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オウム事件から「何も学ばなかった」日本の学者たち―宗教学者・大田俊寛氏インタビュー

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当時の日本の宗教学や社会学の潮流には、オウム的精神と親和性があった

―そうした大田さんの主張がある一方で、今までの宗教学者は、オウム真理教事件をどのように捉えてきたのでしょうか?

大田氏:詳しくは『オウム真理教の精神史』の序章を参照してほしいのですが、私がそこで学問的な先行研究として批判的に論評したのは、中沢新一氏、島田裕巳氏、島薗進氏という三人の宗教学者と、宮台真司氏、大澤真幸氏という二人の社会学者のオウム論です。

読者によってそれぞれ受け止め方が異なると思うのですが、私個人の印象としては、これらのオウム論はまったく腑に落ちないものでした。今から考えれば、どれも「オウムは自分には関係ない」という、どこかよそよそしい態度でオウムについて論じています。あえて精神分析の用語を使えば、核心的な部分に触れないようにして巧みに自己防衛するという意味で、そこには何らかの「防衛機制」が働いていたのではないでしょうか。

まず宗教学者について言えば、中沢氏、島田氏、島薗氏の学問上の「師」に当たるのは、東京大学教授であった柳川啓一という人物です。柳川氏の宗教論がどのようなものであったかについては、島田氏の1993年の著作『イニシエーションとしての宗教学』(増補版が『私の宗教入門』というタイトルで再刊)に詳しいのですが、そこでは、宗教の現場に飛び込んで「聖なるもの」を自ら体験すること、また、そうした体験によって子どもから大人へと脱皮するという「イニシエーション(通過儀礼)」の重要性が強調されていました。師から受けたこうした教えに基づき、「聖なるもの」を自ら体験するため、島田氏はヤマギシ会というコミューン運動に参画し、中沢氏はネパールでのチベット密教の修行に身を投じていったのです。

ネパールから帰国した後、中沢氏は、1981年にオウムの教義の重要なネタ本にもなった『虹の階梯』を発表し、続いて1983年に公刊された『チベットのモーツァルト』がベストセラーになったことで、浅田彰氏と並んで、「ニューアカデミズム」の旗手の一人となりました。若い人たちにはピンと来ないかもしれませんが、80年代半ばから90年代初頭にかけて、彼はアカデミズムの内外に広範な影響力を持っていたのです。当時の中沢氏がチベット密教の修行についてどのように語っていたのかがよく分かる映像資料として、1983年に制作された『眺め斜め』というドキュメンタリー作品があります。これを見ていただければ、このようなスタンスで宗教について語る「研究者」をそのまま受け入れてしまった、当時のアカデミズムの特殊な雰囲気を感じ取ることができると思います(現在ではネット上に動画がアップされていますので、探してみて下さい)。

よく知られているように、オウムにおいては、弟子が師(グル)に帰依することによって授けられる「イニシエーション」が重視されていました。そして、ちょうどそれと並行する形で、東大の宗教学においても、イニシエーションを重視する宗教論が唱えられていた。イニシエーションというのは、ニューエイジ思想のなかで頻繁に使われていた言葉ですので、麻原彰晃が東大宗教学から直接的に影響を受けたかどうかは分かりません。しかし、中沢・島田の両氏が不用意にオウムを礼賛してしまった理由は、2人が師と仰ぐ柳川氏が説いていたイニシエーション論と同じような論理がオウムでも説かれていたということが、大きな要因だったのではないでしょうか。

―当時の日本の宗教学の潮流と、オウムの教えに親和性があったということですね?

大田氏:ええ。そしてこのような傾向は、宗教学だけが持っていたものではありませんでした。私はあくまで宗教学の研究者ですので、社会学の内情を詳しく知っているわけではないのですが、当時の社会学もまた、オウムに対する精神的な親和性を有していたのではないかと思います。

先日逮捕された高橋克也容疑者は、オウムの刊行物の他、中沢新一氏の『三万年の死の教え―チベット『死者の書』の世界』(1993)や、カルロス・カスタネダの『呪術の体験──分離したリアリティ』(1971)を所有していたということが報道されました。カスタネダとは、アメリカのUCLAで学んだ人類学者とされる人物であり、彼はドン・ファンという名前のヤキ・インディアンの呪術師を研究の対象としました。当初カスタネダは、人類学のデータを採取するためにドン・ファンを観察していたのですが、次第にその世界観にのめり込み、「知覚の変容」を自ら体験して、弟子としてドン・ファンに帰依するようになっていきます。『三万年の死の教え』や『呪術の体験』といった書物は、ともに弟子が師に帰依することによって、現世とは異なる別次元の世界を体験する、という内容なのですね。

カスタネダの書物は、60年代後半から70年代にかけて、ニューエイジ思想の教典の一つとして世界的なベストセラーになったのですが、それを日本に紹介する役割を担ったのが、東京大学社会学の教授であった見田宗介氏でした。見田氏は、宮台真司氏や大澤真幸氏の学問上の師に当たる人物です。

見田氏は1977年に、「真木悠介」という筆名で『気流の鳴る音―交響するコミューン』という著作を公刊したのですが、このなかではカスタネダの理論や世界観が、大きな紙幅を割いて肯定的に参照されています。その内容は、カスタネダのような仕方で「知覚の変容」を経験した者たちが、近代社会を離れてコミューンを結成するといった、きわめてナイーブな「ニューエイジ革命」礼賛だったのです。オウム真理教もまた、「ロータスヴィレッジ」という名前の理想的コミューンを築き上げるという構想を打ち出していましたが、見田氏の提唱していたコミューン論が、オウム的精神と根深く通底していたということは、否定することができないと思います。

―日本における宗教学や社会学の歴史を紐解いていくと、当時のアカデミズムが、オウムを肯定的に捉えてしまう構造があったということでしょうか。

大田氏:「肯定的に捉えてしまう」という以上に、日本のアカデミズム内の一つの潮流が、実はオウムの「生みの親」の一人であった、あるいは少なくとも、「オウム予備軍」となるような若者を大量に生み出してしまった、ということなのだと思います。

先ほど名前を挙げた五人の研究者たちのオウム論に対し、私は「腑に落ちない」と言いましたが、その理由は何より、これらの方々の師に当たる人物がそもそも、オウムに通底するような思想や精神性を提唱していたのではないか、そしてこれらの研究者たちは、オウムのグルイズムにも似た「師への帰依」という形態で、その精神性を継承してしまっているのではないかという思いがあるからです。オウム事件を学問的に総括しようという場合、このような自らの立ち位置への根本的な反省が伴っていない限り、その論は十分なものとはなり得ないだろうというのが、私の考えです。

―思想的な潮流から見れば、根っこが同じところにあるということですね。

大田氏:80年代前後のアカデミズムにおいては、対象を客観的に把握するための理論を練り上げるというよりは、対象に向けて主体的にコミットしていくことを推奨するような、積極的な実践論や革命論が幅を利かせていました。ただ単に、研究書を読んで机上の空論ばかり言っていてもダメで、どんどん社会のなかに飛び込んで自分で実地を体験しろ、あわよくば革命を起こせ、といった風潮が、80年代のアカデミズムには濃厚に漂っていました。十数年前の学生運動の雰囲気や、共産主義革命論の余波が、屈折した形で残存していたわけです。

オウムに関しては、「どうして優秀な大学生がオウムのような団体に身を投じていったのか」ということが、しばしば疑問視されています。『オウム真理教の精神史』でも触れたように、それにはいくつかの理由がありますが、その原因の一つは、「オウムと同じような思想が、当時の大学でも教えられていたから」ですよね。当時のアカデミズムの風潮を考えれば、むしろ当然の現象であったとさえ言うことができます。

しかし、こうした風潮はすでに過去のものであり、それ自体を今から批判・否定することにそれほど意味があるとは思えません。私自身も、もし柳川氏や見田氏の弟子たちと同じ年代に生まれていれば、同じような空気に染まっていただろうとも思いますので。しかしながら、過去の過ちを十分に反省せず、同じ間違いを何度も繰り返そうとすることには、苦言を呈さざるを得ません。

これまで、『サイゾー』における島田裕巳氏との対談や、Twitterの発言を通してすでに指摘してきたように、中沢氏が震災後に出した『日本の大転換』で示した革命論は、オウム真理教やナチズムの思想と同型のものです。社会からたびたび要請されているにもかかわらず、オウム事件に対して反省の目を向けようとせず、むしろオウム擁護に結びついたような詐術的思想やレトリックを、今でも飽きずに反復している。また、そうした中沢氏の言動に対して、周囲の研究者たちは誰も表だっては批判しようとしない。これでは、「日本の学者はオウム事件から何も学ばなかった」と言われても仕方がないと、私は思っています。

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