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こんな「リベラル」が日本にいてくれたらいいのに - 大賀祐樹 / 思想史

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日本にリベラルは存在するのか?

「自民党には入れたくないけど、かといって他に入れたい政党は無いなぁ……」

選挙で投票する時、こんな風に感じたことのある人もいるのではないだろうか。自民党の一強状態が続いているとしても、無党派層の数は多い。二〇一九年七月のNHKの世論調査では、自民党の支持率34.9%に対して、「支持なし」の回答は38.3%と上回っている。一方、野党で一番支持を集めた立憲民主党でも5.8%に留まる。安倍内閣を「支持しない」という回答が31%であるのに対して、与党の公明党を除いた野党の支持率の合計は保守寄りとされる日本維新の会を入れても14.1%に過ぎない。

このことから考えられるのは、自民党や安倍内閣を支持する人が多く存在している一方で、自民党や安倍内閣を支持したくないと考えている人も少なからず存在していること、それにも関わらず、自民党や安倍内閣以外に積極的に支持したいと思える政党があると感じる人がかなり少ないということ、つまり「自民党や安倍内閣を支持したくない人の多くが積極的に支持したいと思える政党」が存在していないということである。

二十世紀と違い、現在、世界の国々の多くでは、政治的対立軸を「右派」と「左派」で単純に区別できなくなってきている。移民や経済的格差に対する対応から、左右それぞれに「ポピュリズム」が生じると同時に、「リバタリアニズム」という、左右どちらにも固定できない勢力の存在感も大きくなってきているからだ。だがそれでも、大きく分ければ右の「保守派」、左の「リベラル」と区別する見方は、現代でも完全に無効化されたわけではない。

日本に保守派は存在するとしても、リベラルは存在するのだろうか。近年では、日本でも左派をリベラルと呼称する機会が増えている。しかし、呼び方が変わっても、実態は戦後から続く左派とさほど大きく変わらず「共産主義、社会主義を標榜するほどではない左寄りの人たち」のことを、なんとなく漠然とリベラルと呼んでいるだけではないだろうか。たしかに、その用法は、辞書的な意味でも政治学の教科書的な意味でも誤りとはいえないが、あまりに漠然としたイメージに基づいている。

だが、よくよく考えてみると、そもそもリベラルとはどのような意味なのか、なぜリベラルという言葉が現在のような意味を持つようになったのか、正確に答えられる人はほとんどいないのではないだろうか。そこで、本稿ではこの点について考察すると同時に、次の問題について提起をしたい。

冒頭に述べたように、現在の日本では、保守政党、保守政権を支持しない、リベラルな傾向を持った人たちが支持したいと思える政党が存在していないという問題がある。必ずしも「政党」である必要はないのかもしれないが、いずれにしても、どのような「リベラル」ならば、リベラルな傾向を持つ人たちからの積極的な支持を集められるのだろうか。少なからぬ人が心の奥で感じているであろう「こんなリベラルが日本にいてくれたらいいのになぁ」という点について、考えていきたい。本稿では、以下、四つの提起を行う。

(1)現代の日本に影響力を備えたリベラルは存在していないし、いまだかつて存在したことはほとんどなかった。既存の左派勢力と可能な限り連帯しつつ、日本の歴史、文化、文脈を踏まえた、まったく新しいリベラルを創造しなければならない。

(2)リベラルは国家と緊密に結びつくものであり、国家なしでは存立し得ない。むしろ、リベラルこそ、リベラルなりの「国家観」を提示して、国家を尊重する「愛国」のあり方を提示する必要がある。

(3)独善的な「正義」に陥ることなく、自らの「正しさ」に対してつねに懐疑を向けながら、異なる立場、価値観、主張に対して「寛容」でなければならない。

(4)大きな理念に基づくのではなく、現実の問題に対応したプラグマティックな解決策を、その都度提示していかなければならない。

そもそも「リベラル」はなぜ「リベラル」と呼ばれるのか?

リベラルとは、その名が示すとおり「リベラリズム」の一種である。個人の価値観、生き方の自由を尊重しつつ、経済的には行き過ぎた自由競争を抑制するために政府の市場介入を認め、累進課税の強化や大きな政府による福祉政策、積極的是正措置の実施などによって格差是正を目指す立場とするのが、リベラルという用語に対する一般的な理解である。一九三〇年代アメリカにおいて、F.D.ローズヴェルト大統領が主導した「ニュー・ディール」の時期から、このような意味で使われるようになったとされている。

だが、経済的な面において自由競争を抑制する立場が、なぜ「リベラル」なのだろうか。よく考えてみればおかしな話である。そんな不完全な自由主義であるリベラルへの反発から、個人の価値観の面でも、経済的な面でも自由を尊重する立場を主張したのが「リバタリアニズム」だ。リベラリズムとは本来、絶対王政に対して個人の権利を擁護したジョン・ロックや、市場における個人の自由で利己的な行動が最適な状態を導くとしたアダム・スミスのように、個人の価値・権利と、経済活動の両面において自由を尊重するものだったのだから、リバタリアニズムのほうが、よりリベラリズムの本質を実現したものだといえる。

古典的リベラリズムからリベラルへの変化が生じたのはいつなのだろうか。その変化は、一般的に言われているニュー・ディールの時期よりも、もっと古いと考えられる。自由放任の社会における競争による淘汰が社会の進化を導くと主張した十九世紀イギリスの思想家、ハーバート・スペンサーは、一八八四年に書いた『人間対国家』という著書において、「いわゆるリベラリズム」と呼ばれているものが過去のリベラリズムとは似ても似つかないものだと主張している。

十九世紀末から二十世紀初頭にかけて、イギリスではT.H.グリーン等「イギリス理想主義」の思想から影響を受けた、国家による介入や福祉国家的政策を掲げた「ニュー・リベラリズム」が、L.T.ホブハウスやJ.A.ホブソンによって提唱されるようになった。穏健な改良主義運動を行う「フェビアン協会」が結成されたのもこの頃である。

ホブハウスは一九一一年の著書『自由主義』において、次のように述べている。歴史的に見て、リベラリズムの攻撃対象は専制政府であり、法律に従った自由の権利を確保することが目標として掲げられてきた。専制的な君主制の時代には、自由の権利を持つのは君主ただ一人のみであり、臣民のすべては隷属状態にあったが、臣民は君主に対して権利の請願を行い、自由の権利を獲得してきたのである。

かつて、専制政府に対してなされてきた自由の請願の多くが実現され、個人の様々な権利、財産所有の自由、経済活動の自由、政治活動の自由、良心の自由など、市民的自由が確保されたことで、以前に比べれば自由な社会が実現された。しかし、自由な社会においても、雇用主と対等な立場に立てず、隷属的な状態に置かれやすい貧しい労働者や、子供たち、女性たちの自由はまだ確保されていなかった。そういった人々の自由と権利を確保するためにも、国家が立法によって介入して新たな抑制を作り出す必要がある。

つまり、リベラリズムはより多くの自由を実現することを目指す思想であるが、自由放任の社会においては、資本家や雇用者の自由が実現されても、労働者や子供、女性たちの自由は抑圧されたままであるから、自由のさらなる拡大のために、市場に対して国家が適切な介入を行うべしと考えるがゆえに、リベラリズムが従来の自由放任からその抑制へと方針転換することとなったのだ。

個人の自由から協働的な自由への転換

同時期のアメリカでは、イギリスやヨーロッパ諸国と違い、マルクス主義や社会主義が普及することはなかった。だが、中西部農民を主体とした「ポピュリズム運動」や、都市中産層を中心とした「革新主義運動」のような、自由放任経済が生み出す弊害に対して団結し、改革のために立ち向かう運動が存在していた。革新主義時代の大統領ウッドロー・ウィルソンは「ニュー・フリーダム」というスローガンを掲げ、反トラスト法による独占企業への規制強化や労働者保護の立法などによって、自由放任から管理された集産的な体制への転換を目指したが、文字通り自由に新しい意味を付け加えるものとなった。

アメリカ独自の哲学である「プラグマティズム」が生まれ、普及したのもこの時期である。プラグマティズムは、アプリオリな理論体系や普遍法則に基づくのではなく、現実に直面する問題に対して仮説を立て、実験を行い、得られた実験結果に基づいて仮説を修正し、さらなる実験を繰り返すことで真理を探っていく哲学である。

革新主義やニュー・ディールは、あらかじめ準備されたイデオロギーや理論に基づいて行動するのではなく、すでに現実に生じている独占や不況といった社会問題に対して解決のための仮説を立て、解決法を実験的に実践し、上手くいかなければ修正するといったプロセスを繰り返す運動でもあった。このプロセスはまさに、プラグマティズムにおける探究のプロセスそのものである。

プラグマティズムの哲学者ジョン・デューイは、自由放任を批判していた。生物には経験に基づいて自己を改良していく知性があるが、人間はとりわけ創造的な知性を持っており、社会的知性の能力を高く備えている。それゆえ、社会的な集団を組織することで環境に対して積極的に働きかけ、知性によって社会を能動的に進化させられるのである。

二十世紀初頭は、都市化によってかつての共同体が解体され、バラバラの個人の寄せ集めからなる大社会が生まれた時代であった。大社会においてバラバラの個人となっている人々は、大社会が生み出す巨大な社会問題の影響を被っていることになかなか気づけずにいる。それゆえ、ジャーナリストが問題を発見してマスメディアを通じて人々に伝え、問題解決のために集団を組織して働きかけたり、政府が積極的に社会に介入したりする必要がある。一九三五年の著書『自由主義と社会的行動』等において、デューイはアメリカのリベラリズムが向うべき道を、旧来の自由放任の個人主義的なものから、自由放任の規制へ、集団的で協働的なものへ転換させるべきだとする論陣を張った。

このように、自由放任の古典的リベラリズムから現代的なリベラルへの転換は、自由放任経済が生み出す弊害、問題への対処とその改善のための現実的な対策として、実践的な運動を伴い、英米を中心として環大西洋的な規模でなされていったのである。ちなみに、ニュー・ディール期のリベラルはケインズ主義に基づいた政策を実践したといわれることがあるが、ケインズの主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』が刊行されたのは、ニュー・ディール政策の開始より後の一九三六年であり、ニュー・ディーラーの中にケインジアンが含まれていたのは確かだとしても、的確な表現ではないといえるだろう。

戦前の日本では、自由とはまず、天皇制や軍部に対する個人の自由として捉えられるものだった。戦後日本でも、日本共産党の獄中非転向神話への崇敬と東西冷戦体制の下、マルクス主義の影響が強まる一方、戦前への「悔恨」から、知識人たちはこぞって自由主義と民主主義を擁護したが、その議論はおおむね政治的な自由の領域に限られていた。

というのも、戦後日本において経済が深刻な社会問題となったのは、終戦直後の食糧難やインフレの時期くらいで、その頃には「米よこせデモ」や「食糧メーデー」、中止になった「二・一ゼネスト」など、経済を問題とした大規模な運動が生じたが、朝鮮戦争特需以降の日本経済は基本的に右肩上がりで高度成長を続け、一般市民もその成長の恩恵を享受できたため、経済が深刻な問題とされることはなくなったからである。

自由放任経済から生み出される問題に立ち向かった欧米のリベラルと違い、日本の左派は経済問題に正面から取り組まなければならないほどの切迫した事情に置かれなかったため、講話問題や基地、安保、憲法といった、政治問題だけに取り組むこととなったのであろう。反面で、吉田茂首相以後、自民党の「保守本流」が「軽武装・経済重視」を掲げ、雇用や将来の年金問題などで不安を抱える現代の若者たちから見ればうらやましく感じられるほど安定した経済と福祉国家的社会体制を築いていったのだから、欧米型リベラルの存在はますます必要とされなくなっていった。

だが、バブル崩壊以後、経済の低迷が長引く中、労働者の収入はなかなか上がらず、将来への不安は増すばかりで、社会の安定性も崩壊した。今、私たちはまさに、自由経済が生み出した問題に直面しており、その問題をいかに解決していくのかを考えていかなければならない局面に置かれている。だからこそ、これまで日本には存在していなかった、経済の問題に協働的な自由という観点から向き合うリベラルが必要とされているのだ。

「古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう 古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」という歌詞がある。私たちは今、「古い水夫」ではなく「新しい水夫」を必要としている。欧米では、リベラルはもはや古いものとされているが、日本ではそもそも存在していないのだから、リベラルはこれから生み出される新しいものとなるだろう。

問題解決のための政策を実現するためには過半数を占める必要があり、そのためにも既存の左派は連携しなければならないが、左派が「リベラル」となるためには、看板を付け替えるだけではなく、既存のイメージを脱却した、まったく新しい創造が求められる。もちろん、それはアメリカやイギリスのリベラルをそのまま模倣したものである必要はない。それぞれの国、社会には、固有の文化、慣習、価値観があり、歴史的に積み重ねられた伝統がある。日本の文化、慣習、価値観、伝統に馴染むかたちのリベラルのあり方を、これから模索していかなければならない。

リベラルの「愛国」

政治的な「右」と「左」という分け方がされるようになったのは、フランス革命の頃の議会における座席の位置取りに由来しているといわれている。ヘーゲルは、人間の自由が実現された社会の到来が歴史の進歩のゴールだとしたが、国家や国民の歴史に対する意識が高まった十八世紀末から十九世紀にかけて、リベラリズムは歴史の時計の針を先へ進める左派の原動力となっていた。

旧来の封建体制、絶対王政による統治を打倒して形成された新しい社会体制は、自由な市民たちによる「国民国家」の体制である。外国と結託する王家や王党派と対抗する左派は、国家を私物化する国王や外国の干渉と戦うために、ナショナリズムに燃えていた。絶対王政に代わって設立された、自由な市民たちによる中央集権政府は、一元的な国語教育や歴史教育を通して「国民」を創設していった。もちろん、同時期に普及した新聞等のメディアが、国民による国家を形成させる大きな要因ともなった。リベラリズムを原動力とした左派は当初、国家主義的でもあったのだ。

近代から現代にかけて、古典的リベラリズムからリベラルへの変遷が生じたが、リベラルが国家を必要とする点に変わりはない。なぜなら、リベラルが目指す政策の多くは、国家の政策としてなされるものだからだ。福祉政策や格差是正のための政策は、国民全体に高い負担を求めるものである。そのため、国民は見知らぬ他者に対しても、同じ国家の仲間として、大きな共同体を構成する同志として、見なし合う必要があるだろう。国民同士で相互に助け合うために高い負担に応じる意識とは、国家への帰属心や愛着、すなわち一種の「愛国」のことである。しかし、リベラルな愛国は、保守の愛国とはまったく異なるものになるはずだ。

日本では、愛国とは天皇を中心とした国家体制に対するものとされる場合が多い。だが、日本国憲法において国民の象徴とされているとしても、天皇は国家そのものではない。現代において、国家は国民によって形成されると考えられている。だから、現代の国家は、老若男女、相容れない様々な価値観を抱いた多様な人々が国民というメンバーとなって形成し、相互に助け合い、支え合っていく、協働のための一つの大きな共同体としてイメージできるのではないだろうか。

先般の改元の際の風潮を見るに、現代でも日本国民の多くは天皇に対して絶大な愛着を抱いており、多様な人々が一つの国民として統合されるための象徴としての役割は十分果たされているといえるだろう。ほとんどが会ったこともないような人々が、一つの共同体を形成し、同胞として助け合うためには、共有される象徴、価値、物語が必要とされる。だから、リベラルな愛国が天皇への親しみや敬意を含んでいたとしても矛盾はない。

だがそれは、日本の国体への全人格的な従属を示すものではなく、助け合う仲間への愛着を象徴化したものとなる。そしてもちろん、天皇の存在を意識しない、国民や大きな共同体としての国家そのものへの愛着としての愛国というかたちもあり得る。あるいは、現代では大幅に制限されている皇族の人たちの権利の保障、拡大を訴えるのも、すべての人間の平等な権利を謳うリベラルならではの主張となるだろう。いずれにせよ、リベラルのほうこそ、リベラルなりの国家観と、愛国を提示しなければならない。

左派は中国や北朝鮮と思想的に通じていて、反国家的であるとする偏見が、現代でも根強く残っている。だが、本来の左派は、反国家的なものではない。アメリカの哲学者リチャード・ローティは、右派と左派を次のように定義している。

「右派」とは国家が基本的に良い状態にあるために何かを変更する必要はなく、過去のほうがもっと良かったかもしれないと考える者のことであり、「左派」とは「私たちの国」が未だ完成されていないと考える者のことである。いずれの立場に立つにせよ、共に「私たちの国」をより良いものにしていくためには実際に行動を起こさなければならない。

つまり、右と左の違いは、国家の現状をどのようにとらえるか、どのようにすべきと考えるかの違いでしかなく、前提として「共に国家をより良くしたい」という同じ想いを共有しているはずである。

終戦まもない一九五〇年に刊行された『愛国心』という著書において、清水幾太郎は次のように述べている。戦前の日本では、近代ヨーロッパのように国王と国家の分離によって国民に愛情が向けられることがなく、天皇のために一身を犠牲にすることが愛国者の鑑とされた。だが、民主主義における愛国心は、合理化され、「寛容」の精神に基づかなければならない。民主主義においては、それぞれの人が合理的であることを前提とした上で、対立し合う人びとが、自由な討論を経て、合意に導かれていくとされる。

この際、討論相手の合理的能力への信頼、相手の経験の深さへの想像、自らの推理に誤りがあり経験が狭いものであるかもしれないとする謙遜の態度が必要とされる。また、究極的なゴールであるかのように見える固定的な価値体系も、不変の真理ではなく、無智や偏見が含まれている可能性があり、研究や討論によって無智や偏見が見出された時には、価値体系を改訂してより多くの人に認められるようなものにしていく。民主主義はそのような精神によって成り立っている。このように主張したうえで、清水は次のように述べる。

「国王への愛情及び奉仕から、民衆への愛情及び奉仕への転化は、同時にドグマから経験への変化を伴うものである。もっぱらドグマを固執して具体的経験を軽視し、自ら非寛容の態度をとって、反対者を国賊扱いしながら、しかも民衆のために尽くすと呼号するものは何時の世にもあるが、かくの如きは到底近代における愛国者たるの資格を持つものではない。近代の愛国者は、愛国心を独占せぬことを以て重要な資格とする。自分だけを愛国心の持主と考え、意見を異にするものを国賊或は非国民と考え始めるや否や、彼は忽ち未開社会のメンバーになる。」
(清水幾太郎『愛国心』ちくま学芸文庫、一一二頁)

清水は、丸山眞男らと共に、いわゆる「進歩的知識人」の一人として知られていたが、「六〇年安保」の頃までの左派は、平和国家としての新しい日本に対するナショナリズムを確立しようとしていたのではないだろうか。その点からすると、戦後の進歩派は、政治的な面から見れば少なからず「リベラル」だったといえる。

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