- 2019年12月31日 07:34
「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」を観て
2/2遊郭という「片隅」
その代わり、ぼくは映画のタイトルが「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」とされ、主にリンのエピソードが加わったことによって、遊郭の「片隅」性が強調されたように思う。
こうの史代は否定しているが、もともと『この世界の片隅に』は山代巴『この世界の片隅で』にヒントを得ていると思われる。
当然監督の片渕もそのことを承知しているはずだ。
山代は「片隅」という言葉に次のような意味を込めている。
この本の名を、『この世界の片隅で』ときめました。それは福島町の人々の、長年にわたる片隅での闘いの積み重ねや、被爆者たちの間でひそやかに培われている同じような闘いの芽生えが、この小篇をまとめさせてくれたという感動によるものであります。(山代前掲)
すなわち、広島の被爆者の中でもさらにスラム、さらに「部落」、さらに孤児……という「片隅」性である。
すずの戦時生活は、遊郭に売られたリンのような人生や生活との比較において「まだましな」ものを感じさせてしまう。しかし、その「まだまし」さ加減は、今回のバージョンで加えられたリンとすずの「出産問答」(結婚して男子を出産することが義務であるとすずが主張するが、リンの素朴な疑問によって次々にその虚構性が暴かれてしまう)によって相対化させられてしまう。
結局、生きられなかったテルの人生や、おそらく空襲で殺されてしまったであろうリンの人生が新たに視野に入ってくる。
ぼくらはリンの人生を決して悲惨なものとしてのみ思いおこすのではなく、すずとの美しい、楽しいエピソードとともに思いおこす。江波の家でスイカを食べたであろうことや、遊郭の前で絵を描いたこと、花見で会話したことなどである。それはこの原作や映画の虚構の力である。
現実の呉の遊郭 『聞書き 遊郭成駒屋』より
しかし、ぼくらが無数の「すず」を探すために現実にアクセスし、その証言を聞いたり、話を読んだりしたように、無数の現実の「リン」にアクセスする必要があるのではなかろうか。
神崎宣武の名著『聞書き 遊郭成駒屋』(ちくま文庫)には、神崎の母の友人で、呉の遊郭で働いていた「ニセ医者」・尾島克己(仮名)が証言している。
神崎は「私は、本稿をまとめるにあたって、いわゆる『遊郭残酷物語』にしたくない、という強い気持ちを持っている」(神崎p.170)として「私は、未知の世界を、わずかに残存する道具類や当事者を頼りに探ってみたいのである。そのとき、娼妓への同情からだけでものをいいたくはない。その時代の事実を記録することが先決だ」(同前)と述べている。
しかし、その神崎が尾島から聞き取った中身は、なかなか凄絶なものであった。
例えば、性病検査をパスするために陽性反応を出さないよう「高熱」を出させる。尾島はそのために薬の過剰投与をしたとしている。神崎はマラリアを感染させたりしたこともあるのではないかと疑っている。テルの「高熱」をどうしてもぼくは思い出してしまった。
また、妊娠してしまう遊女も少なくない。いちいち掻爬などしていたら体がもたないので、ホオズキを使う。そのアルカロイドで胎児を腐らせて堕胎させるのだと尾島は言う。
『聞書き 遊郭成駒屋』は、名古屋の一角の古い遊郭を取り壊す現場に偶然出会った民俗学者が、解体業者に無理を行ってそこの民具一式を買い取らせてもらうというなんとも印象的なシーンから始まる。
その中に、遊女たちの食器がある。
それにしても、娼妓の部屋にはこまごまと食器が多い。(神崎p.118)
神崎は、
たとえば、湯呑茶碗は、おしなべて夫婦茶碗なのである。
二つならんだ大小の湯呑茶碗は、娼妓たちのまだみはてぬ結婚生活へのあこがれを表したものなのか、あるいは客を主人として扱うことで客の自尊心をくすぐろうとしたものなのか。それは、知るよしもない。たぶん、両方の気持ちが微妙に交錯してのことだったのだろう。(神崎p.119-120)
と推察する。
映画の中で、周作がリンにリンドウ柄の茶碗を贈ろうとしていたのは、果たして結婚の後でのプレゼントのつもりだったのか、それともまだ遊郭にいるうちに贈ろうとしていたものなのかわからないのだが、ぼくはなんだか後者のような気がして映画をみていたのである。
まとめ
今回のバージョンでは、周作とリンのいきさつ、すずを選んだ経緯について、ややロジカルな説明が挿入されている。それは好みの問題かもしれないが、少々説明っぽくなってぼくには余計なことのように思われた。
しかし、ぼくによって今回の収穫は、なんといってもリンのエピソードが太く挿入されたことによって、戦時生活の中での遊郭という「片隅」がクローズアップされたことであり、そのことによって現実の歴史の中での遊郭の女性たちに目が行くことになったという点だ。そして、もう一つは、「だれでもこの世界で居場所はそうそうなくなりゃせんのよ」というセリフが完全なものになったという点である。




