記事

高い人間の能力とダサい大卒

1/2

以前からずっと思っていることがある。大学に進学することが必ずしも良くなく、それよりは1つでも特技を磨くことだと。とくに日本の多くの大学は、「大学を出ました」と履歴書に書ける程度の値打ちしかない。記憶力テスト代わりか。

そんな履歴書だけに基づき、それに加えてスポーツマン的根性があるとか、芝居(自分を前に押し出す演技)や周囲との調和(話題を合わせられる)が上手だとか、旧態依然とした基準で新入職員を採用する企業も企業である。

結局のところ、事なかれ主義的サラリーマン社会が基準となり、企業という井の中での競争しか眼中にない社会を作り上げ、それが日本社会のベースとなってしまった。気がつけば、1980年代に世界のトップを走っていた日本が、今は周回遅れになったのが現実である。

サラリーマンの給与はこの四半世紀の間、ほとんど上がっていないようだ。そもそも日本の名目GDP(国内総生産、つまり生み出した付加価値の金額)が大して増えていないのに、企業の利益が増えているということは、賃金を抑制することで、まやかし的に利益を増やした企業が多いということに他ならない。そんな企業に反旗を翻さない従業員や労働組合こそ、日本がサラリーマン社会でしかないことの証拠だろう。

大学の存在は、そんなサラリーマンを育てることにあるようだ。特に文系がそうだろう。日経の名物コラム「私の履歴書」を読むにつけ、大学時代に勉強しなかった経営者の割合が高いのに唖然とする。まあ勉強してれば、サラリーマン社会での出世はほぼ絶望だろうが。

もちろん、日本が欧米先進国の物真似で成長できた時代はそれで良かった。しかし、今は違う。経営とは何か、技術の研究開発とは何か、大学時代にそれらの一端を知っておかないことには、現在の世界に太刀打ちできない。実際に経営者が勉強せず(何々運動学部、サークル学部に所属し)、それを反省するどころか、自虐が入っているかもしれないものの、半ば自慢気に語るものだから、大学上層部の意識改革と文科省の政策転換がなされていない。

思い出すことがある。25年位前だろうか、最近有名になったとなったD氏に、「営業職員にもレベルアップのための教育が必要では」と話題を振ったところ、「変に教養を付けると営業が駄目になる、今のままの方がバイタリティを保てる」と反論されたことである。教育という意味を取り違えられたのかもしれないが、要するに営業職員は中卒レベルで十分ということか。読み書きができ、客と適当に、反射神経良く話せればいいということだろう。

あわせて読みたい

「大学教育」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    国際法秩序破る中国に世界的反発

    WEDGE Infinity

  2. 2

    自民党内「国賓中止はやり過ぎ」

    赤池 まさあき

  3. 3

    研究者に転身 いとうまい子の今

    NEWSポストセブン

  4. 4

    綾瀬はるか交際報道 相手は憔悴

    女性自身

  5. 5

    男子中学生と性交 40歳妻の素性

    文春オンライン

  6. 6

    「山本太郎は男を下げた」に反論

    早川忠孝

  7. 7

    東出の自虐発言に長澤まさみが涙

    女性自身

  8. 8

    すごい展開 優樹菜に芸能界驚き

    SmartFLASH

  9. 9

    河井氏問題巡る検察と朝日の癒着

    青山まさゆき

  10. 10

    都の感染急増 表面だけ報じるな

    青山まさゆき

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。