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雇用格差は「日本社会のしくみ」によってつくられた - 「賢人論。」第106回(前編)小熊英二氏

『社会を変えるには』『生きて帰ってきた男』などの著作や朝日新聞『論壇時評』でも知られる慶応大学教授・小熊英二氏。膨大なデータを通し、人々が紡いできた歴史と現代社会の関係性を歴史社会学者の立場で解き明かしてきた。そして、今回のテーマは「日本社会の〝しくみ〟」。かつて、誰もが豊かさと平等を謳歌していた日本が、なぜ〝格差〟や〝貧困〟に蝕まれてしまったのか、格差社会ニッポンの核心を語ってもらった。

取材・文/木村光一 撮影/公家勇人

「美化された高度経済成長期」と現在を比較してもまったく意味がない

みんなの介護 高度経済成長の1960年代から1970年代、ほとんどの日本人が自分の生活レベルを〝中流〟であると考えていました。内閣府『国民生活に関する世論調査』によれば1970年以降、国民の約9割が「中」と回答。多くの人が不公平感を感じずに暮らせていた。小熊さんは当時を知る世代(1962年生)の1人として、高度経済成長から現在までをどのように振り返りますか?

小熊 まず、近年語られている〝あの時代〟に対するイメージはかなり間違いであると言わせてください。食べ物には添加物、空気や水は汚染され、街はゴミだらけで交通事故も多い。環境は劣悪そのものでした。

それでも不満が少なかったのは、この時期、戦前までごく一部の高学歴エリートだけの特権だった〝終身雇用〟〝年功賃金〟が広く一般化し、さらに、人手不足のために中小零細企業もこぞって初任給の額を引き上げ、一時的に賃金格差が縮んだように見えていたからで、国全体が「もっと上に行ける」と高揚していたんです。

ただ、その高揚感だけを懐かしんで「あの時代は今より夢があってずっとよかった」としてしまうのは記憶の書き換えでしかない。美化された思い出と現状を比較したところで、まったく意味はありません。

みんなの介護 「古きよき昭和」は幻想に過ぎないと?

小熊 例えば介護ひとつを取り上げてみても、1960年代、1970年代に行われていた方法とは比べ物になりません。

当時の家族介護では寝たきりになってしまうと褥瘡(じゅくそう)ができて数ヵ月で亡くなってしまうケースも少なくなかった。高齢者施設も「生活施設とはいえない」収容施設も多かった。それが、高度経済成長期のクオリティ・オブ・ライフの実態です。

今の状況もベストとは言えないにしても良くなっている。それは間違いないと思います。

先進国の中で日本の非正規雇用率の高さは群を抜いている

みんなの介護 ただ、それでも「今日よりも明日はもっと豊かになれる」と希望を持てていた時代は、それだけで幸福を実感できたのではないでしょうか。

今年8月、OECD(経済協力開発機構)から発表された「時間あたりの日本人の賃金が過去21年間で8%減少し、先進諸国の中で唯一マイナスになっている」という統計結果を見ると、いまどき、自分は幸福だと言える日本人は一握りだと思わざるを得ません。

小熊 幸福の定義は人それぞれの哲学にかかわる問題なので議論は避けましょう。

先進国で日本の賃金だけが上がらないという問題については、まだ、経済学者の間でも誰も納得できる解答を出せていません。ただ、私の見方を言わせてもらうなら、それは最近になって生じた問題ではなく、戦後に形づくられた日本の〝かたち〟──社会構造の変化に原因があると考えています。

みんなの介護 たしかに、世界的に見て日本だけに起きている現象である以上、他国にはない特別な理由があると考えれば腑に落ちますね。

小熊 まず言えるのは、賃金の安い非正規雇用(パート・アルバイト)の比率が高く、全体の賃金水準が押し下げられている。労働市場には、教育や経験が評価されて高賃金を得られる「1次労働市場」と、それらが評価されず低賃金しか得られない「2次労働市場」がある。どこの国もこの2つはあるのだけれど、日本は他の先進国に比べ、2次労働市場の比率が大きい。

また他の先進国では、2次労働市場は、女性、エスニック・マイノリティ(少数民族)、移民などが担うことが多かった。ところが日本は、最近まで移民を必要としない社会になっていた。

つまり、低賃金セクターに労働力がいくらでも供給される〝しくみ〟が国内にあった。ある意味、高度経済成長もそれによって支えられていたんです。

「大企業型」「地元型」「残余型」という日本人の3つの生き方

小熊 『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』という自著の中で、私は「日本人の3つの人生の類型」を提示しました。

1つめは大学を出て大企業や官庁に雇われ、〝正社員〟〝終身雇用〟の人生をすごす人たちとその家族。これが「大企業型」。

2つめが地元の中学や高校に行ったあと、農業、自営業、地方公務員、建設業、地場産業などで働き、地域や家族間の相互扶助のなかで生活している「地元型」。

3つめが、長期雇用とは無縁で地域社会につながりもない「残余型」。都市部の非正規労働者がその一例です。

断っておきますが、〝残余〟という言い方にマイナスの意味はありません。いわゆる「カイシャ(職域)」「ムラ(地域)」に帰属しない人たちの生き方であると、そう理解してください。

高度経済成長の頃、低賃金の「2次労働市場」を支えていたのは、主に「地元型」から一時的に働きに出ていた人たちでした。例をあげるなら、農家では冬の間は仕事がないため〝臨時工〟あるいは〝季節工〟として都市へ出稼ぎに出るなどしていました。70年代以降は、「大企業型」から一時的に働きに出る人、つまり主婦パートや学生アルバイトが増えました。

出典:総務省『労働力調査』より作成(単位:万人)

着目すべきは、1970年代まで政府統計に〝正規〟〝非正規〟という言葉はなく、〝仕事を主とする者〟〝仕事を従とする者〟という言い方がされていたこと。簡単に言ってしまうと、短期の労働者は本業ではない〝従の仕事〟をしているのだから、労働規定も人権規定もいい加減でいい、賃金も低くて当然だと位置付けられていたといえます。

低賃金化に歯止めがかからない本当の理由

小熊 それでも「地元型」の人たちの多くは持ち家があり、農家なら野菜や米の自給が可能で、隣近所からのお裾分けもあった。同居する家族の誰かが公務員や地場産業に勤めるなどしていれば〝世帯総収入〟を上げられため、本業の収入が低くても生活できたんです。

しかし、裏を返せば「地元型」は、この家族や地域の相互扶助の存在を理由に賃金を低く抑えられてきた。専業主婦のパートタイムの時給が安かったのも同じ理屈によります。

結局、昨今の非正規労働者の問題も元を辿ればそこへ行き着く。人権が軽んじられている状況は根本的に変わっていないんです。

みんなの介護 現在、「大企業型」「地元型」「残余型」の構成はどういう比率になっているのでしょう?

小熊 これはあくまで推計ですが、政府の統計(2015年の『国勢調査』および国土交通省『国民意識調査』、2017年の『就業構造基本調査』等)から算出すると、おそらく「大企業型」が26%、「地元型」が36%、残りの約4割が「残余型」であると考えられます。

興味深いのは、一般に言われているほど「大企業型」は減っていないこと。『就業構造基本調査』で「正規」「非正規」の枠で統計をとり始めた80年代から、ほぼ26〜27%で推移していて正社員の数も減っていません。

みんなの介護 意外です。正社員が減ったせいで非正規雇用が増えたわけではないのですか?

小熊 はい。実際には自営業とその家族労働者が減って、非正規雇用が増えた。兼業によってどうにか生活を成り立たせていた「地元型」の農林・非農林の自営業者が、産業構造の変化や長引く不況もあって本業を失い「残余型」へ移行したと考えられます。

結果、2次労働市場が膨張し、ますます賃金の低下に歯止めが効かなくなった。これが私の考える日本の低賃金化が止まらない理由です。

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