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京大総長が「ゴリラは人間より偉大」と語るワケ

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AI(人工知能)は人類に何をもたらすのか。編集者の菅付雅信氏は「霊長類研究の権威、山極寿一氏は、『動物には、曖昧なものを曖昧なままで理解する“情緒”がある。しかしAIなどの情報技術は曖昧さを排除してしまう。世界は情報だけでできているわけではないのに』と話した。私たちはAI社会の問題点を考える必要がある」という――。

※本稿は、菅付雅信『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』(新潮社)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Evgeny555

■霊長類研究者・山極寿一に聞く「人間と動物の違い」

人間の「動物化」を考えるとき、東浩紀と並んでどうしても訪ねたい人物がいた。霊長類研究の世界的権威であり、京都大学総長を務める山極寿一だ。

2017年にわたしが代官山蔦屋書店で行なった連続対談トーク・シリーズにゲストで出ていただいた際に、霊長類学者の視点から現在のAI社会の問題点を鋭く語っていたことが強く印象に残っていたからだ。

わたしたち人間はサルから派生しており、DNAもチンパンジーと2パーセントしか違わない。しかし、人間は自身をサルと決定的に異なる存在だと捉えている。その違いはどこから生まれたのか。その進化の起源にさかのぼりながら「人間とはなにか?」を問い直す山極と、AI社会における人間のありうべき姿を考えてみたいと思った。

人類は、チンパンジーとの共通祖先から700万年前に分かれたと考えられている。山極の師匠であった社会生態学や人類学の研究者、故・今西錦司による生物の定義――「生物とは時間と空間を同時に扱えるもの」を踏まえながら、山極はまず人間と動物の違いについて、次のように答えてくれた。

■人間と動物を分けた「言語」

「言葉の発明が人間と動物を分けたのです。言葉には、見えないものを見せたり、過去のものを現在に持ってきたり、逆に未来のことを現在に持ってきたり……時間と空間を超える力があります。言葉によって人は他人とのつながりを拡張し、他の動物が成し得ない空間をつくり出した。それが人間と動物の決定的に違う部分だと捉えています」


京大の山極寿一総長。(時事通信フォト=写真)

「他者とつながる」という特性は、人間の脳の変化にも大きな影響を与えたと山極は考える。

「霊長類の脳が大きくなったのは、社会的複雑さに対応するためです。付き合う仲間の数を増やせば、社会的な複雑さは増しますよね。一般的な霊長類では、せいぜい10頭から20頭の規模ですが、人間はそれを150人にまで拡大しました。その間に人間の脳はゴリラの脳の倍になりました」

情報テクノロジーの存在は、その変化を加速させている。人間の交友関係の限界が150人であることは「ダンバー数」と呼ばれるが、ソーシャルメディアはそのダンバー数を乗り越えようとするツールだ。山極はこうも言う。

「時間や空間を超える力をもつ言葉の登場で、わたしたちの人間関係は身体のつながりから離れていってしまった」と。

■「身体と脳の分離が始まっています」

「情報革命は、人間の身体を取り残し、脳だけでつながる状態を可能にしました。脳の知能を司る部分は情報を処理するものですから、あらゆるものを情報としてみなしてしまう。それを拡大したものが、AIですよね。情報にならないものを五感で感じる脳の部分を軽視して、情報になるものだけを集めて分析機能を高めたのがAIだと捉えています」

「21世紀に入り、人間は五感により身体で共鳴する感性と、情報を扱う脳が分かれてしまった。もともとその2つは切り離すことができないものとして人間は機能させていたんです。でも今、身体と脳の分離が始まっています」

だから山極は、「身体的なつながりを回復せよ」と提言する。

「脳でつながる人間の数を増やせば増やすほど、身体のつながりが失われ、人間は孤独になると思うんです。時間と空間を同時に感じさせるつながりが重要です」

■「記憶」と「思考」の外部化

人間の変化を考える上で「外部化」も欠かせないキーワードのひとつだ。山極は、言葉による記憶の外部化が起きていると指摘する。

「言葉は頭のなかの記憶を外に出す機能があります。言葉は腐らないし、重さがないからポータブルで便利なコミュニケーション・ツールです。それ故、それまで記憶を全て頭のなかに貯めてきた人間の脳は大きくなるのを止めてしまった」

「ホモ・サピエンス以前に生きていたネアンデルタール人は、われわれよりも大きな脳をもっていたんです。なぜならわれわれのような言葉をもっていなかったから、脳に情報を記憶せざるをえなかったわけです」

外部化されているのは記憶だけではない。現代においては、AIのアルゴリズムによる思考の外部化も大きな問題になりつつあると山極は考える。

■人間に唯一残された能力は「見えないものを見る力」

「言葉には優れた側面もありました。言葉を使うことで、人間は頭のなかで考えることができたわけです。しかしながら今はアルゴリズムが考えてくれるから、考えることすら外部化し始めていますよね」

「レコメンド・エンジンが『あなたが次に求めているのはこれですよ』と示唆してくれる。我々はボタンを押すだけでいい。選択し、考えることはもはや日常的な行為ではなくなってきています」

山極は、前述したわたしとの対談トークで、こうも語っていた。

「人間に残された唯一の能力は、見えないものを見る力。データにないものを考える力と言っていい。人間はその力をもっと働かせるようにならないと、データに動かされる存在になってしまう」〔筆者の対談集『これからの教養』(2018年)より〕

彼が語ったこの「AI社会における人間性への危機感」が、本書の取材を始めるにあたって大きなインスピレーションを与えてくれている。

■曖昧なものを曖昧なままで了解し合うのが動物

山極は、情報技術の加速度的な発展が、社会から「曖昧さ」を排除しているのではないかと考えている。コンピューターは、あらゆることを計算可能にし、予測可能性を高める方向に進化してきた。しかしながら、それは動物とのコミュニケーションには適していないという。

「曖昧なものを曖昧なままで了解し合うのが、動物の、特に異種間のコミュニケーションなんですね。日常的に犬や猫といったペットと付き合っていても、彼らとは五感が違うわけだから決して同じ感覚にはならない。でもペットとは通じ合っているじゃないですか。

それは、お互いが了解している事項が違うかもしれない。だけどどこかで気持ちが一致していて、それでいいと犬も思っているし、人間も思っている。それでまったく不自由はないわけです。テクノロジーが進化していけば、犬が五感で感じていることをすべて情報として抜き出すことができるかもしれないし、人間の犬に対する感情を伝えられるようになるかもしれない」

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