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“イランの山本五十六”司令官殺害を指示したトランプ大統領の思惑

武力行使に慎重だったトランプ大統領が一転

[ロンドン発]アメリカの大統領選が11月に迫る中、再選を目指すドナルド・トランプ大統領の指示でイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官がイラク・バグダッドの国際空港で殺害され、国際社会に激震が走っています。

トランプ大統領は予測不能な過激発言とツイートとは裏腹に武力行使にはこれまで極めて慎重な姿勢を貫いてきました。それだけに今回、ソレイマニ司令官殺害の意図を正確に読み取るのは非常に難しいと言わなければなりません。米大統領選に与える影響も計り知れません。

AP

イランによる米無人偵察機(ドローン)RQ-4グローバルホーク撃墜に対し報復攻撃を土壇場で撤回したことがあるトランプ大統領は中東からの米軍撤退を進めていました。どうして、この時期に火に油を注ぐソレイマニ司令官殺害に踏み切ったのか。

イランの対外工作を取り仕切るコッズ部隊を指揮、地域全体の代理戦争とテロリスト・ネットワークの設計者、ソレイマニ司令官の殺害は、日本とアメリカが戦った太平洋戦争で真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官の山本五十六の殺害に匹敵すると米メディアは報じています。

ウクライナ疑惑の弾劾裁判の目くらましか

トランプ大統領がソレイマニ司令官を殺害した理由を考えてみました。

(1)昨年末、イラク北部キルクークでイラク軍基地がロケット弾攻撃を受け米民間人1人が死亡、アメリカとイラクの複数の軍人が負傷した。2日後、米軍はイラクやシリアのイスラム教シーア派民兵組織拠点に報復攻撃。これに対し、親イラン派市民がバグダッドの米大使館を包囲する事件が発生した。

サウジアラビアの石油施設攻撃やタンカー攻撃、グローバルホーク撃墜でも動かなかったトランプ大統領がソレイマニ司令官殺害を決断したのは米民間人や米兵、米大使館への攻撃が「越えてはならない一線(レッドライン)」であることをイランに明確に示す必要があったから。

(2)イランもアメリカも戦争は望んでいない。中東各地でシーア派民兵組織を操って“非対称的な戦争”をアメリカに仕掛けていたソレイマニ司令官を殺害することで被害の拡大を予防するとともにイランの指揮能力とイラクへの影響力を取り除く狙いがあった。

(3)トランプ大統領はライバルの民主党ジョー・バイデン前副大統領の捜査をウクライナに要請したとされる疑惑を巡り昨年12月、下院で弾劾訴追された。上院で今年1月にも始まる弾劾裁判で無罪を速やかに勝ち取りたい考えで、ソレイマニ司令官殺害を当面の目くらましに使った。

敵性国家との緊張が高まれば支持率は上昇する

敵性国家との緊張が高まれば大統領の支持率は上昇するのがアメリカの常識でした。2001年の米中枢同時テロでアフガニスタンやイラクと戦争を始めたジョージ・ブッシュ米大統領(子)は2004年の大統領選で再選を果たしました。

Getty Images

しかし2つの戦争でアメリカの犠牲者は7016人にのぼりました。こうした若者は、製造業の工場や機械が錆び付いた米中西部、五大湖周辺、大西洋沿岸にかけて広がるラストベルト(脱工業化地帯)の出身者が多かったのです。アフガンやイラクから帰還した退役軍人の多くがトランプ大統領を支持しています。

トランプ大統領の公約は泥沼化した中東の戦争から米軍を引き揚げることでした。米紙ニューヨーク・タイムズによると、昨年10月の時点で約20万人の米軍部隊が世界各地に展開。ソレイマニ司令官の殺害で中東に4500人の部隊を追加投入しなければならなくなりました。

【海外に展開する米軍の規模】

(1)アフガニスタン 1万2000~1万3000人。最終的に8600人に削減する可能性も
(2)シリア 約200人
(3)イラク 約6000人。イラク議会はソレイマニ司令官の殺害は「主権の侵害だ」として米軍撤退を求める動議を可決
(4)サウジアラビアと湾岸諸国 4万5000~6万5000人
(5)アフリカ 6000~7000人
(6)日本と韓国 約7万8000人
(7)北大西洋条約機構(NATO)加盟国 3万5000人以上
(8)その他地域 2000人以上
(昨年10月時点)

共和党支持者の84%が司令官殺害を支持

米ハフポストとYouGovの世論調査ではアメリカ人の43%がトランプ大統領のソレイマニ司令官殺害指示を支持しています。これに対して不支持は38%。一方、共和党支持者の84%は殺害を支持しているのに対して民主党支持者の71%は不支持でした。

AP

イギリスの欧州連合(EU)離脱を巡る議論でも離脱派と残留派は“水と油”、交わることは決してありません。アメリカでもトランプ支持者と反トランプ派は激しく対立しており、トランプ大統領は共和党支持者の共感を呼ぶ政策を意識的にとり、足元を固めているようです。

トランプ大統領は1月3日、キリスト教右派、福音派の支持者集会を南部フロリダ州マイアミで開催しました。福音派のクリスチャニティー・トゥデー誌がウクライナ疑惑について「極めて不道徳だ」とトランプ大統領の退陣を求めたことに同大統領は危機感を強めていました。

福音派はアメリカ人の38~41%にのぼるとされ、トランプ大統領は人工妊娠中絶に否定的な保守派の判事を指名するなど福音派を意識した政策を進めてきました。ソレイマニ司令官を殺害したのも福音派の支持者集会の直前でした。

これに対してイラン最高指導者アリ・ハメネイ師の軍事顧問ホセイン・デフガーン少将は米CNNに「トランプ大統領は我々に直接行動をとった。我々もアメリカに対して直接行動をとる」と宣言しました。

アメリカとイランが本格的な戦争に突入する可能性は依然として低いと筆者は見ていますが、地域の緊張は一気に高まっており、両国のチキンゲームが軍事衝突を引き起こす恐れは否定できません。

今年最大のリスクは米大統領選

スーパーパワーなき「Gゼロ」後の世界を予測した米政治学者イアン・ブレマー氏は2020年の「世界10大リスク」を発表し、今年最大のリスクとして米大統領選を挙げました。

Getty Images

大統領選はオープンで公正だと考える人は全体で2016年の64%から53%に下がっています。民主党支持者では84%から39%まで急落しています。トランプ大統領が11月の大統領選で勝っても、民主党の大統領候補が勝っても互いに結果を受け入れないでしょう。

イギリスのEU残留派が大都市のロンドンに集中しているようにリベラルな反トランプ派は大都市のカリフォルニアやニューヨークに集中。二大政党制のイギリスやアメリカの選挙制度では得票数が相手を上回っても都市部の票の多くが「死に票」になります。

前回の大統領選は民主党のヒラリー・クリントン候補は得票率でトランプ大統領を2.1%ポイント上回ったものの、獲得選挙人数で74人もの差を付けられました。

ラストベルトのミシガン(選挙人16人)は0.23%ポイント差、ペンシルベニア(同20人)は0.72%ポイント差、ウィスコンシン(同10人)は0.77%ポイント差、フロリダ(同29人)も1.2%ポイント差という僅差でトランプ大統領が制しました。

激戦4州のうち3州を押さえた方が勝利します。トランプ大統領が勝つ可能性は十分あります。トランプ大統領唯一の関心事は11月の大統領選での再選と言っても良いでしょう。支持率を上昇させるためトランプ大統領の外交政策や発言が暴走し始めるリスクは払拭できません。

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