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異例の「新年演説なし」に見られる金正恩の苦悩 - 礒﨑敦仁 (慶應義塾大学准教授) / 澤田克己 (毎日新聞記者、元ソウル支局長)

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今年の北朝鮮は元日から小さなサプライズを演出した。金正恩国務委員長による恒例の「新年の辞」演説が行われなかったのだ。その代わり、1月1日の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は昨年末に開かれた党中央委員会第7期第5回全員会議(総会)の内容を詳細に報じた。会議の内容に関する記事は、全8ページのうち1〜5面を埋め尽くした。

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新年の辞は、その年の施政方針演説とも言えるものである。金正恩委員長の祖父である金日成主席は毎年元日の朝にラジオ演説を行った。演説を得意としなかった金正日国防委員長の時代には『労働新聞』など3紙の元日付に「新年共同社説」を掲載していたが、金正恩委員長が2013年から演説形式に戻した。金正日委員長は2011年12月17日に死去しており、実質的には金正恩時代のスタイルは「新年の辞」演説をテレビ中継ということになっていた。

7年連続で公表されてきた新年の辞を行なわなかったのは、年末まで全員会議を開催したことに伴う臨時の策なのか、現時点ではよくわからない。昨年4月には国会にあたる最高人民会議で初めて「施政演説」を行なったが、この「施政演説」を従来の新年の辞に代えるつもりなのかもしれない。ただ、ここまで例外的な措置は金日成時代から見ても珍しい。しかも党の会議であるにもかかわらず、国家機関の幹部を解任したり任命したりもした。既に9年目に突入した金正恩政権は、依然として予測困難な変化球を投げてくる。

「新年の辞」の代わりとなった中央委員会全員会議

党中央委員会全員会議は2019年12月28日から31日まで開催された。会議開催は12月3日、「政治局常務委員会決定書」により「12月下旬に」と予告されていた。金正恩政権でこれだけ早く全員会議が予告されるのは初めてのことであり、それだけを見ても力の入れようが分かる。

しかも、全員会議が4日間にもわたるのは金日成政権期の1990年以来、実に29年ぶりのことであった。

議題は、①最近の内外情勢下におけるわれわれの当面の闘争方向について、②組織問題(人事)について、③党中央委員会スローガン集を修正補充することについて、④朝鮮労働党創建75周年を盛大に記念することについて——だった。ただ報道のほとんどは第一議題に費やされており、施政方針を意味するこの議題が圧倒的に重要なものだったことがわかる。

金正恩委員長は、第一議題について7時間に及ぶ「総合的な報告」「歴史的な演説」を行ったとされたが、『労働新聞』や朝鮮中央テレビでは一部が報じられるにとどまった。その意味では、北朝鮮の人々が徹底して学習する「新年の辞」ほどの重みは感じさせない。また、全文がわかる「新年の辞」や「新年共同社説」では、特定の単語や言い回しが何回出てくるかを数えることで北朝鮮にとっての今年の重点政策は何かを読み取ることができた。今回の演説は現時点では要約しか分からないので従来と同じような精度での分析は困難であるが、カッコ内に出現回数を記しつつ、分析を試みてみたい。

新しい道は、具体策の提示されない「正面突破」

金正恩委員長は昨年の「新年の辞」で、米国の出方によっては「新しい道を模索せざるを得なくなる」と述べた。2月にハノイで行った2回目の米朝首脳会談が不首尾に終わると4月に開かれた最高人民会議で初の「施政演説」を行い、「今年末まで忍耐心を持って米国の勇断を待つ」と表明した。昨年末を一方的な期限と定め、米国の対北朝鮮政策に変化がなければ「新しい道」に進むという揺さぶりだった。

今回の会議はこの「期限」を受けて開かれたものだ。金正恩委員長は会議招集の目的について、「障害と難関を全面的に深く分析評価して社会主義建設をさらに促進するための決定的対策を講究する趣旨」だと述べ、あらゆる分野で難関を「正面突破」[22回]することを訴えた。「われわれの前進を阻害する全ての難関を正面突破戦で切り抜けていこう!」というスローガンも掲げられた。

北朝鮮の理解では、これで「新しい道」を提示したことになる。ただし、今般報道では「新しい道」との表現は一切出てきていないし、「正面突破」にしても具体的な説明は行われていない。これから見ていくように、昨年複数回にわたって言及された「新しい道」は新味の無いものにならざるをえなかったからであろう。

対米強硬姿勢を見せつつ、関係破綻は回避

遠からず「新しい戦略兵器を目撃することになる」、「戦略兵器の開発を中断することなく粘り強く行っていく」と宣言して米国を強く牽制しているが、実際にはトランプ大統領との対話の余地を残しておきたいという考えがうかがえる。そうであるならば、レッドラインを越えるようなことはしないという方針ということになる。

今般報道では、米国が「強盗さながらの態度をとっているので、朝米間の膠着状態は不可避に長期性を帯びることになっている」として、「米国の対朝鮮敵視政策」によって朝鮮半島情勢はより危険で重大な段階に至っているとの認識が示された。「敵対勢力ども」[8回]という用語も多用され、米国に対しては厳しいトーンで一貫している。

北朝鮮側が「朝米間の信頼構築のために核実験とICBM発射実験を中止し、核実験場を廃棄する先制的な重大措置をとった」にもかかわらず、「大統領が直接中止を公約した大小の合同軍事演習を数十回も行い、先端戦争装備を南朝鮮に搬入して軍事的に威嚇した」などとして米国の対応を強く批判し、「守ってくれる相手方もいない公約にわれわれがこれ以上一方的に縛られている根拠がなくなった」として、「強力な核抑止力の経常的な動員態勢を常に頼もしく維持する」意思が示された。

一方、合同軍事演習の中止を公約したという文脈で「大統領」[1回]とは述べているものの、「トランプ」大統領を名指し批判していないこと、一昨年のシンガポールでの共同声明の破棄に直接は触れていないこと、さらには金正恩委員長が「抑止力強化の幅と深度は米国の今後の対朝鮮立場によって調整される」ことに言及した。11月の米大統領選挙を見据えて、米国との交渉という可能性も考慮に入れていると考えられる。

「今後、米国が時間を延ばせば延ばすほど、朝米関係の清算を躊躇すれば躊躇するほど、予測できず強大になる朝鮮民主主義人民共和国の威力の前に無為無策になるしかなく、ますます窮地に陥るようになる」との発言も、米国との交渉を継続する意思をにじませていると言えよう。時間稼ぎをしているのは、米国のほうだという認識なのである。

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