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15カ月ぶりの日韓首脳会談 譲れないボトムラインは? 〜同志社大学教授・浅羽祐樹氏インタビュー

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国会議長案が受け入れられない理由

もちろん、私自身も植民地支配が良いとは全く考えていませんし、「韓国併合であって植民地支配ではない」という主張にも同意しません。韓国が1945年まで日本の植民地であったことは間違いない。

ただ、現行の戦後国際秩序は70年前に日本が戦争に負けて、サンフランシスコ講和条約(1951年)によって成立したものです。もしそこに不満があれば、明治期の日本が行なった条約改正運動のように、現行秩序で優遇されている国(たとえば国連安保理常任理事国)をひとつずつ説得していくしかない。

韓国としては、1965年の日韓合意は不平等条約であり、本来であれば植民地支配の問題を「正しく」清算したかったことでしょう。ただ、当時のパワーバランスではとても叶わず、経済協力や安保協力を優先せざるをえませんでした。心情としては十分理解できます。私たちも韓国がそういう「恨」を有していることは、それはそれとして理解する必要があります。ただ、そのことと、70年経ってから現行秩序を一方的に「ガラガラポン」してよいのかというのは、全く別問題です。

—12月24日に開催される予定の日韓首脳会談では何がポイントになるでしょうか。

日韓首脳会談では何か状況が進展するような期待がありますが、このように徴用工問題では譲れないボトムラインがあることは押さえておく必要があります。

韓国政府は日韓両国の企業が出資して財団を設置し、大法院判決の慰謝料相当分を徴用工に支払うという「1+1」案を提示したことがありますが、日本政府は即座に拒否しました。「+1(日本企業)」が前提にされると、とても受け入れられないのです。

Getty Images

最近、韓国の国会議長が法律の形で示した解決案では、この部分は「自発的」ということで、いちおうカッコに括って「+(1)」になっています。これを「1」ではなくなったとそれなりに評価するのか、明確に「0」としないのは依然として問題だと却下するかです。このスキームでは、3年の時効で慰謝料請求権も消滅し、「完全かつ不可逆的な解決」になるといいます。

ただ、日本側の「+1」が何らかの形で入っていないと、逆に韓国国内で「大法院判決の趣旨に反する」「被害者中心アプローチにもとる」「謝罪すらさせず、加害者を免罪するものだ」という批判が出ています。さらに、「救済」の範囲や基準も曖昧で、徴用工だけでなく、膨れ上がる可能性があります。大法院の判決は「不当で、そもそも無効」な植民地支配に対する慰謝料請求権であるため、「軍人・軍属として働かせられていた」「空爆を受けた」といったことにまで論理的には繋がりうる。そうなると、対象者の数が何桁までいくのか、それを韓国企業だけで賄えないとなると、「+(1)」のカッコが外れる可能性が出てくる。しかも、この法案が成立すると、代位弁償という形で法律上の和解が成立したとみなされますが、個人に等しく強制することはできません。実際に反対している原告代理人もいて、すでに確定しているケースの現金化を全て止めようがありません。

—なるほど。

そもそも徴用工問題は1965年で解決済みだというのが日本の立場です。慰安婦とは異なり、徴用工の取り扱いは国交正常化交渉においても議論になっていて、韓国側も一括で補償を受け、その後、その一部を個人にも支払っています。それが不十分だったり、問題があるというならば、2000年代に一度そうしたように、韓国国内で自力救済するのが本来筋ですよ。

慰安婦のように数が少なく、これ以上はもう名乗り出る人がいないという状況でもまとめられない、そんなガバナビリティしか有していない韓国政府が、数が多くて、利害が互いに相容れない徴用工問題をまとめられるのか。どこかで「ここまでは救済する」「ここからは救済しない」と線を引くとして、引いた後のリスクも引き受けて進める覚悟があるのかという話です。それは難しいと言わざるをえません。

安保協力は日韓双方にとって必要

このように徴用工問題では譲れないラインをハッキリさせると同時に、安全保障に関する領域でも日韓が一緒にやれること、やれないことを見極める必要があります。

米中のパワーバランスが変わり、グローバルな秩序が再編されつつあります。米中の間での距離の取り方は、日本と韓国では全然違う。韓国が直ちに米韓同盟を切るという話ではありませんが、同盟を維持しつつも自立性(autonomy)を高めていく方向に進むことは間違いありません。戦時作戦統制権を韓国大統領が握るように変更したいという欲求があり、そうした体制を整える意味でも近年国防費を大きく伸ばしています。

グローバルな秩序再編の中で、日韓がどういった方向に向かうのかの食い違いは、率直に認めた方が良い。その上で一緒にやるべきことはやった方がいいというのが私の考えです。とりわけ、短距離弾道ミサイルは日韓共通の脅威で、そのインテリジェンスをやり取りする日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の「延長」は双方ウィン・ウィンです。いま役に立っているかどうかではなく、いざ有事の際に役立てることが重要です。

—安保面では協力できる面が少なくない、と。

日韓の間では、どこまでを「世界」「外交空間」として見ているかの射程も異なっています。安倍政権になって以降、日本は「地球儀を俯瞰する外交」を進めています。一方で、文在寅政権は「新南方政策」なども展開していますが、基本的には朝鮮半島に「オールイン(※ギャンブルで全てのチップを1点に賭けること)」してます。歴代政権の中でも特に朝鮮半島しか見ていない感が強い。このように朝鮮半島しか意識していない文政権と、広くインド太平洋構想をアメリカと共有している日本では、グローバルな国家戦略が一致するはずがありません。今後、こうした食い違いが縮まることはまずないでしょう。こうした展望の下で、過剰な期待はせず、とはいえ完全に見捨てることはしない、といった距離感で韓国に接するのが適度な「間合い」ではないかと考えています。過剰な期待を抱くと裏切られた感が強くなりますし、逆に完全に切って追い込むのも得策ではありません。

このような違いは違いとして理解するとしても、距離を詰められる部分はあります。輸出管理では韓国が条件を満たせばホワイトリストに戻せばいいと思いますし、インバウンドで影響を受けている観光については政治リーダーが号令をかければ雰囲気が大きく変わるでしょう。そのようにレベルを分けて、韓国は全てダメとするのではなく「ここは別領域なので手をつけないようにしましょう」「こちらには波及させないようにしましょう」ということは可能ですし、望ましいアプローチです。

BLOGOS編集部

劇的に変化する韓国社会

ここまで徴用工問題に関して譲れないラインについての話を強調してきましたが、日本人が生きていく上で直面する様々な課題に関して、韓国人の生き様や取り組みが参考になる点は少なくありません。日韓は似たような社会で、ひとりの職業人として、あるいは家庭人として抱えている悩みや課題も似ていて、学ぶべきことはたくさんあります。

少子高齢化は韓国も抱えている問題ですし、情報化や電子政府といった分野では韓国が先行しています。「韓国は遅れているよね」と言う人がいますが、韓国が進んでいる分野も多くあり、日本の方が生産性が低い領域も少なくありません。

大学で教えていると感じることですが、若い人は韓国人ともフラットに接しています。韓国の大学生は本当によく勉強するので「こんなに勉強していない私たちは大丈夫か」と危機感を抱くんですね。そういう参照項としても、韓国をお手本にすることができる。

—韓国を全てダメとするわけではなく、参考にできることも多い、と。

多くの人がイメージする韓国は、現在の韓国の実情とは違うんです。自分のレンズをアップデートして実際の姿、等身大の韓国を見ましょう、ということ。韓国では、仕事が終わったら上司に連れられて飲みに行き、爆弾酒を飲むようなイメージがありますが、そんなことを今はほとんど誰もやっていない。そもそも若者は飲み会に行かないですし、上司もハラスメントと言われかねないので誘わなくなっています。

このように韓国社会が劇的に変化している中で、ひと昔前なら許されたことでも現在では間違ったこととされるケースが多くあります。韓国は社会における規範が短期間のうちに一変する経験をしていますが、憲法裁判所が「旧(ふる)い」法令に「違憲」決定を出しているという話だけではなくて、身近に生じていることでもある。それだけ「正しさ=コレクトネス」が問われる社会であり、身の処し方を誤ると一発でアウトになりかねません。

おそらく、日本のおじさんと韓国のおじさんが「うちの若いのが…」といった話をしたら意気投合するのでは思います。徴用工などの話をせずに、職場や家庭内のことを話せば、多くの悩みは共通していると思います。

—それは面白い指摘ですね。

今の韓国は、世代間対立が激しい。政権中枢にいる「86世代」は、1980年代に大学に通った60年代生まれで、現在50代の人たちですが、社会のあらゆる分野でこの世代が中枢を占めている。他の世代と比べて86世代は若くしてポストに就いた人が多い。それがそのまま居座っているケースも多く、こうした86世代に対する不満が若年層にはあります。確かに民主化運動は頑張ったかもしれないけど、その功績でいつまで威張るのかという思いがあるわけです。

逆に、86世代からすると、90年代生まれはほとんど宇宙人のように見える、と。職場で部下を指導する際も、ハラスメントだと言われないように細心の注意を払うことが欠かせなくなっている。特に、ジェンダー感受性に乏しいと、セクハラオヤジになってしまいます。一方で20代からすると、マウントしてくるシニアはウザい存在、オワコンにしか映らない。なんで勤務時間外に上司と酒を飲まないといけないのか、自慢話を延々と聞いてあげないといけないのか、まるでイミフなわけです。

—今後、私たちは韓国とどのような距離をとって接するのが良いでしょうか。

韓国と聞くと文在寅大統領と徴用工とGSOMIAしか頭に浮かばない人がいれば、他方でTWICEやインスタ映えするソウルのカフェのことしか興味がない若い人もいる。本屋でもそれぞれの本が別のコーナーに置かれ、互いにアクセスしようとしない。

引いた視点で見れば、両方とも実在する韓国の一断片ですが、経験が個別化されているため、どちらも今の日韓関係が重層的になっていることを知らない。特にSNSでは見たいものだけを見るという傾向が強化されます。だからこそ、物事を複合的に「知ろうとする」意思、そのための方法や姿勢が欠かせないのだと思います。韓国はそのハードケースで、問われているのはむしろ「私たちの」知性、インテリジェンスです。

※記事初出時、本文中の作品名に誤りがありました。訂正してお詫びします。

プロフィール

浅羽祐樹
1976年大阪府生まれ。同志社大学グローバル地域文化学部教授。九州大韓国研究センター研究員、山口県立大准教授、新潟県立大教授を経て2019年4月から現職。北韓大学院大学招聘教授。著書(共著)に『知りたくなる韓国』『戦後日韓関係史』など。Twitterアカウント:@YukiAsaba

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