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クリスマス・メッセージ:名前を持つ存在として

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Merry Christmas!

少し前のことだが、ある打合せで、システム利用者のマスタをどう設計するか、の議論になった。個人を特定するために、まず各人にユニークなキーとなるIDを振る。それから主要な属性を定義していく訳だ。当然最初に来るのは、『氏名』だろう。

ところで、氏名という属性を格納するために、最初出てきた案は、たしか「名字」と「名前」の2つのフィールドを用意し、それぞれに読み仮名のフィールドを付け加える、というものだった。まあ、普通の日本人が考えると、こうなるだろう。

しかし、ユーザの中には結構な数の外国人もいた。そこで、「ミドルネーム」のフィールドもいるんじゃないか、というコメントが出た。加えて、結婚したけれど旧姓表記のまま仕事を続けている女性もいるから、そうした人はミドルネームに旧姓を入れれば便利だろう。そうなると、ミドルネームにも、読み仮名のフィールドが別に必要かもしれない・・

議論がそういう流れになっていったので、わたしは反対した。

「ミドルネームのフィールドなんか、いらない。姓と名を分けるのもやめて、『個人名』だけでたった一つのフィールドにすべきだ。その中に、その人の好きな表記を書いてもらう方が良い。」

妙なことを言うやつだ、という顔をしたメンバーがいたので、わたしは説明した。

「外国人の中には、苗字と名前というセットではなくて、名前しか持っていない人たちが、それなりにいるはずだ。また、自分の氏名のどこまでが名字で、どこからが名前なのか、分からない人だっている。人の名前ってのは、世界では案外多様なので、海外までユーザの枠を広げる前提で考えるなら、日本的な苗字+名前の枠組みにこだわらないほうが、最終的には安くつく。」

知っての通り、日本人が全員、苗字を持つようになったのは、明治維新後だ。それまでは、士農工商の中で苗字を持てたのは、原則として支配階級である武士だけだった。人口の9割を占める農民町民のたぐいは、皆、「権兵衛」「お富」といった名前しか持っていなかった。

わたしの父は、生前、「佐藤家なんて、3代さかのぼれば新潟の水呑み百姓さ」といっていた。新潟は糸魚川のあたりにいたわたし達の先祖が、「佐藤」という姓を、どこから拾ってきた、いや失礼、貰い受けてきたかは不明だが、ともかく維新後に「佐藤さん」になったのは、ほぼ確実である。

自分の姓を持てることになって、皆が嬉しかったかどうか、そこはよく分からない。ともあれ以来、日本人は誰もが姓と名を持つ、という常識がしっかりと根を下ろした。

ところが、海外に目を向けてみると、実はまだ「名前だけ」という国々が、案外広く残っている。アジアでは例えば、モンゴルがそうだ。またインドネシアもそうだ。独立後の初代大統領スカルノは、「スカルノ」がフルネームである。

それと、ミャンマーもそうだ。アジア人で発の国連事務総長になった「ウ・タント」という人がいたが、「ウ」というのは男性につける尊称(「ミスター」みたいなもの)で、また最後の「t」は発音しないため、「タン」さんが正式名である。また「アウン・サン・スー・チー」という女性政治家もいるが、ほんとは分かち書きをするわけではなく、「アウンサンスーチー」が名前だ。彼女は、ビルマ建国の父・アウンサン将軍の娘だが、別にアウンサンという名字がある訳ではない。

もう少し西に、目を転じようか。アラブ世界にも基本的に、名字に当たるものがない。預言者の名前を戴いたムハンマドさんは、ポピュラーな名前なので、どこにも大勢いる。そこで、区別したいときには、後ろに父親の名前をつけて、ムハンマド・アリーといった風に呼ぶ。それでも区別がつきにくいときは、さらにその後ろに祖父の名前をつける。おかげで電話帳には、「ムハンマド・ムハンマド・ムハンマド」氏が何人も並ぶという(「やわらかなアラブ学」田中四郎・著、P.186)

そんなな、こないだ会ったアラブ人はちゃんと姓名があったぞ、とお思いの方もおられるかもしれない。たしかにビジネス上で名刺をやり取りするような階層の人は、そういう氏名表記をしている。でも、それは彼らが西洋流儀に合わせているらしいのだ。たとえば、苗字と名前の間にビンbinがはさまる時があるが、これは父親ないし一族の名前を示している。後ろに出身地を持ってくる場合もあるらしい。

ちなみに、かつてのイラクの独裁者は、「サダム・フセイン」といい、日本の新聞は彼を「フセイン大統領」と呼んだ。しかし彼の本当の名前は「サダム」一語であり、「フセイン」は区別のためにつけた父親の名前であった。だから本来ならば「サダム大統領」というべきだったのだ。実際、湾岸戦争の時、ブッシュ大統領(父)は演説で彼を、「サダーム」と名指しで繰り返し呼んだが、それは正しかったのだ(ブッシュ家は石油業界と深いつながりがあり、アラブ圏ともかなり交流があった)。

トルコも昔は名字がなくて、建国の父ムスタファ・ケマル・アタチュルクも、本来はただのムスタファさんだった。ケマルは士官学校時代につき、アタチュルク(=「トルコの父」)は後に議会から贈られた称号である・・

いや、もういいだろう。とにかく、わたし達が単純に、「人の氏名=名字+名前」だと思っている方程式は、海をひとまたぎ超えると、もう通用しにくくなるのである。

そんな苗字のない状態で、どうやって一族の結束を保てるのか? そう思う人もいるかもしれない。だが、それはまさに、わたし達の3〜4代前の父祖にたずねてみるべきだろう。その時代の人達よりも、今のほうが、祖先を大切にしていると言い切る自信は、わたしにはない。

ついでにいうと、中村日吉丸から木下藤吉郎を経て、豊臣秀吉になった人の例を見れば分かる通り、昔の日本人は生涯に何度も姓名を変える例が、少なくなかった。それでも、この小柄な武将は、自分のアイデンティティを失うことはなかったはずだ。

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