記事

「不快な奴をブロックして構わない」社会と「アライさん」界隈

1/2

個人の幸福は「お金」ではなく「不快なやつは全員ブロック」で実現される。 | Books&Apps
 
上掲リンク先は賛否両論のありそうな内容だが、読んで自分の考えを練るのに向いていると思う。これを読み、2019年にtwitter上で湧き出した匿名の「アライさん」界隈のことを私は思い出した。
 
「アライさん」界隈とは、2019年の春ごろにtwitter上に無数に現れた、「○○なアライさん」を名乗る匿名アカウント群だ。アニメ『けものフレンズ』に登場する、ちょっと不器用なアライさんというキャラのアイコンや語り口を借りている。
 
[画像をブログで見る]

  ねとらぼの紹介記事では、アライさんを以下のように記している。  

・借金の返済に苦しむアライさん
・ギャンブルがやめられないアライさん
・大学を中退したアライさん
・薬物依存のアライさん
・性風俗店で働くアライさん etc...
 Twitterにおけるアライさん界隈(かいわい)は、とにかく何らかの困難を抱えている傾向が極めて強い。これは原作のちょっと暴走気味だが元気で明るいアライさん像とはかなりの距離がある。当たり前だが、原作のアライさんは借金にもギャンブルにも薬物にも苦しんでいない。「けものフレンズ」は社会の暗部をえぐるような作風のアニメではない。

2020年になっても、アライさんの様子はほとんど変わらない。アライさんの姿を借りた匿名アカウントたちは、それぞれ、日常生活では吐露しづらい内心を書き綴っている。
 
そのことから考えるに、アライさんを名乗る匿名アカウントの筆者たちは、日常生活のなかではそうした内心を十分に吐き出せないのだろう。FacebookやLINEの、日常に紐付けられやすいアカウントにもそういうことは簡単には書けない。実生活で簡単に吐露できることなら、わざわざアライさんのアイコンなど借りる必要など無い。  

「不快な奴をブロックして構わない社会」=「不快な言動が禁じられた社会」

こうしたアライさんの境遇を踏まえたうえで、「不快な奴をブロックして構わない社会」について考えてみる。
 
冒頭リンク先で高須賀さんは、ちょっと挑発的に「多様性とはいうけれど、付き合いたい人間とだけ付き合ったほうが幸福になれるのでは?」と問いかけている。
 
現代社会は、多様性を許容しあうことで成り立っている、といわれている。少なくとも社会には、多種多様な価値観や習慣の人々が存在していて、たとえば東京のような大都市には本当にいろいろな人々が存在し、それぞれ暮らしているのがみてとれる。
 
その一方、私たちひとりひとりには人間関係を選択する自由があり、お互いを心地よいと感じる人、気安く付き合えると感じる人同士がお互いを選び合う。そうした選別や選好の結果、社会全体としては多様性が保たれていても、個々人のライフスタイルとしては多様性の乏しいことが往々にしてあり得る。
 
たとえば年収1500万円のホワイトカラーな会社員が、日経新聞を読むような価値観や習慣を持った同僚に囲まれ、似た者同士のような友人や家族に囲まれて暮らしているとしても、まったくおかしなことではない。
 
高須賀さんはそうした実生活のありようを、ちょっときわどく、以下のように綴ってみせる。  

気の合うパートナーと家庭を築き、人間関係が安定したリベラルな職場で働き、週末は共通の趣味を持つ友人と過ごす。
SNSをやってるのなら、不快な話題を垂れ流す人は全員ブロックすればいい。
不快な話題を垂れ流す人は、あなたを不快に着目させる悪者である。

このような選別や選好に基づいたライフスタイルを、まったく多様性が乏しいと腐すのはたやすい。
しかし人間関係が自由選択となった現代社会のなかで、人間関係の選別や選好を行っていない人間が、たとえば東京に、たとえばインターネットに、いったいどれだけ存在するだろうか?
 
もちろんこれは、程度問題ではあるのだけど。
 
それでも人間関係が自由選択である限り、私たちはどこかで自分たちにとって好ましい相手と付き合おうとし、どこかで不快な相手を敬遠せずにはいられない。コミュニケーションのコストやリスクをできるだけ減らし、コミュニケーションのメリットをできるだけ増やしたいと合理的に考えれば考えるほど、コミュニケーションの対象を選ばずにいられなくなってしまう。
 
SNSにおけるブロックは、そうした選別の一番わかりやすいかたちだ。だが現実の人間関係の選別や選好は、ブロックほど明瞭ではない。明瞭ではないからこそ、誰が選ばれ、誰が敬遠されるのかの問題は難しく、面倒でもある。 
 
私たちの人間関係は自由選択になった。
だが、自由だけがもたらされたわけではない。
同じように他人も人間関係を選択・選好するのだから、私たちは他人に選ばれなければならなくなった。
 
他人に選ばれるよう、他人に敬遠されないよう、意識すればするほど私たちはみずからの言動を自己検閲しなければならなくなる。
 
なかには天真爛漫に振る舞っても他人に選ばれ、敬遠されない幸運な人もいるだろう。
 
とはいえ、そんな人は少数派で、私たちは他人を選ぶ自由を行使すると同時に、他人に選ばれ敬遠されない自分であるよう、努力しなければならない義務を抱えている。
 
「不快な奴をブロックして構わない社会」とは、要はそういう社会である。
 
気に入らない相手や不快な相手を敬遠する自由があると同時に、他人に選ばれなければならず、他人に不快がられないよう努力しなければならない社会だとも言える。
 
そのような社会では、会社同僚はもちろん、友達や家族にすら、選ばれ不快がられないよう、努力しなければならない。そうしなければ誰からも選ばれず、独りぼっちになってしまうかもしれない。
 
天真爛漫に振る舞っても他人に選ばれる人なら、」「そんなに神経質にならなくったって大丈夫だよ」と言ってのけ、そうした努力を意に介さないかもしれない。だが世の中には、精いっぱい努力してようやく相手にしてもらえる人、ようやく不快がられずに済んでいる人もいる。いわば、モテにくい人にとって、他人に選ばれるための努力はたいへんな重荷である。
 
そんな重荷をストレートに背負いながら学校や職場に通い続けなければならない人にとって、日常はどれほど息苦しく不自由なものだろうか!  

あわせて読みたい

「コミュニケーション」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    新幹線でのパソコン作業に唖然

    常見陽平

  2. 2

    れいわが野党共闘を変える可能性

    田中龍作

  3. 3

    「スタバでMac」批判記事に呆れ

    かさこ

  4. 4

    Netflixがもたらした画期的な点

    ヒロ

  5. 5

    オリラジ中田を起用したNHKの罪

    文春オンライン

  6. 6

    高学歴な人がなぜ成功できないか

    内藤忍

  7. 7

    ニトリ衣料品 ユニクロと差別化

    NEWSポストセブン

  8. 8

    AirPods Pro 不具合が続出した訳

    S-MAX

  9. 9

    自走式スーツケースは流行するか

    WEDGE Infinity

  10. 10

    世界一健康でも自信持てぬ日本人

    市川衛

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。