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北方領土、不法占拠者との「引き分け」ありえぬ - 樫山幸夫 (元産經新聞論説委員長)


(Belus/gettyimages)

「盗人にも三分の理」ということわざがあるが、この発言だけは笑止千万と言わざるを得ない。

北方領土問題について、ロシアのプーチン大統領があらためて「引き分け」に言及した。北方4島は、ロシアが不法占拠を続けている日本固有の領土だ。解決方法は、先方の無条件全面返還、日本の全面勝利をおいてほかにない。終戦直後の混乱に乗じてわが国固有の領土を奪った相手との「引き分け」など決してあってはならない。

大統領がナンセンスな持論を持ち出したことで、ロシア側に本気で解決をめざす誠意がないことがいよいよもって明らかになった。日本政府にとってはこのさい、「2島プラスアルファ」での解決、主権放棄ともいえる方針を投擲し「4島返還」という本来の方針に立ち返るいい機会だろう。

解決望むなら露が「4島返還」すべき

「引き分け」というのは、双方それぞれが無得点または、同じ得点を挙げ、勝ち負けに至らないことだろう。それはあくまで、正々堂々とした勝負においての話だ。

人のものを盗んでおいて、「引き分け」をもちかけてくることにも驚くが、それに同意することなど決してあってはならない。盗品を返還させることこそが先決だろう。北方領土にも、この理屈が当てはまる。

プーチン大統領の発言は19日の年末会見でなされた。

北方領土問題、日露平和条約交渉について「日本とは引き分けをめざす」(12月20日付、産経新聞)と述べ、一方で、「われわれが解決策を見出そうとしていることが重要だ」(12月20日、読売新聞電子版)と、交渉継続への意欲をのぞかせた。

「引き分け」「解決策」が何を意味するのか不明だが、本気で解決を目指すのならことは簡単だろう。日本の要求通り、歯舞、色丹、国後、択捉の4島を無条件で返還すればすむ話だろう。

「引き分け」という表現をプーチン氏が最初に用いたのは、いったん大統領職を退いたあと、復帰直前の2014(平成14)年3月、各国メディとの会見の席だった。

プーチン氏は、「日本との領土問題を解決させることを欲している」と述べ、柔道の黒帯有段者らしく「われわれは受け入れ可能な妥協を達成しなければならない。それは何か。〝引き分け〟のようなものである」と述べた。

日本の記者の質問への答えだったが、日本国内では、プーチン大統領の真意を知ってか知らずか、「前向きな姿勢の表れ」などと歓迎する向きが少なくなかった。

北方4島のミサイル配備は日本の安全保障

しかし今回、プーチン大統領は19日の会見で「島(北方領土)を含め、日本にミサイルが配備されないという保証がどこにあるのか」(産経新聞)ともいっているというから、「引き分け」は返還拒否の口実にすぎないことをうかがわせる。

ミサイル配備は日本の安全保障の問題であって、「配備されない保証」などロシアに与える筋のものではないだろう。日本固有の領土が返還されたら、どのような自衛手段をとろうとも、日本の自由のはずだ。

大統領はかつて、返還後に日米安全保障条約が適用され、米軍基地が建設されることに懸念を示したことがあるが、日本の施政権の及ぶ地域に条約が適用されるのは当然だろう。

そもそも、いまごろになって、ミサイル配備がどうとかいいだすこ自体、信じがたい。

日本とロシアは昨年11月のシンガポールでの首脳会談で、(歯舞、色丹の引き渡しを明記した)1956(昭和31)年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意しているのだから、日米安保条約への懸念があるなら、堂々と主張すべきだったろう。

ロシアの主張は歴史捻じ曲げる暴論

もっとも、そのシンガポール合意はことしに入ってからのロシアの理不尽な態度変更によって反故同然になってしまっている。19年1月、モスクワで行われた河野太郎(当時)とラブロフ外相(同)の会談で、ラブロフ氏は「(北方領土は)第2次大戦の結果、ロシア領となった」などと言い放って日本側をびっくりさせた。

4島は1945(昭和20)年8月15日の終戦後のどさくさにまぎれてロシアが強奪して現在に至っているのであって、戦争の結果、ロシアに編入されたなどどいう事実はない。歴史をねじ曲げる暴論だろう。

プーチン大統領も3月に、ロシア紙のインタビューに答え、「(領土交渉の)勢いは失われた」「日本は米国との(安保)条約から離脱しなければならない」など相変わらず法外、見当違いの要求を持ち出してきた。

19日のプーチン発言は、これらの延長で、領土返還の意思を否定したとみるべきだろう。

首相はなぜ、ロシアに宥和的なのか

問題は日本政府がどうするかだ。

シンガポール合意直後、各メディアは「4島返還」からの方針転換だーと伝えた。安倍首相も「私たちの主張をしていればいいということではない。それで(戦後)70年間まったく(状況は)変わらなかった」と述べ、これまでの日本政府の努力を無視するような発言をして、「2島返還」をめざす方針転換を認めた。

首相は、歯舞、色丹の返還と国後、択捉での共同経済活動という「2島プラスアルファ」をめざしているようだが、ことしに入って、ラブロフ発言、プーチン発言が伝えられた後も、方針を変えようとしなかった。

首相はラブロフ発言の直後、自らモスクワに乗り込み大統領と会談した際、さすがに先方の硬い態度にあって「戦後70年以上残された問題の解決は容易ではない」ときびしい状況を認めざるをえなかった。

しかし、日本政府はその後も、外交青書から「北方4島は日本に帰属する」という表現を削除したり、19年9月にウラジオストクで行われた東方経済フォーラムで首相は大統領に対して「ゴールまで2人の力で駆けて駆け抜けよう」と甘い呼びかけをするなど、すり寄るような妥協的態度を維持し続けた。

今こそ「4島返還」主張に立ち返れ

そうした努力もむなしく、ロシア側にシンガポール合意による解決を目指す意思もないことが明らかになったいま、政府は「2島返還」を放擲、従来の「4島返還」の方針に立ち戻るべきだろう。

シンガポール合意直後に、国民に対して、「私とプーチン大統領の手で、必ず終止符をうつ」と大見えを切ったことを考えれば、方針再転換は批判を浴びるだろうし、首相が躊躇するのも理解できる。しかし、いまなら、ロシア側の不誠実な態度に責任を帰すかたちで国民に説明することが可能だろう。

4島返還は戦後、日本の一貫した方針だった。「日ソ間に領土問題は存在しない」「ソ連に余った土地はない」(グロムイコ元ソ連外相)信じがたいほどなどかたくなな旧ソ連、ロシアと長い年月、粘り強い交渉を重ね、徐々にではあったが、事態を進展させてきた。

1973(昭48)年10月、田中角栄首相とブレジネフ書記長(いずれも当時)の共同声明で、「第2次世界大戦からの未解決の諸問題を解決してヘ平和条約を締結する」という文言の盛り込みにこぎつけた。1993(平成5)年10月のエリツィン大統領と細川護熙首相(いずれも当時)による「東京宣言」では解決されるべき問題として「歯舞、色丹、国後、択捉」の4島の帰属問題を明記することに成功した。

「2島返還」はこうした過去の血のにじむような努力を否定するに安易な妥協に等しい。もっといえば国後、択捉を断念することは国家の基本である主権を放棄することにつながる。

不法であっても居座ってさえいれば日本はあきらめるーという誤ったメッセージを各国に与えることにもなり、尖閣、竹島にも大きな影響を与えることになるだろう。

解決引き延ばしの意図がみえみえの「引き分け」発言ではあるが、日本とって本来の主義主張である4島返還要求に立ちかえるチャンスと考えればハラもたつまい。

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