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米イラン「軍事衝突」苦悩する「EU」ほくそ笑む「プーチン」 - 熊谷徹

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米国大使館員人質事件の「亡霊」

 今、ドイツのメディア界で議論となっているのは、トランプ大統領が中東・中央アジア戦略で右往左往していることだ。彼は基本的に中東に駐留する米軍兵力を減らし、この地域での紛争への関与を減らすという姿勢を強めてきた。

 たとえば、トランプ大統領は去年10月に突然シリア北部から米軍を撤退させる方針を発表した。また、アフガニスタンでタリバンと停戦条件について交渉し、兵力を削減しようとしている。彼は、「シリアには砂しかない」と言ったこともある。

 しかし、トランプ大統領がイランを確実に刺激するソレイマニ殺害を実行に移し、バグダッドに駐留する米軍兵力を増強したことは、中東への関与を徐々に減らすという、これまでの彼の戦略と矛盾しているのだ。

 だからこそ、ドイツのメディア界では、トランプ大統領の戦略変更の理由が、今年の11月3日に行われる大統領選挙だという見方が強い。トランプ大統領は大晦日にイラクの米国大使館がシーア派の暴徒に襲われた事件に、約40年前に起きたテヘランの米国大使館占拠事件の亡霊を見ているというのだ。

 この事件では米国人52人が444日間にわたってイランの革命勢力の人質となった。特殊部隊を使った人質救出作戦の失敗は、当時のジミー・カーター大統領の失脚の原因の1つとなった。

 トランプ大統領は1月4日に、

「イランが反撃した場合、米国はイランの52カ所の標的を空爆する」

 というツイッターを発信した。ここで彼が52という1979年のテヘランで人質になった米国人の数と同じ数字を使っていることは、40年前の事件を意識していることを示す。

 去年末まで多くの世論調査機関は、今年の大統領選挙でトランプ大統領が再選される可能性が高いと予想していた。だが、カーター大統領(当時)への支持率が救出作戦の失敗後に急落したように、トランプ大統領が対イラン政策でしくじった場合、再選の見通しに影が落ちるかもしれない。彼を支持する有権者から「イランに挑発されるままの、弱腰の大統領」と見られる危険がある。

 これまでトランプ大統領は、イランの挑発に乗るのを避けてきた。去年6月にホルムズ海峡上空で米軍のドローンがイランに撃墜された後、彼は一旦革命防衛隊の施設への攻撃を命令したが、攻撃直前に撤回した。対イラン強硬派のジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官は、その3カ月後に辞任した。

 去年9月にサウジアラビアの製油施設がドローンやミサイルによって攻撃され、コッズ旅団が支援するイエメンの「フーシ」が攻撃を実行したという声明を出した時にも、米軍はイランに反撃しなかった。現場で見つかったミサイルの残骸がイラン製だったにもかかわらずだ。

 トランプ政権は、この攻撃の直後、

「サウジアラビア政府が今回の攻撃をどう判断するかを待ちたい」

 という控え目なコメントを出した。そこには、イランとサウジアラビアの紛争に巻き込まれたくないというトランプ大統領の姿勢がありありと浮かび上がっていた。

 現在サウジアラビア政府内では、有事の際にトランプ政権が本当に守ってくれるかどうか、つまり友好国としての信頼性について、大きな疑問符が浮かび上がっている。同国で核武装論議が起きているのも、そのためだ。

 だがトランプ大統領は、シーア派民兵組織の攻撃による米国人軍属の死と、バグダッドの米国大使館から立ち上がった黒煙を見て一線を越え、イランの「影のナンバー2」の殺害に踏み切った。大統領は「イランの挑発に対してこれ以上黙っていると、自分はカーターの二の舞になる」と判断したのだ。

 ちなみに、ソレイマニ少将が殺害された時、同じ車にはPMF副司令官であるイラク人、アブ・マハディ・アル・ムハンディスも乗っており、死亡した。トランプ大統領は、イランだけではなくイラクのシーア派過激勢力をも敵に回したことになる。イラク議会は事件後、すべての外国軍のイラクからの撤退を要求した。米国のイラク駐留も、困難さを増すだろう。

 またトランプ大統領は2011年にオバマ前大統領がイラクに駐留していた米軍の一部を撤退させたことについて「子の撤退がISの誕生につながった」と非難したことがある。ソレイマニ少将殺害がきっかけとなって、米軍がイラクからの撤退に追い込まれた場合、トランプ大統領もまたイラクに力の空白を生じさせて、ISなどのテロ組織を勢いづけるという皮肉な結果を生むかもしれない。

「非対称型戦争になる」

 万一米国とイランが軍事衝突した場合、トランプ大統領は短期決戦を目指すだろう。多数の巡航ミサイルや戦闘爆撃機を投入して政府施設、正規軍の兵営やコッズ旅団の拠点などを叩き、イランの戦闘意欲を失わせようとするのではないか。イラク戦争の開戦時に使った「衝撃と畏怖(ショック・アンド・オー)」という戦術が再現されよう。

 トランプ大統領が短期決戦をめざすのは、もし戦いが長期化して米軍の戦死者数が増えた場合、支持率が下がる危険が高いからだ。したがって米軍が大規模な地上軍を投入することも考えにくい。投入してもネイビー・シールズやデルタ・フォースなど少人数の特殊部隊に留まるのではないかと思う。

 これに対しイランのコッズ旅団は、緒戦で負けても無差別テロなど、米軍が事前にキャッチできない方法で反撃すると考えられる。

 ドイツ政府の外交・安全保障問題の諮問機関である「科学政治財団」(SWP)のフォルカー・ペルテス所長は、ドイツの公共放送局『ARD』とのインタビューで、こう述べた。

「米国とイランの戦争は、非対称型戦争になるだろう。いや、その戦争はすでに始まっているかもしれない」

 非対称型戦争とは、正規軍と対決しても勝ち目がないと考える国や組織が、テロ攻撃や艦船の拿捕、航空機のハイジャックなどによって反撃することを指す。アルカイダが2001年に米国で実行した同時多発テロは、その典型である。

 ただしペルテス所長は、これまでの米国とイランの間の紛争が死者を出さない形で行われてきたのに対し、ソレイマニ少将殺害によって両国の戦いが違う次元にエスカレートした可能性もあると指摘する。つまり彼はイランが過去になかった形で米国に反撃することは確実と見ている。

 1月8日にイランがイラク国内の米軍基地にミサイル攻撃を加えたことは、両国が軍事的に正面衝突する危険が刻々と高まりつつあることを浮き彫りにしている。ドイツのメディアは現在のイランを、

「密封容器の中で水が沸騰して水蒸気の圧力がどんどん高まっているのに、蒸気を逃がす弁がない状態」

 と形容している。

米国の友好国が標的になるか

 米国はイランから地理的に遠い。イラクの米軍基地も強固に守られている。このためイランの標的として懸念されているのが、米国の友好国であるサウジアラビアやカタール、オマーンなどの湾岸諸国、さらにイスラエルである。

 イスラエルは、これまでもイランを最大の脅威と見なし、ソレイマニ少将の一挙一動を注意深く監視してきた。シリアは南西部でイスラエルと国境を接している。ソレイマニ少将は内戦によるシリアの混乱に乗じて、この国のシーア派武装勢力とともに、シリアに軍事拠点を作ろうとしてきた。イランの最大の敵国の1つ、イスラエルに対して目と鼻の先から睨みをきかせるためである。

 イスラエルは、コッズ旅団がイランからシリアの拠点にミサイルや弾薬を運ぶトラックを幾度となく爆撃し、ソレイマニ将軍がシリアに恒久的な軍事基地を建設するのを阻もうとしてきた。

 私はこれまでイスラエルに10回、ヨルダンに2回足を運び、現地の状況を見てきた。日本のメディアはほとんど伝えなかったが、イランはすでに2018年以降、イスラエルに対する挑発をエスカレートさせていた。

 2018年2月9日には、イスラエルとコッズ旅団が初めて直接交戦した。

 コッズ旅団は、シリアのホムス近郊にあるT4と呼ばれる基地からドローンを離陸させ、一時イスラエルの領空を侵犯した。イランがシリアの基地から、ドローンを使ってイスラエル領空での強行偵察を行ったのは初めてのことだった。

 イスラエル空軍は直ちにF16型戦闘機を発進させてドローンを撃墜した。だが同機はシリア軍が発射した対空ミサイルによって損傷を受けた。イスラエルのF16のパイロットはパラシュートで脱出し、機体はイスラエル領内に墜落した。イスラエル側は、「イランはシリアに拠点を築きつつあることを、我々に対して誇示したかったのだろう」と分析している。

 事態を重く見たイスラエルは、同年4月9日の未明にT4基地を爆撃し、滑走路や格納庫を破壊した。この空爆により、コッズ旅団に属するイラン人7人を含む14人が死亡したほか、イラン軍のドローンや、自走式防空管制システムなどが破壊された。イスラエルは、コッズ旅団がシリアに恒久的な拠点を築くことを防ぐために、T4爆撃を強行したのだ。

 シリア・イランと良好な関係を持つロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、4月11日にネタニヤフ首相に電話をかけ、

「シリア情勢をこれ以上不安定にするような動きは避けてほしい。アサド政権の主権を尊重するべきだ」

 と要請したが、これに対しネタニヤフ首相は、

「イスラエルは、シリアにイランが拠点を作ることを絶対に許さない」

 と反論した。

 欧米の軍事関係者がイスラエルのT4爆撃に注目しているのは、イスラエルがイランの軍事施設を攻撃し、イラン側に死傷者が出た初めてのケースだからである(私はこの事件について、2018年4月に日本のデジタルメディアに記事を掲載した)。

イランを最大の敵と見なすイスラエル

 イランは、すでにイスラエルの北隣のレバノンに事実上の拠点を築いている。レバノンのヒズボラはイスラエルを敵視しているため、コッズ旅団はシリア経由でミサイルなど武器の供与を続けてきた。

 一説によると、ヒズボラは約13万発のミサイルを保有しており、イスラエルの主要都市にすでに射程を合わせているという。ヒズボラのミサイルは、イスラエルの安全保障にとって最大の脅威の1つだ。

 2006年7月にイスラエルがレバノンに一時侵攻した理由も、同国南部のヒズボラの拠点を破壊し、ミサイル攻撃の危険を減らすためだった。

 つまりイスラエルは、シリアが「第2のレバノン」となり、周辺国にイランの前進拠点が増えることに強い警戒感を抱いている。

[画像をブログで見る]
「ハイファ大学国家安全保障研究センター」のダン・シュフタン所長(筆者撮影)

「ハイファ大学国家安全保障研究センター」のダン・シュフタン所長は、2017年当時、私とのインタビューの中で、

「イランはイスラエルにとって最大の脅威だ。次の戦争では、イスラエルに多数のミサイルが撃ち込まれて多くの死者が出る可能性もある」

 と懸念を示した一方で、

「イラン人は賢い人々だ。彼らは、イスラエルに総攻撃をかけた場合、自分の国も滅ぼされることを知っている。だからイランに対しては抑止力をきかせることができる」

 と語り、イスラエルがイランに攻撃された場合、徹底的に反撃するという見方を打ち出した。

 そう考えると、ソレイマニ少将の死後、イランによる攻撃について最も不安を強めているのはサウジアラビアと湾岸諸国かもしれない。

マクロンが援助を求めたのは……

 もう1つ興味深いのは、エマニュエル・マクロン仏大統領の動きだ。彼はソレイマニ少将が殺害された直後、プーチン大統領と直ちに電話で協議した。EUが独自に火を消すのは難しいので、ロシアの最高指導者に援助を仰いだわけだ。

 プーチン大統領は、中東で影響力を増すことを狙っている。イラン、シリア、トルコさらにイスラエルとも太いパイプを持っているからこそ、今回の危機を利用して中東での橋頭堡を拡大しようと試みるに違いない。

 ロシア外務省は、ソレイマニ暗殺事件後に発表した声明の中で、

「彼は極めて優秀な軍事指導者であり、中東全域で尊敬を集めた。特にISとの戦いでは大きな功績を残した」

 と最大級の賛辞を送っている。これについてドイツのメディアは、

「2015年にロシア軍がアサド大統領に反抗する勢力に対して、シリアで本格的な軍事攻撃を始めたのは、ソレイマニ少将がこの年にプーチン大統領を訪問して、シリア内戦に介入するように説得したからだ」

 という見方を報じている。ソレイマニ少将は、ロシアの中東での影響拡大についても、重要な役割を果たしたというのだ。

 ドイツのメルケル首相とマース外相も、1月11日にモスクワでプーチン大統領とイラン危機について協議する予定だ。

 地政学的な思考が苦手な元ビジネスマンの大統領(トランプ)が中東に残す空白を埋めるのは、地政学的な思考に長けた元秘密警察の大統領(プーチン)かもしれない。

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