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『大分断』の「カウンターシグナリング」という言葉が気になる。


昨年夏に出た本なんだけど、タイラー・コーエンの『大分断』は、現代が”The Complacent Class”で、これはサブタイトルのように「現状満足階級」という意味だ。この本では、こうした階層が米国で増加して、その結果過去に比べて「おとなしく」なっていて、実は起業も減り、移住や転職も少なくなり、暴動も減って、つまり全体として「おとなしく」なったことへの危惧が論じられている。

そしてよりダイナミックな社会として中国が比較対象になるわけだけど、じゃあ日本はどうかというと、わざわざ日本語版序文でしっかり言及している。「日本は『現状満足階級』の先駆者だ」と書かれていて、もうこれは褒め殺しかと思ってしまう。

日本の経済的快進撃は止まっても、レストランの水準は上がり、デザインも洗練されたという。アッと思ったのは「クラシック音楽愛好家のレベルの高さでも日本に勝る国はそうない」という記述だ。おそらく筆者は日本に来てコンサートを聴く機会でもあったのだろうが、これは来日演奏家が世辞ではなく言うこともある。

まあ、褒め殺し感はさらに強まるんだけど、それはそれとして、この本で気になったキーワードの1つが、「カウンターシグナリング」という言葉だ。

説明は、こんな感じ。

「アメリカの富裕層は最近、いわゆる『カウンターシグナリング』により自らの社会的地位をアピールすることが多くなった。カウンターシグナリングとは、『わざわざ社会的地位をアピールするまでもない』ことをアピールする行為のことだ。」

つまり、スーツやネクタイをしないし、ゴルフの会員権にも関心がなく、ドレスコードのあるレストランには行かない。まあ、日本や他の国でもそうだろう。世界的にも、セダンよりSUVだ。

こういう動きがマーケティングに影響することはもちろんだけど、筆者の視点がユニークなのは、この「新しいステータス誇示の方法が古いやり方に負けず劣らず抑圧的だ」と指摘していることだ。

これから上の階層を目指そうとしても、「外見で手軽にアピールする方法はなくなってしまった」わけで、つまり「カジュアル文化は既に何かを成し遂げ、明確な業績がある人の文化なのだ」と言うのだ。

「社会のカジュアル化で閉ざされる扉」という彼の言葉には違和感があるかもしれない。つまり、見栄えよりも実力勝負なんだからそれでいいじゃないか、という見方もある。

しかし、それこそが「強い人」の発想かもしれない。シグナリングの方法がなくなった世界は、人の能力や財力だけが差別化要素となる。それはたしかに「キツイ社会」のようにも感じるのだ。

この本は、「現状満足階級」の分析としては面白いけど、処方箋に関してはズバリと斬りこんでるわけではない。でも、現代の日本人にとっては全く持って「自分事」として読める一冊だと思う。

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