは同じ世帯層を対象にする松戸市としても意識しており、更なる魅力発信に努めている。ただ、流山市への転出超過は、つくばエクスプレスによる都心へのアクセスの良さや、住居の供給量が増えていることが強く影響していると思う。シティプロモーションの担当課としては歯がゆい状況だ」と語る。

他方で、人口争奪戦の勝者となった自治体にも副作用をもたらしている。流山市総合政策部マーケティング課長の河尻和佳子氏は、「市内で子どもの数が急増したことで小学校の数に余裕がなくなるなど、公的施設の収容能力が限界に到達するケースが出てきている。数年以内に3つの小学校を新設する予定でいる。今は転入増による歳入の伸びとハード整備などの歳出が同じくらいになっている」と新たな課題について話す。

Wedge2月号の特集「幻想の地方創生」では、こうした自治体間による「子育て世帯争奪戦」が、ゆがんだ医療費の助成競争を引き起こしている実態もレポートした。政府の担当者もゼロサムゲームの様相を呈した不毛な自治体間の人口争奪戦の実態を認める一方で、驚くことに「人口減少、東京一極集中という問題の深刻さを各自治体が認識してくれる機会になったことは、それを上回る効果だ」と強弁する。しかし、このまま地方創生第二期に突き進むと、自治体の弱肉強食が加速することは避けられないだろう。

現在発売中のWedge2月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。

■幻想の地方創生 東京一極集中は止まらない

Part 1  地方創生の”厳しい現実” 「破れたバケツ」状態の人口流出を防げ

Part 2   人口争奪戦で疲弊する自治体 ゼロサムゲームでは意味がない

Interview 地方創生の生みの親が語る、第二期へ向けた課題 増田寛也氏

Part 3  「観光で地方創生」の裏で乱立する「予算依存型DMO」

Part 4   全ての自治体は自立できない 広域連携を促す交付税改革を

Column  農村から都市に移る国政の関心 地方の”自律”に向けた選挙制度とは?

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◆Wedge2020年2月号より


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