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混迷イランを悩ます「アスリートの亡命続出」と「東京五輪ボイコット案」 - 新田日明 (スポーツライター)

イランが窮地に立たされている。米軍の無人機による攻撃でイラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官が殺害されたことを皮切りに米国との対立は深刻化。一方でイラン・テヘランのホメイニ国際空港を離陸したウクライナ航空の旅客機をイラン軍が地対空ミサイルで誤って撃墜してしまい、乗客乗員176人全員が死亡する痛ましい悲劇も起こった。

当初のイラン側は旅客機側の技術的なトラブルと主張していたものの撤回し、米国との戦闘体制下にあったため敵対する標的と間違ってしまったことを認めて謝罪した。この事故ではミサイル誤射の瞬間がイラン国内で市民らによって撮影され、SNSなどでも上げられており、動かぬ証拠の映像がある以上、イラン側は逃げ切れないと判断したようだ。

イラン側は重要人物の司令官を殺害され、緊張を高めた米国こそが誤射の人的ミスを招いたとしてあらためて非難。しかし、それでも風向きは大きく変わってしまった。これまで厳しい戒律や情報統制を敷き続けてきたイラン政府への国民の不満が一気に爆発。テヘランでは大規模な反政府デモが発生し、警察の機動隊や革命防衛隊のメンバー、私服の治安当局職員らによって鎮圧されている。だが、これはあくまでも政府によって強制的にフタを閉められているだけでイラン国民の不満がくすぶり続けている危険な状態に変わりはない。

昨年11月にもイランではガソリンの値上げに対する大規模な抗議デモがテヘランなど国内数都市で発生し、政府の弾圧によって多数の死傷者や拘束者が出た。米国が「1000人強が死亡した」と発表するなど未曽有の惨事となってしまったのは記憶に新しい。それから2カ月も経たないうちに誤射によるウクライナ航空機撃墜で大規模デモが再発したことを考えれば、いつまた国民の怒りに火が付いたとしても何ひとつ不思議はない。

とりあえず現段階でイランは懸念されていた米国との軍事的な緊張が多少沈静化しているように見える。しかし今度は国内で政府打倒の内乱が激化してしまうのではないかという内憂に悩まされているのが現状だ。米国のドナルド・トランプ大統領もツイッターで「私は大統領就任の時からあなた方とともにあり、私の政権は支持を続けていく」とイラン国内の反政府デモを支持。革命で退位に追い込まれたイランの故モハンマド・レザー・パーレビ国王の長男、クロシュ・レザー・パーレビ元皇太子も15日に米国で記者会見に応じ、数カ月以内にイスラム教最高指導者が率いるイランの現在の体制は崩壊すると大胆に予告した。こうした背景からイランが神経を尖らせているのは容易に想像がつく。

キミア・アリザデ選手(REUTERS/AFLO)

そしてこれまで国民の〝ガス抜き〟として有効策だったスポーツ分野にも、反政府の波が押し寄せている。2020年の年明け早々、イラン女子で史上初の五輪メダリストとなったテコンドーのキミア・アリザデが亡命する意思を表明。「私は、イランで抑圧されている数多くの女性選手の一人にすぎない」などとイラン当局の「ウソや不正」を厳しく批判した。滞在中のオランダへ亡命するとみられ、インターネット上では本人とみられる女性がヘッドスカーフを着けずに若い男女と一緒に映る姿も確認されており、イラン国内に大きな衝撃を与えている。

弱冠18歳にして2016年のリオ五輪・テコンドー女子57キロ級で銅メダルに輝いたアリザデはイランの国民的な人気者となり、ヒロインだった。ハッサン・ロウハニ大統領ら保守派からも称賛され、今年の東京五輪では金メダル奪取が期待されるなどイラン国内での影響力と注目度は女性として異例なほど群を抜いていた。まだまだ男尊女卑が根強いイランにおいて、そんなアリザデの活躍と人気は政府としても女性の不満を抑え込む〝緩衝材〟となっており、重宝していたのである。

ところが米国との対立だけでなくウクライナ航空機の誤射によって反政府デモが再発した直後、イラン当局にとっては「最悪のタイミング」でアリザデの国外脱出が発覚。体制維持の象徴だったはずのヒロインに裏切られた挙句、政府批判までぶちまけられたイラン当局はまさに赤っ恥と言っていい。当然ながら怒りは凄まじく、その矛先はアリザデを〝管轄〟していた政府のスポーツ関係者に向けられ「粛清された」とのウワサまで飛び交っているほどだ。

いずれにせよ、このアリザデの亡命によってイラン側が国民からの関心の高いスポーツ分野の選手たちに対し、今まで以上に監視の目と政治的な圧制を強めていくのは間違いない。それを象徴するかのように実際、今年の東京五輪に関してイランの当局者からは「参加を辞退したほうがいいのではないか」との強硬論まで出始めている。事情通は「匿名」を条件とし、次のようにイランの内情を打ち明けた。

「アリザデは難民選手団の代表として東京五輪への参加が濃厚。その立場で女子テコンドーの金メダルに輝けば、イラン国内でも何らかのハレーションが起こる。東京五輪に参加したイラン代表の選手たちも、母国から亡命したアリザデらと同じ自由な空気を吸うことによって現体制に忠実だった気持ちに変化が生じるかもしれない。こうした流れをイラン側はもっとも警戒している。東京五輪に参加した代表選手たちが反体制の基軸に成り変わり、さらにはイラン国内へと波及して〝第2のアラブの春〟が訪れてしまうことを恐れているのです」

柔道金メダル候補も亡命

アリザデだけではない。イランは近年、スポーツ界からの亡命者が相次いでいる。柔道男子81キロ級の強豪サイード・モラエイもその1人だ。昨年8、9月に東京・日本武道館で行われた柔道世界選手権の同級にイラン代表で出場。同国と敵対するイスラエル代表選手との対戦を避けるために棄権を強要され「辞退しなければ家族を殺す」と脅迫を受けたが、その指示を無視して出場を続けたため、身の危険を覚えてドイツへ脱出し難民認定を得た。そして念願が叶い、昨年12月にはモンゴル国籍を取得。今夏の東京五輪へはモンゴル代表として出場を目指している。

前出の事情通は、こうも続ける。

「モラエイは一昨年の柔道男子81キロ級・世界選手権覇者。彼もまたアリアナと同じく東京五輪での金メダル候補だ。イランにとっては厄介な亡命アスリートが東京五輪に2人も出場することになれば、悩みの種はますます深くなる」

イランがスポーツ分野においても反政府の波にさいなまれていることは確かなようだ。しかしながら、さすがにイランが東京五輪への参加辞退という愚策を選択することはないだろうと信じている。とにかくスポーツの世界に政治を介入させる権力者たちの横暴は許されないし、もう見たくない。東京五輪が「平和の祭典」として大きく盛り上がることを切に願う。

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