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“They”が単数形になった!? 知っておきたい、英語辞典の世界的権威が認めた新たな用法 - 堂本 かおる

「私の代名詞は THEY / THEM 」

 昨年9月、イギリスのシンガー・ソングライター、サム・スミスがインスタグラムにて宣言した。

 続いて12月、アメリカの英語辞典、メリアム・ウェブスターが「They」を「今年の言葉」に選んだ。

「They」は三人称代名詞の複数形だが性別を問わない、つまりジェンダー・ニュートラルな言葉だ。対して三人称代名詞の単数形は「She」もしくは「He」と性別がある。冒頭の投稿で、サム・スミスは自分はノン・バイナリー(性自認が男性でも女性でもない)であり、今後は 「He」ではなく「They」と呼んでほしいとして発言したのだ。メリアム・ウェブスターはその用法を辞書に加筆したのだった。

文法的にも正しいと認められた単数形の「They/Them」

 英語は日本語のように主語を省けない言語につき、三人称の場合は文頭に「She」または「He」を使わなければならず、目的語にも「her」「him」が多用される。だが男女の2区分に違和感を覚える人たちや、男女のどちらでもないと感じる人たちがいる。そこで性別を問わない「They/Them」を単数形としても使う人たちが現れた。

 とはいえ、あくまで一部の人たちによる使用であったものが、サム・スミスというセレブによって広く認知され、かつ辞書がその用法を記載することによって、文法的にも正しいと認められたのである。


©iStock.com

女性か男性か、想起されないのがポイント

 以下はサム・スミスの「They」宣言を伝えるタイム誌の記事からの一部抜粋。ジェンダー・ニュートラルな単数形「They」の使用例だ。

Smith has been open about their gender identity and sexuality in the past. 

過去よりスミスは(彼らの)ジェンダー・アイデンティティとセクシュアリティについてオープンであった。

They came out publicly as gay in May 2014,

(彼らは)2014年5月にゲイであると公表し、

telling Fader magazine that they felt comfortable with their self, 

フェイダー誌に、(彼らは)(彼ら)自身について違和感はないが、

but didn’t want to make a big deal out of their personal life

しかし、(彼らの)私生活をおおごとにはしたくないと語った。

 このように現時点では日本語でも「They」は「彼ら」としか訳しようがなく、これまでの用法に沿って2人以上の人物がイメージされ、混乱する。ただし、その人物が女性か男性かは想起されず、まさにそこがポイントと言える。

本人が望む代名詞を使うのが肝

 今回の一連の動きは「She」「He」を廃止して全ての人を「They」と呼ぼうというものではない。それぞれの人を、本人が望む代名詞で呼ぼうという趣旨だ。

 ニューヨークを拠点とするあるNPOは、公式ウエブサイトの職員名のリストに本人が希望する人称代名詞を記載している。

記載例:

マイケル・モラレス

人称: He/Him/His

ジューン・ウィリアムス

人称: She/Her/Hers

 マイケルは一般的に男性名であり、ジューンは女性名だ。このNPOではファーストネームの性別と、希望する代名詞の性別は全員が一致しており、かつ「They」の希望者はいない。だが、それは「たまたま」と捉えるべきかと思われる。

 このNPOに勤務する「マイケル」がシスジェンダー(生まれつきの身体の性別と性自認が一致)で、マイケルが誕生時に親に付けられた名前なのか、FtM(女性→男性)のトランスジェンダーで、自分で付けた名前なのかは不明だ。そのこと自体は問題ではなく、マイケルが「He」と呼ばれることを希望していることが重要なのである。

They 反対論者、3つの理由

「He/Sheの代わりにThey」に賛同する人もいれば、反対する人も多い。反対する層は理由によって3つに分かれる。

●文法

 先にも書いたように英語は主語や代名詞のジェンダーが非常にはっきりしており、かつ単数/複数の区別にも厳密だ。つまり「They」を単数形として使用することは文法的に馴染まないのだ。ただし人物の性別が不明な場合に「He or She」とすることがあり、そのクドさを解消するために「They」を使うケースは昔からある。

 サム・スミスのインスタグラムや、この問題を取り上げたメディアの記事のコメント欄には「They」を単数形として使用することは「文法的に間違っている」とするものが多々あり、それに対して上記の例を出し、「性別の分からない相手には昔からTheyを使ってきたじゃないか」とする反論がある。ジェンダー・ニュートラルな代名詞の使用に賛同はするものの、文法の観点から「They」の単数使用に反対し、新語を作ることを提唱する人も見受けられる。

●アンチLGBTQ

 文法的に馴染めない層と異なり、直截的な嫌悪感を露わにしているのが、「He is he.(男は男じゃないか )」の類のコメントを発する層だ。アメリカは性的少数者の権利拡張運動が進む一方、アンチLGBTQの風土も非常に根強く、ゲイやトランスジェンダーへのヘイトクライム(憎悪犯罪)が、殺人まで含めて後を絶たない。

 アンチLGBTQの風潮にはキリスト教の強い影響がある。アメリカでは昔から今に至るまで同性婚問題、中絶問題が大統領選のたびに大きな争点となってきたが、これもキリスト教に由来する。同性婚はオバマ政権時代に全米で合法化されたが、現在は信仰の自由に基づき、同性愛者とのビジネスを拒否できる権利 (例:ケーキ屋が同性婚ウェディングへのケーキ販売を拒否するなど)などが問われている。このように信仰に基づいてLGBTQを受け入れない層は新しい「They」の用法も断固として拒否する。

●困惑

 性的少数者に敵意は持たないものの、「いまいち、よく分からない」と感じている人は多い。

 便宜上よく使われる「LGBTQ」は数ある性的少数派のうち5つのグループしか表しておらず、他者に対して性的欲求を持たないアセクシャル(無性愛者)、あらゆる人々を性愛の対象とするパンセクシャル(全性愛者)などは含まれていない。こうした “新しい言葉”がメディアに登場するたびに、「もう、何がなんだか分からない」と感じる人は、「She/Heの代わりにTheyを使ってほしい」と言われても混乱して頭を抱えてしまう。サム・スミスに関しても、「ゲイだからHeでいいのでは?」と感じる。

 サム・スミスは2014年に世界的大ヒットとなった『ステイ・ウィズ・ミー』でグラミー賞レコード・オブ・ジ・イヤーを受賞した際のスピーチでゲイであることを公表した。3年後に「自分は男性であると同様に、女性でもあると感じる」と発言し、今回はノン・バイナリー(男女どちらでもない、もしくは第三の性)として「They」宣言を行なった。その際、「生涯にわたるジェンダーとの闘い」について語っている。スミスのようにジェンダー自認が変化する人が存在することなど、多くの非LGBTQには想像もつかない。

「他者に優しくなろう」

 大手メディアは一般記事ではまだジェンダー・ニュートラル(性的中立)の「They」を使用していない。トランスジェンダーについては、以前より性別適合手術や性別変更の有無、出生証明書の名前にかかわらず 、MtFであれば女性として「She」「Ms. Xxx」と表記している。

 彼女たちは「She」と呼ばれたい人たちだ。生まれ持った身体の性と性自認が一致する、シスジェンダーのフェミニストも女性としての存在を主張するために「They」ではなく、「She」を好んでいる。「They」問題のポイントは、それぞれの人がどう呼ばれたがっているかを、どうやって知ればいいのか、ではないだろうか。つまるところ社会は、非LGBTQは、LGBTQ当事者の声をもっと聞かねばならないのだ。社会が聞く姿勢を持てば、当事者たちは緊張も恐怖も持たず、声を上げるだろう。その上で、より良き道を共に模索していくしかないのである。

 サム・スミスは「They」宣言の長文の最後に、こう記している。

「みんな、愛しているよ。今、ものすごく怖いけれど、とても自由になったと感じる。人に優しくなろうね。(キスマーク)」

(堂本 かおる)

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