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「壁」に人を隠す運命を受け入れる我々~人質司法と単独親権

■刑事司法システムの「壁」

ゴーン氏の逃亡事件では、弁護士サイドから日本の司法・刑法システムを疑う意見が出され、それがネットではよく読まれている。

その筆頭は、ゴーン氏裁判を担当していた高野隆氏による彼が見たものという記事だろう。高野氏はこの記事の終盤でこう書く。

一つだけ言えるのは、彼がこの1年あまりの間に見てきた日本の司法とそれを取り巻く環境を考えると、この密出国を「暴挙」「裏切り」「犯罪」と言って全否定することはできないということである。彼と同じことをできる被告人はほとんどいないだろう。しかし、彼と同じ財力、人脈そして行動力がある人が同じ経験をしたなら、同じことをしようとする、少なくともそれを考えるだろうことは想像に難くない。

それは、しかし、言うまでもなく、この国で刑事司法に携わることを生業としている私にとっては、自己否定的な考えである。寂しく残念な結論である。もっと違う結論があるべきである。

確かに私は裏切られた。しかし、裏切ったのはカルロス・ゴーンではない。
出典:彼が見たもの

裏切ったのはゴーン氏ではなく、ゴーン氏を逃亡に追い詰めた刑事司法システムだと高野氏は言いたいのだと思う。

その刑事司法システムの「古さ」について、同じく弁護士の井垣孝之氏は「闇」と表現し、ブログ記事で10の問題点を具体的に指摘する(カルロス・ゴーン氏が逃げた理由、日本の刑事司法の10個の闇。)。

特にこの「闇」のなかでは、以下のものがゴーン氏(だけではなく年間10万人に登ると言われる被告人たち)を追い詰めたと思われる。

●闇3:勾留の要件は、1.住所不定、2.罪証隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある、3.逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある、のどれかがあると裁判官が認めたとき

●闇4:勾留は最大20日までだが、釈放してすぐに別の罪で逮捕すれば、また最大23日間身柄拘束される

●闇5:勾留中は、弁護人以外は、家族でさえも面会できないし、手紙のやり取りも差し入れもできないという条件が付けられることがある

●闇6:起訴されるまでは保釈請求はできない

●闇8:被告人は、起訴された後も要件を満たせば勾留される

これらの問題点はずいぶん以前から指摘されているが、一向に改善されていないらしい。

この堅さ、リジッドさは、闇というよりは、僕は「壁」に近いと思う。刑務所の隠喩として使われる「塀」ではなく、古いシステムが一向に変化せずその大きくて古くて巨大な力が一個人にのしかかるという点で、あの村上春樹氏のエルサレム賞スピーチ「壁と卵」(村上春樹エルサレム受賞スピーチ)で述べた「壁」の具体系だと思う。

■単独親権という「壁」

その「壁」は、当欄でも度々とりあげてきた「単独親権」についてもいえる。

親権/親であるということは、日々の事件や出来事といった「日常の一要素」などはなく、それら日常を支える「土台」「条件」である。事件や出来事のひとつとしてDVや児童虐待があるとしても、その出来事の次元と、それらの出来事を土台で支える条件のレベルは異なる。

我々の生活のあり方を、次元・階層・オーダー別に分け、それらの最も「下」にある基礎的土台をまずは位置づけるという思考作業は、哲学では当たり前のように行なわれる。たとえばカントの『純粋理性批判』や『実践理性批判』などはその代表で、そこでは人間に宿命付けられた思考活動や道徳がいかに我々の「土台」になっているかを精緻に説明している。

家族というコミュニケーションにおいて、「親であること」はそのコミュニケーションの土台を占める。この土台・基礎があってこその、日々の暮らしなのだ。

その日々の暮らしの中には、親子の愛着や夫婦の信頼などの具体的事例が表出されているだろう。そうした幸福な事象だけではなく、DVや児童虐待といった不幸な事象も表出される。

それら事象や出来事が生じるにはそれらを支える土台が必要で、その筆頭が「親権」だと僕は当欄で示してきた(「責任」とは、差し伸ばしたその手にこの手をすぐに差し伸ばすこと~法務省の第1回「親権」研究会)。

そして、上引用記事でも触れている通り、法務省ではようやく親権に関する研究会が開催され、この家族システムの「土台」に関する法的議論が開始されている。

けれどもDVの再来を恐怖する当事者の声と、その声にある意味「便乗」して仕事をする弁護士たちの動きもあり、また、年間20万組の夫婦が離婚するとはいえ、多くの国民にとって当事者性が薄い事柄のため、そうスンナリとは共同親権に移行するのは難しいようだ。

■「壁」に人を隠す運命

刑法も民法も明治期につくられたものでそれほど長い歴史があるわけではないが、刑法における「人質司法」、民法における「子の連れ去り=誘拐」が長らくその問題点を指摘されながら変化していないのは、100年そこそこの近代法を超えた何かが、我々ニホンに住み続けてきた人々を縛っているのかもしれない。

晩年の丸山真男は、日本人を古来より縛り続ける思考や習慣の体系の底に「つぎつぎになりゆくいきほい」があるとした(春秋 日本経済新聞)。

いま、目の前を流れ行く事象に身を委ね、なるようになるしかない運命を受け入れる、こうした「日本人の古層」は、指摘されてみればそうかなと僕は思う。特に短い周期で大地震が襲いインフラが根底から破壊されることを古代より延々繰り返してきたこの島国では、そんな思考習慣になっても仕方がないのかなあと。

この丸山の指摘と似たような意味で、我々に古くから根付くものに、

「壁」に人を隠してしまう運命をしかたなく受け入れる

という思考習慣があるのかもしれない。

人質司法においては、ゴーン氏事件に顕著に見られるような刑法・司法システムの遅れを「まあそんなものだろう」と流してしまう冷たい習慣、単独親権をベースとする子の連れ去り=誘拐においては、最も重視されるべき子どもの利益や権利をまったく考慮に入れないというその暴力性、こうした冷たさや暴力性の背景にあるものとして、「『壁』に人を隠すこと」がそれほど不思議ではない、我々の思考習慣があるのではないだろうか。

※Yahoo!ニュースからの転載

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