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ベーシックインカムを導入するために必要なこと

1.前澤社長のベーシックインカムの社会実験

ZOZOの前澤社長が、ベーシックインカムの社会実験として、100万円を1,000人に配ると表明して話題になっています。

これを機にネット界隈ではベーシックインカムに注目が集まっているようです。一口にベーシックインカムと言っても、どのくらいの金額を給付するのか、原資をどうするのかなどの制度設計なく、なんとなく新しいよいものというイメージが先行しているように感じます。

また、各政党もベーシックインカムという真新しい言葉を使いながら、似て非なる仕組みを提唱したりするので(全員にではなく、無年金・低年金の高齢者への最低保障年金のように、働くことが難しい人への最低生活保障という側面のものが多い。)、ますます日本のベーシックインカムについての議論が混迷したものになっているように思います。

前澤社長の取組自体を批判したいわけでは全くありませんが、ベーシックインカムが話題になっているので、このタイミングでベーシックインカムについても知っていただければ幸いです。多岐にわたる論点があるのですが、今日は、特に皆さんに押えておいていただきたい分かりやすい論点にしぼって解説してみたいと思います。

ベーシックインカムというのは、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要な額の現金を支給するものです。

現金給付というと、所得の低い人を対象とした生活保護がありますが、生活保護は最後の手段なので原則として資産があると受け取れませんし、働けないことを証明する必要もあります。国民の納めた税金から現金を配るので色々と審査が厳しいのです。

また、年金は現役時代に保険料を納めていたことを条件に65歳にになる、障害を負うなど一定の条件を達成するとお金がもらえる仕組みです。

ベーシックインカムの特徴は、このような条件なしに全員に現金を配るというところにあります。

社会保障制度にも確かに色々とほころびがありますので、社会保障の問題点を解決するものとしても、たびたび話題になります。

前沢社長は、1人当たり年間100万円の給付額をイメージしているようですが、確かにそのような前提の国会質問もありました。誰の質問だったか忘れましたが、当時社会保障を担当していた僕のチームで答弁を書きました。

2.ベーシックインカムに必要なお金とは?

1人当たり年間100万円の給付に必要なお金はいくらでしょうか?
1億2000万人に配るとすると、120兆円になります。

1人当たり年間100万円ですから、夫婦2人だと年間200万円。
夫婦2人に子ども2人の世帯だと400万円。
ずいぶんと家計が助けられそうです。

3.120兆円をどこから持ってくるか

120兆円というのは、どのような規模のお金でしょうか?
どんな大金持ちでも、毎年120兆円寄附するのは無理ですね。
お金は降って湧いてくるものではないので、増税するか既存の給付をカットする必要があります。

【増税の場合】

今の国の税収は60兆円強ですから、さらに120兆円のお金を配るためには、単純に計算すると今のあらゆる税金の税率を3倍以上にしないといけません。実際には、所得税の最高税率は控除があるとしても45%ですから3倍にすることは不可能でしょう。所得税以外の法人税や消費税を3倍以上の税率に引き上げないと収支のバランスがとれないでしょう。

例えば、消費税は1%で2.5兆円くらいの税収なので、120兆円のベーシックインカムに必要なお金をすべて消費税でまかなおうとすると、単純計算でも消費税50%分と120兆円が同じくらいです(実際には消費税を大きく上げると、みんなものを買わなくなるので、50%の引き上げでは足りません)。
全員が月83,000円もらえる代わりに、消費税が60%以上になるとしたら皆さんの生活はどうなるでしょうか。

【社会保障をベーシックインカムに置き換えると】

では、増税しないとするとどうなるでしょうか。
ベーシックインカムは最低生活保障機能を実現する制度なので、社会保障と関係が非常に深く、社会保障とベーシックインカムに振り替えてはどうかという議論もあります。実は、この社会保障の現在の給付費がちょうど120兆円程度です。この原資はほとんどすべて社会保険料と税金でまかなっています(若干、年金の積立金の運用益が使われますが、それも元は社会保険料ですね)。

つまり、現在の社会保障(生活保護、児童手当、雇用保険、医療保険、介護保険、年金など)について保険料や税負担をそのままにして、すべての制度を廃止してベーシックインカムに置き換えると、お金の計算上はつじつまが合うことになります。

ちなみに、前澤社長の社会実験は、(当然のことながら)現在の公的制度を変更せずに年間100万円を配るので、仮に社会実験として成立するのであれば、上記の増税の場合に近い条件となりますが、莫大な増税のマイナス面を盛り込むことができないので、ベーシックインカムとしての評価は難しいのです。また、給付を受けることの効果を測定するためにも、お金をもらう人が死ぬまでもらい続けるという前提でないと、ベーシックインカムとしての社会実験にはなりません。年間100万円の給付がいつ打ち切られるか分からないのであれば、思い切ってリスクをとって転職しようとは思わないでしょう。

4.そもそも社会保障は何のためにあるのか

上記3.の最後に書いたように、現在の社会保障について保険料や税負担をそのままにして、すべて廃止してベーシックインカムに置き換えると、お金の計算上はつじつまが合います。

その場合、何が起こるでしょうか。

例えば、急にガンなどの重い病気になって手術や高額の治療、入院などが必要になった場合は、数百万円の高額な治療費が必要になったり、その間働けないこともあります。

また、家族に要介護状態になった時、老人ホームに全額自己負担で入居させるためには毎月数十万円の出費が必要になります。介護保険がなければ親の介護のために働き盛りの子どもが仕事を辞めなくいといけなくなることもあります。

このような、家族内では支えきれないような大きなリスクを皆で分かち合うことに、社会保障本来の意味があります。

現在の社会保障を廃止してベーシックインカムだけにするということは、毎月83,000円の現金をもらうかわりに、大きな危機が訪れた時にすべて自分で何とかしなければならないことになり、社会保障が担っている機能に置き換えることはできません。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?
簡単です。
同じ120兆円を使うにしても、社会保障は病気や失業、高齢など本当に困っている人に集中的にお金を使いますが、ベーシックインカムは高所得で元気な人など困っていない人にも同じように全員にお金を配るからです。

5.ベーシックインカムの議論の意味

ベーシックインカムは、色んな理由で賛成する人がいるのですが、その大きな理由の一つは社会保障制度を運営するためには、支援を集中させる必要のある「困っている人」かどうかという認定を役所がすることになりますが、その非効率性や漏れなどをいやがる人が多いです。ベーシックインカムは全員に同じ金額を配るので、生活保護の審査のような仕事が不要になるのです。

これについては、手段を目的化するような本末転倒な議論と思っています。考えるべきは、テクノロジー等を活用した社会保障の事務やサービスの効率化の方だと思います。

ただし、ベーシックインカムの議論自体は、生活保障という社会政策についての理解や検討を進める上で意味はあると僕は思います。興味のある方は本やネットにも情報がたくさんありますので、ご覧いただければ幸いです。

ちなみに、ベーシックインカムが解決策にならないとしても現在の社会保障が今のままでよいとは全く思っていません。また、生産性向上やブラック企業からの回避については、ベーシックインカムよりも、転職のハードルを大きく下げることができる兼業・副業が有効ではないかと考えています。その辺りの話はまたの機会に。

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