記事

年金制度の不備を個人に問うのは不当。自己責任論は的外れです - 「賢人論。」第107回(中編)小熊英二氏

『下流老人』が新語・流行語大賞にノミネートされたのは2015年──今から4年前のこと。〝下流老人〟とは〝生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者〟を指す。小熊氏が「地元型」「残余型」と定義する人々のイメージとも重なり合う。なぜ、本来、貧困から老後生活を守るために設計された年金システムは機能しなくなったのか?インタビュー中編では年金問題についても、小熊氏の見解を伺った。

取材・文/木村光一 撮影/公家勇人

7割以上の国民が先の見えない厳しい状況に置かれている

みんなの介護 いま、老後の蓄えが充分でない貧困高齢者が増えているといいます。年金制度の欠陥を指摘する声もありますが、どう思われますか?

小熊 日本の年金や健康保険の制度は基本的に1950年代の終わりに作られ、1960年代に入って実施されました。その際、厚生年金と国民年金の支給額に大きな〝段差〟が生じることは最初から織り込み済みでした。

年金制度の原則は賦課方式。現役世代が支払う年金保険料で成り立っています。私が「大企業型」(【前編】「大企業型」「地元型」「残余型」という日本人の3つの生き方 参照)と分類した高賃金セクターに属する人たちが加入する厚生年金は、収入が高くなるほど保険料が上がる(平成29年10月〜/報酬月額の9.150%)。さらに、それと同額を会社がプラスして収めることになっているため受給額も高くなります。

一方、低賃金セクターで働いているケースの多い「地元型」「残余型」に分類される人たちが加入する国民年金は、現役世代が支払う年金保険料が固定されている(平成30年度/月額16,340円)。つまり、厚生年金に比べて納められる年金保険料の額が少ない。したがって、受給できる額も低くなってしまうわけです。

それでも、「地元型」の典型である農林水産業や自営商店の人は、持ち家があって定年もなく、年をとっても働く。また地域や家族との相互扶助もある。だから「地元型」でいられた間は、まだ生活できていた。

ところが、時代が進むにつれて「地元型」は生活基盤を失っていった。自営業が立ち行かなくなり、非正規雇用へ流れてしまったりするケースが増えてしまった。

みんなの介護 そうなると、もう、さきほどの前提条件は成立しませんね。国民年金は満額支給でも月額6万5,008円(平成31年度)。平均はもう少し低く、夫婦2人でも10万〜12万円。借家住まいで非正規雇用の場合、これではとても暮らせない。「残余型」も同じですね。

小熊 一方、厚生年金は、夫が中堅以上の大企業に40年以上勤め、妻が専業主婦であった場合の支給額は月額22万円。つまり、最低限、老後の生活に困らないだけの年金を受け取れるのは「大企業型」だけ。

前回、説明したとおり、「大企業型」が占める割合は26%。あとの7割以上の国民は、先の見えない厳しい状況に置かれていることになります。

社会保障制度をすべて理解したうえで生き方を選択する人はいない

みんなの介護 「老後の蓄えが必要なことは常識であり、その準備をしてこなかった側にも責任はある」という自己責任論もありますが、それについてはどうお考えですか?

小熊 社会保障制度をすべて理解したうえで生き方を選択する人はおそらくいないでしょう。まして、ここ20〜30年の社会情勢の激変は誰にも予測できませんでした。その責任まで個人に問うのは不当だと思います。

そもそも、日本の年金制度が、あらかじめ一定数しか充分な恩恵を享受できないシステムになっている時点で自己責任論は的外れ。地方から都市部に単身で出稼ぎに来て日雇い労働などをしながら高齢を迎えれば、働くこともできず年金も少ないから、生活保護を受けるしかなくなってしまう。そういうケースも、本人の責任というより制度的な問題と言わざるを得ない。

今はまだ、窓口申請の際、役所が親戚を探し出すなどして彼らを地域や家族の側へ押し戻してきたため生活保護受給者の数はある程度抑えられているのですが、もはや、そのやり方も行き詰まっています。

みんなの介護 どこにも帰る場所のない人が増えているということでしょうか。行政も対応しきれていないんですね。

日本では地域社会の力にあぐらをかき、安上がりな福祉施策を行ってきた

小熊 「地元型」の崩壊は別の問題も引き起こしています。そもそも、地方における福祉は、従来、行政職員ではなく自治会長や民生委員といった「地元型」の人たちのボランティアによって成立していました。

日本は近代化が遅かった分、先進国に比べてソーシャルキャピタル(地域のつながりや人間関係)が豊かだった。したがって、どこの地域の誰の家が貧困であるか、寝たきりの家族はいるかなどの情報も地域のネットワークを使えば吸い上げることができた。

ところが、自治会長や民生委員を担ってきた人たちが高齢化したり、彼らの供給源だった自営業者が非正規雇用に移ってしまったりしたため、地域の福祉が機能しなくなってきているんです。

みんなの介護 知りませんでした。それに公務員の数は足りている、むしろ、多すぎると思っていました。

小熊 2000年代に公務員を減らせというブームがありましたが、そのとき削減されたのは中央のキャリア官僚ではなく現場の公務員。官庁が「これだけ公務員を減らしました」と発表した数は、そういう意味では名目だったんです。

みんなの介護 日本の公務員の数は国際的に見ても不足しているのでしょうか?

小熊 人口1,000人に対し、日本はフランスの3分の1、アメリカの2分の1といわれています。

ただ、国や地方自治体から何らかの形で委嘱を受けているボランティア、たとえば自治会長や民生委員や消防隊員などを全部加えると、その数は欧米先進国並みに近くなる。

これらの事実からもわかるように、日本では地域社会の力にあぐらをかいて行政職員を増やさず、安上がりに福祉施策を行ってきた。これも〝日本社会のしくみ〟のひとつだったと言えます。

貧困や介護の問題は、地域や家庭内の互助頼みでは解決できないところまできている

みんなの介護 お話を伺って、さきほどの自己責任論がいかに不当であるかがよくわかりました。しかし、だとすれば、もともと社会福祉制度の予算はまったく不足していたということになりますね。

小熊 おっしゃるとおりです。安上がりな福祉を維持できなくなった以上、年金や貧困や介護の問題に対処するためには増税を行ってケアワーカーや福祉職員を増やし、低年金の人を何らかの形で扶助するしかありません。年金の受給金額をならして、高額な年金受給者への支給額を下げることもありえるでしょう。

みんなの介護 ほかに即効性のある手段はないのでしょうか?特に人手不足が深刻な介護業界では、団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年までに40万人以上の人材を確保しなければならないという試算が出されていますが。

小熊 これは、ひとつの思考実験として聞いてください。仮に介護報酬を現在の2倍に引き上げたとします。すると、産業のない地方での介護事業をメインにした地域興しが可能になる。施設を建てる用地買収のコストを抑えつつ、「地元型」「残余型」両方の雇用の確保と介護難民の受け皿づくりが一挙に行ってしまえる。

実際、これはスウェーデンで1990年代に実施された政策に近い。それで女性の雇用が増え、平均賃金も下支えされた。ただし、どの税目を上げるかはいろいろ意見があるでしょうが、一定の増税を行って介護報酬の財源を確保することが前提になります。

いずれにせよ、もはや貧困や介護の問題は、これまでのような地域や企業や家庭内の互助頼みでは解決できないところまできている。それだけはたしかです。

あわせて読みたい

「年金」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    韓国語だけ水有料表記 会社謝罪

    BLOGOS しらべる部

  2. 2

    病床使用100%超も「4月と違う」

    中村ゆきつぐ

  3. 3

    枝野氏詭弁は安倍首相と変わらず

    田中龍作

  4. 4

    「土下座像」に韓国政府も不快感

    NEWSポストセブン

  5. 5

    インバウンド復活は2~3年必要か

    Chikirin

  6. 6

    ひろゆき氏 radikoの戦略に疑問

    ABEMA TIMES

  7. 7

    支離滅裂な安倍政権に高まる不信

    NEWSポストセブン

  8. 8

    2週間後危機の予想 なぜ外れるか

    永江一石

  9. 9

    PCRを巡る対立 政治思想と親和性

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  10. 10

    吉村知事 お盆自粛ならGoTo中止

    ABEMA TIMES

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。