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東京湾で見つかった「バンクシーのネズミ」なぜ本物とされたのか

写真・東京都

 2019年1月、東京都港区の東京臨海新交通臨海線(通称、ゆりかもめ)の日の出駅近くの防潮扉で1匹のネズミの絵が見つかりました。トランクケースを持ったネズミが傘を差してどこか旅行にでもでかけようとする姿を描いた小さな絵が、その後大騒動をもたらします。

 そのきっかけは、1月17日の小池百合子東京都知事の写真入りのツイッターの投稿でした。

《あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました! 東京への贈り物かも? カバンを持っているようです。》(小池百合子@ecoyuri)

 大騒動になったのは、これが単なるネズミの落書きではなく、世界的に有名なストリート・アーティスト、バンクシーの作品かもしれないとされたからです。

「えっ! あのバンクシーが日本に来ていたのか?」
「これは本物なのか?」
「もし本物だったら、いったいいくらぐらいの値段がつくのだろうか?」

 小池知事のツイッターをきっかけにマスコミが騒ぎ始めます。けれども当のネズミの絵は、騒ぎを想定していた東京都が、あらかじめツイッターの投稿の前日1月16日に撤去してしまったために見ることができなくなっていました(現在、日の出ふ頭2号船客待合所で公開中)。

 では、この東京のネズミはホンモノのバンクシーの作品なのでしょうか? 私はホンモノだと思っています。理由はいくつかあります。

 実は、防潮扉のこの絵の存在を私が知ったのは、2018年の年末でした。友人が「どうも日の出駅近くにバンクシーの作品が残っているらしい」と教えてくれたのです。「それは見に行かなきゃいけないね~」とか言っていたのですが、年末年始でバタバタしていたので行きそびれ、気にしていたところにこの騒動が起こりました。

 とはいえ、最初に「バンクシーの絵があるよ」と教えられた時に、これほどの騒動が起きるとは思っていませんでした。その時には「残っている作品もあるだろうな」と軽く考えていたのです。

 バンクシーは、おそらく2002年頃日本に来ています。このことは、これまであまりおおっぴらには語られてきませんでした。それは、グラフィティ・アート、ストリート・アートの独特の文化と情報の伝播に関連しています。

 普通のアートと違って、グラフィティ・ライターたちは、公然と自分の居場所や素性を明らかにしません。特に多くの国において公共施設や商業施設におけるグラフィティは犯罪とみなされ、逮捕されたり、時には法外な罰金や損害賠償を請求されたりすることがあるからです。

 2000年代の初頭、バンクシーは、インターナショナルな活動を始めたばかりのグラフィティ・ライターの一人でした。当時のバンクシーは、今のように一般の人にまで知られていたわけではなく、同時代のたくさんいるストリート・アート界の有名人たちの一人だったのです。

 2000年代前半には、「このあいだバンクシーに会った」とか「パーティで見かけた」と言う何人かに会いましたが、その時は「ああ、バンクシー、東京に来ていたんだ」程度にしか感じていませんでした。その当時、バンクシーは日本で何か仕事をしようとしていたのかもしれません。

 いずれにしても、2000年代初頭、バブル景気の残り香が漂うグローバル都市・東京の文化シーンを考えると、この時期バンクシーが来ていない方が不自然なくらいです。

 けれども、ほかのストリート・アーティストたちと同様に、バンクシーもこれ見よがしに「来日しました!」という痕跡を残すことはありませんでした。その来日は、あくまでもアンダーグラウンドなネットワークの「噂」として記憶されていたのです。

 バンクシーの作品分析を美術史の立場から行ったウルリヒ・ブランシェの『バンクシー:物質世界の都市のアート』の巻末に、1998年から2015年までの詳細なバンクシーの展覧会のリスト一覧がついています。

 その中に、2002年9月16日に大阪で展覧会をしたという記録があります。またこのリストには掲載されていませんが、この時期東京でも小さな展覧会を行ったことは複数の証言から明らかになっています。バンクシーの来日はこの展覧会に合わせたものでしょう。

 防潮扉のネズミの話を聞いた時に直観的に、「あの当時の作品がまだ残っていたんだな」と感じました。バンクシーが、日の出駅付近に滞在していたという話をどこかで聞いたことがあったからです。

 そして、実際にネズミの写真を見た時に直観は確信に変わりました。小さなネズミのイメージは、2000年代前半にバンクシーが世界中の都市に残していた典型的な作品です。

 どことなく色褪せた感じも15年の年月を感じさせます。また防潮扉の周辺の人通りの少なさも、なぜ奇跡的に消されなかったのかという理由を十分に説明するものでした。

 しかし、もちろんネズミの絵の真贋を、こうした直観だけで判断したわけではありません。

 ネズミの絵が本物のバンクシーの作品だとする決定的な証拠は、バンクシー自身も編集に関わった初期の作品集『Wall and Piece』の中にこの作品の写真が掲載されているということです。日本語版/英語版の107ページにはまったく同じネズミの写真が掲載され、「東京2003」とキャプションが付けられています。

 この作品はバンクシーのお気に入りのようで、映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』でもほかの作品と一緒に代表作として登場します。

 作品集や映画で紹介されている写真は、なぜかオリジナルの絵とは左右反転しているのですが、おそらくポジフィルムで撮影し、写真を入稿する時にまちがえて反転させたのでしょう。実際に写真を反転させて、今回発見された作品の写真と重ね合わせると、ネズミの絵だけではなく、扉に取り付けられているボルトや地面のひび割れまでぴったりと重なります。

 バンクシーは、自らグラフィティの作品を発表する時には多くの場合、彼自身の公式ホームページやインスタグラムでその写真を発表します。2019年9月現在でも、この作品の写真をホームページで確認ができます。

 また東京都によれば、現場を所管する港湾局の現場職員は、10~15年以上前から落書きがあることを認識していたようです。このことも、2002~2003年にこの絵が描かれたのではないかという推測を裏づけるものです。

 以上のことを考え合わせると、今回「発見」された「バンクシーの作品かもしれない」ネズミの絵は、2002二年秋に描かれたもので、作品集で紹介されている写真の絵と一致すると結論づけられるでしょう。

 以上、毛利嘉孝氏の新刊『バンクシー アート・テロリスト』(光文社新書)をもとに再構成しました。バンクシーとはいったい何者なのか。東京藝術大学大学院教授による詳細な解説です。

●『バンクシー』詳細はこちら

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