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なぜ文在寅の「日本叩き」はこれほどウケたのか

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■日本のメディアが理解していない日米韓のシステム

【手嶋】さらに議論を深めるために、日本・韓国・米国の安全保障に関する情報交換の仕組みをみておきましょう。GSOMIAの問題が起きた後も、日本のメディアが3国の情報交換のシステムをきちんと理解していないのは問題です。

2014年に、まずアメリカを介して日本・米国・韓国の3国で、安全保障に関わる機密情報をやり取りするTISA(日米韓情報共有に関する取り決め)が締結されました。

【佐藤】アメリカを中核に日本と韓国がそれぞれ同盟関係にあることを前提に、北朝鮮のミサイルなどに関する機密情報を日韓が交換できるようにした仕組みです。ただ、アメリカを介して情報をやり取りするので時間がかかる。要するに、まどろっこしい。なおかつ、そこでは、機密情報のやり取りに関する「サード・パーティー・ルール」が適用されます。いわば情報を送る側の著作権で、例えば韓国がAとBという情報を入手して、アメリカに伝える。その際、韓国が「日本にはAだけ伝えて、Bは伏せてもらいたい」と要請すれば、アメリカはそれに従わなくてはいけないのです。お互いにそうした義務を負う「三角関係」なんですね。やはり、日韓の間にはワンクッションあるわけです。

■GSOMIAと「ホワイト国」の切っても切れない関係

【手嶋】それでは、緊急の事態には間に合わない。そこで16年に、日韓がGSOMIAを締結し、両国が直に機密情報を交換できるようになった。北朝鮮が核実験をしたり、核ミサイルを発射したりすれば、ことは寸秒を争いますから。これによって、状況はぐっと改善されました。

【佐藤】ただし、そうした機密情報を共有するためには、お互いの信頼関係が揺るぎないものであることが大前提です。TISAは確かにまどろっこしいのだけれど、日米、米韓という強固な同盟関係をベースに構築されています。しかし、GSOMIAはそうではありません。日韓は同盟関係にはありませんから。機密情報の交換を有効に機能させるには、両国の信頼という「担保」がやはり不可欠なんですよ。

【手嶋】繰り返しますが、GSOMIAとは、相手を「安全保障のホワイト国」、つまり相手の手が汚れていないという信頼関係を前提に機密をやり取りする仕組みなのです。

【佐藤】そういうことです。だから、GSOMIAの破棄というのは、日本はそれに値しない、という韓国の意思表示ということになります。

【手嶋】ただ、先に石を置いたのは日本なのです。韓国を通商上の「ホワイト国」から除外するという決定こそ、「もうお前は信用できない」と通告するも同然の行為です。しかも、「安全保障上の理由」だと通告したのですから、GSOMIAに跳ね返ってくることは避けられなかった。少なくとも外交のプロたちには分かっていたはず。

■文在寅政権による破壊を国際社会に訴えればよかった

【佐藤】GSOMIAを成り立たせている信頼関係は、すでに韓国大法院の元徴用工訴訟判決を文政権が支持した時点で崩れていたと思うのです。あの時点で、日本側の不信感は極限に達してしまいました。

【手嶋】私は対抗措置をとるべきではないと言っているのではありません。韓国大法院の判決と文在寅政権の姿勢に「異議あり」と表明するなら、国際的な舞台に持ち出すなど、他策がありえたはずと指摘しているのです。これまで営々と築き上げてきた日韓の信頼関係が、文在寅政権によって次々に破壊されている現状を堂々と国際社会に訴えればいい。通商上の技術的な分野で報復に訴えたことは、広く世界の舞台で主張をアピールする力量に欠けている弱点を露呈していると思います。

【佐藤】しかしながら、実際には、安倍政権は「ホワイト国外し」という形で日本の意思を示した。さらに、その直後の2019年8月15日、日本の植民地支配からの解放を祝う「光復節」の演説で、文在寅大統領が「日本が対話と協力の道に出れば、喜んで手を取る」と一応歩み寄ったものの、今度は日本政府がガン無視した。

【手嶋】事前には、相当辛辣(しんらつ)な対日批判が飛び出すのではという観測も流れましたが、文演説のトーンは意外に抑制されたものでしたね。

■破棄のカードを切らせるために「ガン無視」した?

【佐藤】私は、むしろGSOMIA破棄というカードを一度切らせるため、日本側がガン無視したと読んでいるんですよ。日本側が関係改善の呼びかけに応じようとしない以上、文政権は「もはやGSOMIAはなきがごとし」と断じて、必ず破棄を通告してくるはずと。ならば、彼らに壊してもらって、その全責任を負わせ米政権を味方につける——。このとき、日本側の念頭にあった観客は、ドナルド・トランプたった一人でした。

手嶋龍一・佐藤優『日韓激突 「トランプ・ドミノ」が誘発する世界危機』(中公新書ラクレ)

【手嶋】確かに米国防総省が「文政権が日本と協定の延長をしなかったことに強い懸念と失望を表明する」と述べるなど、トランプ政権の批判の矛先が、韓国に向けられていきました。

【佐藤】日本政府が韓国をGSOMIA破棄の通告に「追い込んだ」という見方は、第2次世界大戦開戦前の「ハル・ノート」を想起すれば分かりやすいかもしれません。ハル・ノートは、1941年11月に、アメリカ国務長官ハルが日本側に示した覚書で、そこには日本軍の中国、仏領インドシナからの全面撤兵、蒋介石政権以外の政権承諾拒否など、日本側としては、とうてい受け入れ難い内容が盛り込まれていた。これが事実上の最後通牒となって、日本に開戦を決意させ、12月8日の真珠湾攻撃に至ったわけです。

【手嶋】真珠湾攻撃だけをみれば、山本五十六提督の大胆な奇襲は戦史を画する成功と言っていいでしょう。しかし、対英米開戦に至る大局的な情勢判断は、悲劇の幕開けを告げるものとなりました。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。
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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2006年から作家として活動。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』『私のマルクス』『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』などがある。手嶋龍一氏との共著に『独裁の宴』『米中衝突』がある。
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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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