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ミャンマーの「変化」に、日本はどう向き合うか 笹川陽平×大野更紗

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日本財団の笹川陽平会長(73)が6月11日、外務省からの委嘱を受ける形で「ミャンマー少数民族福祉向上大使」に就任した(http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/24/6/0611_05.html)。

日本財団はこれまで、ペルー、カンボジア、スリランカ、ベトナムなどで少数民族が多く居住する紛争地域での支援を実施してきた。ミャンマーにおいては、軍政時代から「辺境」のシャン州やアラカン(ラカイン)州などで、学校建設やマイクロファイナンスなどの援助プログラムを続けてきた。
今後は教育・医療・農業の3分野を中心に、日本政府(外務省)と連携してミャンマー国民の生活向上と民族和解に向けた取り組みを展開していく予定だ。

2011年3月にミャンマーは民政に移管し、長きにわたる軍事政権統治は歴史的な「変化」の局面をむかえた。テインセイン大統領が率いる新政権、そして民主化運動のリーダーであるアウンサンスーチー氏の動向は、国際的な注目を集めている。一方で、中央政府の括弧つきの「変化」のゆくえに、少数民族問題や紛争の傷が大きな影を落としている。(構成/編集部・宮崎直子)

構造化されるミャンマーの「宗教紛争」

大野 ミャンマーの人口は約5500万人ですが、その70%近くは最大多数派のビルマ族が占めます。そのほかの約30%は、カチン、カレン、シャン、ラカインなどの非ビルマ族である少数民族の人びとです。

宗教的には、ビルマの人口の約85%は上座仏教を信仰しているとされ、日本のメディアで紹介される際も「ミャンマーは仏教国」であるというような切り口が多いように思います。実情は多様で、それぞれ5%ほどのキリスト教徒、ムスリム、精霊信仰など、複雑な様相を呈しています。長期の軍政下、正確な国勢調査が行われなかったため、実態把握はほとんどできていない地域もあります。

「宗教」は紛争の要因の1つであり、すべてではありません。「宗教の対立」であるという一面的な言説は、現在進行形の民族紛争の要因を単純化し、対立を構造化し、更なる出口のない泥仕合へと人びとを巻き込んでしまうパワーがあります。

ASEAN地域は、戦後における旧植民地としての自己像からの脱却という苦闘を経つつ、国内政治では、権威的な体制が直近まで維持されてきました。「開発独裁」と呼ばれるような状況は、現地の住民にとっては、いまだ生傷癒えぬ「最近の出来事」です。ミャンマーの民族紛争が、歴史として整理されるには今後長い時間がかかります。

急激な「変化」

大野 「民政移管」をすることは、その成立が「弾圧」である軍事政権にとり、自らの正当性を確保するきわめて重要な政治的課題でした。

今ミャンマーは、民主化にむけた「変化」のただ中にあります。アウンサンスーチーさんが軍事政権と戦略的な和解をしています。和解は、歴史的な連続性の中では、政治的妥協の産物です。

1988年に、1962年から26年間にわたったネウィン独裁体制に対する国民の不満が爆発します。アウンサンスーチーさんは偶然その時、実母の看病を目的に英国からミャンマーに帰国していました。ミャンマー独立の父、アウンサン将軍の娘である彼女が民主化運動の指導者として颯爽と登場したのは、この年です。しかし同年に民主化は弾圧され、クーデターにより国軍統治体制が発足します。

この際、ヤンゴンの街頭では、国軍が民主化を求める市民に向けて無差別発砲と水平射撃を行いました。1988年の武力弾圧だけでも、犠牲者は数千人とも言われます。これまで国軍は、実弾を自国民に向け続けてきました。それは揺るぎない事実であり、ミャンマーの街中の、一見すると穏やかで何事もない生活風景の背後には、何層にもわたる深い相互不信や恐怖感があります。

つい先日、アウンサンスーチーさんが1988年以来ぶりに、ミャンマーから出国して、イギリス生活時代の母校であるオックスフォードを再訪している報道を目にしました。ほんの1年半ほど前まで、ミャンマーに関わる者にとり、このような光景は想像もし難いことでした。

ビルマVJ』という、デンマーク人のドキュメンタリー監督、アンダース・オステルガルドが作った映画があります。ぜひ予告編だけでも、ウェブサイトで観ていただければと思いますが、この映画が公開されたのは2009年です。2007年の民主化蜂起も、2008年のサイクロンの惨禍も、ミャンマーの市井の人たちにとってはつい最近の出来事です。

2010年11月には民主化運動のシンボルであるアウンサンスーチーさんの3度目の自宅軟禁(自宅軟禁の期間は通算14年9か月)を解除しました。それまで彼女は「政治囚」でした。

笹川さんは昨年末にヤンゴンまで行かれ、スーチーさんと直接お話しておられますね。どのようなお話をされたのですか。

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           スーチー女史と面談する笹川氏

笹川 私はチェコのハベル前大統領と一緒に、「フォーラム2000」という国際会議をチェコで16年続けて開催してきました。政治家、学者、文化人などが集まって世界的な課題について議論をする会議です。

ご承知のようにハベルは、「ビロード革命」という無血民主革命を成功した、ヨーロッパでは劇作家としても有名な文化人でもあります。政治的な虐待を受けている人びとに対する、ハベルのシンパシーというのは大変強いんですね。スーチーさんについても、毎年、会議への招待状を出し、出席者名簿にも名前をずっと書いてきた。私が「出席しない人を出席者名簿に書くのはおかしいんじゃないですか」とお聞きすると、「いや、彼女を人々に忘れさせないために、出席者としていつも書き続けているんだ」ということをおっしゃっていました。そうしたところに、彼の強い意志を感じましたね。

ハベルは実際に、あらゆる面でスーチーさんの活動をサポートしていました。来年こそは彼女に会議に出席していただこうと、私はハベルから書簡を預かり、スーチーさんにそれを届けるためにヤンゴンに向かったんです。その書簡を渡す前日に、ハベルは亡くなってしまった。

そうした経緯があるものですから、スーチーさんの数ある友人の中でも、ハベルは心の友といいますか。彼女とお会いした時も、ハベルからの激励に対する感謝の言葉を口にされ、またアウンサン将軍のことや、少数民族問題に関してお話をされていました。少数民族の生活レベルを向上させる、あるいは少数民族との民族統一ができなかったらミャンマーの発展はないと。もちろん、このことはスーチーさんだけではなく、ミャンマーのテインセイン大統領も同じように考えています。

大野 個人的に、ミャンマーには思い入れがあります。大学院では、東南アジアの地域研究を専攻する学生でした。院生としては落第点そのもので、「研究していた」と言うのははばかれますが。少数民族と国軍部隊が衝突する前線に近い難民キャンプにも、入っていました。

今ミャンマーは、「最後のフロンティア」のように語られることが多いですね。この「フロンティア」が意味するのは、製造業の拠点として、あるいは新規投資先としてのミャンマーです。

旧首都ヤンゴンや新首都ネーピードー周辺では、長期停滞してきた経済状況が改善されることへの期待は大きい。

ですが、多民族国家としてのミャンマーが抱える課題は、一般的に思われているよりかなり深刻です。軍政時代の公称では少数民族は約130とも言われてきました。日本では信じられないような多様な言語と、人々と、それぞれの歴史があるわけです。イギリスと日本による植民地統治以前からの、土着の文脈もある。

私は少数民族についても、もう少し関心をもってもらえたらいいなと思っています。政治体制の質的変換に、必要不可欠なことであるからです。

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     テインセイン大統領(左)と談笑する笹川氏

 

人道支援とファクトファインディング

大野 日本財団のプロジェクトでは、公衆衛生の向上を支援するかたちで、日本が先んじて入っていくとのことですが、これは画期的な試みではないかと思います。支援対象地域にはアラカン(ラカイン)州が含まれていますね。

笹川 もうラカインははじまります。今ちょうど抗争中で報道がありましたが、あそこには小学校を100校作る予定です。

大野 アラカン(ラカイン)州の人たちにとって、この事業は非常に重い意味があるのではないかなと思います。アラカン(ラカイン)州というのはバングラデシュに隣接する国境地域です。

タイ側にあるシャン州やカチン州とは異なり、アクセスが難しいためアラカン(ラカイン)の紛争は一般にはこれまでほとんど認識もされてきませんでしたが、ミャンマー国内において、現在最も深刻な民族問題ではないかと思っています。

どのくらい状況が混み入っているかというと、まずミャンマー国内全体でインドやバングラデシュなどの西側から移動してきた人たちに対する反発感情があり、加えて反ムスリム感情があります。

「ラカイン」という呼び方は、かつてのラカイン王国からきており、ラカイン-中央という文脈があります。さらにアラカン(ラカイン)州の中でのラカインと非ラカインの対立軸もある。

よく、ミャンマー問題では地名の呼称が論争になりますが、この地域を「アラカン」と呼ぶか「ラカイン」と呼ぶかということひとつとっても、そこで「どちら側についているのか」という判断が生じてしまうような状況があります。

バングラデシュとの国境沿いの難民キャンプや、ロヒンジャに対する差別の問題もあります(参考記事:synodos journal「対ミャンマーODA再開と二重為替問題――チャット高とアジアの激変」)。何か事件が一つ起こると、現地から凄惨な映像や写真がどんどん流れてきます。国内の人たち同士だけでは、紛争解決には難しい面があるとずっと感じてきました。

保健衛生向上のようなかたちで外部の人間が入ることによって、同時にファクトファインディングが進むとともに、紛争問題がもたらす緊張が緩和する可能性があるかもしれません。それは、そのNGOや事業体が、長期的視野と問題意識を持っているかどうかにかかっています。

2004年12月末に、スマトラ島沖で大地震と大津波が起きました。インドネシアでは特に、スマトラ島の最西端に位置するアチェ州が甚大な被害を受けました。これ以前のアチェ州は、外国人の立ち入りをインドネシア政府が厳しく制限する紛争地域でした。しかし、被害のあまりの巨大さに、立ち入り制限が解除されて国際援助が流入してきたことで、状況は一変します。

諸外国の国際NGOがどんどん入ってきました。この援助の流入がアチェ州に与えたインパクトは大きく、結果として、それ以前は誰も予想すらしなかった自由アチェ運動(GAM)とインドネシア政府との間での、和平合意が実現しました。

先日、アラカン(ラカイン)州で事件(※註1)があり報道もされました。どのような政治的な、あるいは歴史的な文脈にせよ、その人たちの生をどう支えるかという仕事については、誰かが答えなければならない。日本のアクターが政府のオファーを受けてこの地域に入っていくということは、アラカン(ラカイン)州での民族対立にどのようなアプローチを取るのかと言う点で、否応なしに国際的に注目されます。

アラカン(ラカイン)州はバングラデシュとの国境に面しています。ミャンマーとバングラデシュの国境が確定したのは、1966年です。両国の国境沿いにナフ河という川があって、そこに難民キャンプがあります。タイ側と同じように、バングラデシュ側にも難民キャンプがあります。その多くはロヒンジャと呼ばれるムスリムです。この緊張状態をまず緩和する、という問題意識をもった外部者が入っていくことには、ロヒンジャの人たちにとって特に大きな意義があると思います。

※註1アラカン(ラカイン)州で5月28日、仏教徒の女性がムスリムの3人の男性にレイプ・殺害された事件を契機に、この地域で民族間の衝突が激化している。6月下旬段階で死者は80人以上、避難民は9万人以上と報じられている。


民主化に少数民族支援は不可欠

笹川 日本は「ミャンマーを民主化せよ」と、ずっと声をあげてきました。そう発言する以上は行動をともなわなければいけません。もちろん、ミャンマーが自国でやらなければならないことはたくさんあります。特にこれからは経済援助を各国から求めなければいけないのですから、インフラや外国からの投資を受け入れるための法律の整備など、近代国家、民主的国家に脱皮するためにやらなければならない問題が山積しています。

そうした問題はおそらく時間が経てば、徐々に解決していくでしょう。しかし辺境の地に住む少数民族は、ご承知のように、電気も何もないところにいまだに生活しているわけです。民主化されて国がよくなると思っていたけれども、我々のところには何の影響もないということでは問題です。ヤンゴンやネーピードーなどのビルマ族を中心とした地域では、工場ができて人が雇われたり、給料がもらえるようになったりと、大きな変化が出てくる一方で、少数民族が民主化の果実、平和の配当を受けるには相当時間がかかるでしょう。

少数民族を無視した、ビルマ族だけのミャンマーなのかという不満が、民主化によっていろんなかたちで顕在化する恐れがあります。民族統一するからこそミャンマーの発展があるという考え方は、今のテインセイン大統領もアウンサンスーチーさんも基本的には変わらない。しかし、そのためには、少数民族の問題、彼らがため込んでいる不満を解決していかなければなりません。

欧米も今、ミャンマーに対する援助や投資することを考えています。しかし、石油、天然ガスや石炭を掘りたい、発電所や道路を援助したい等々、華やかなことばかりに目がいっています。しかし、民主化のなかで最も注目しなければいけないのは、やはり少数民族問題に対するきちっとした政策を政府が打ち出せるかどうかということなのです。

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