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- 2019年12月21日 09:03
イギリスで「日本におけるMeToo運動のシンボル」伊藤詩織さんのもう一つの顔とは

AP
元TBS記者山口敬之氏からの性的暴行に対し伊藤さんが損害賠償を求めた民事訴訟の判決が、この日出た。東京地裁は「性行為には合意がなかった」として、山口氏に330万円の支払いを命じた。
山口氏は記者会見などによって伊藤さんに名誉を傷つけられたとして1億円以上の損害賠償を求めて反訴していたが、地裁は「名誉毀損には当たらない」として請求を棄却した。ひとまず、「終わった」のである。
2015年に発生したこの事件は、刑事事件としては先に不起訴になっていた。今回の民事訴訟では伊藤さんの大きな勝利となった。

The Guardianウェブサイトより
日本語でもBBCニュースでその報道ぶりを知ることができる。伊藤さんの涙を堪えたような表情が印象的だ。
△伊藤詩織氏が勝訴、強姦巡る訴訟で元記者に賠償命令(BBC)
昨年放送された「日本の隠れた恥」は現在、視聴できないようになっているが、番組の一部を示すクリップはまだウェブサイト上に置かれている。性的暴行を警察に説明するために、マネキンを使って「再現」しなければならなかったこと、被害者であることを公表した後でバッシングにあったこと、そして学校で日本の学生たちと対話する様子が視聴できる。

BBCウェブサイトより
筆者は、伊藤さんがロンドンでパネリストとして参加した、日英大和基金主催のMeTooイベント(2018年6月)に足を運び、その後、有志数人と共に「伊藤詩織さんを囲む会」(同年7月)を企画した。また、ロンドン大学で開催された、藤田早苗先生(エセックス大学人権フェロー)の「日本を外から学ぶ会」に行った時に、飛び入りで参加した伊藤さんの短いスピーチを聞いた。
この点で、伊藤さんに直接会う機会を持ったたくさんの方の中の一人、ということになる。
裁判や性被害をめぐる状況については、裁判の推移をずっと追ってきた方、性被害について常に考えてきた方の論考に大きな説得力があるだろう。
しかし、それ以外のことで書くならば、筆者が最も気にかけ、「伊藤詩織さん」として心に迫ってくるのは、彼女のジャーナリズムだ。その姿を紹介したいと思う。
自己の体験を記録する行為
2015年の「あの日」に起きた性被害。その一部始終を多くの人が伊藤さんの著書「ブラックボックス」や、イギリス在住者であれば、先のBBCの「日本の隠された恥」で知ることになるわけだが、ここに至るまでの伊藤さんの個人的な苦しみ、衝撃、葛藤は筆者の想像を絶する。当初は「詩織」として、そして、次に実名で自分が被害者であることを公表した後、伊藤さんはバッシングの嵐にさらされた。

共同通信社
人間として、そしてジャーナリストとして、伊藤さんはできうる限りこの体験を客観視し、記録する決意をした。これも多くの人が指摘しているけれども、これは非常に困難な行為だ。自分の胸に手を置いても、辛い体験には目を背けたいし、多くの場合、直視できない。そうしないと生きていけないと感じるからだ。
ジャーナリストとしての伊藤さんのもう一つの顔
伊藤さんは、確かに、「日本のMeToo運動のシンボル」という表現に合致するような位置にいる。しかし、「もう一つの顔」も無視できない。優れたドキュメンタリー作家のひとりとしての顔である。MeToo運動という議論の枠の中では見落とされがちになるが、筆者はこの点が伊藤さんの「肝」ではないかと思う。
伊藤さんは他にも、これまでに主として海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを制作・発信し、国際的メディアコンクール「ニューヨークフェスティバル」では、孤独死をテーマにした初監督作品「孤独死(ロンリー・デス)」や「レーシング・イン・コカイン・バレー」で銀賞を受賞している。
そして今月18日、裁判の勝訴が決まった日の夕方、ヤフージャパンが映像コンテンツの作り手に提供するプラットフォーム「クリエイターズ・プログラム」で、伊藤さんがドキュメンタリー部門で年間最優秀を受賞したことが発表された。
伊藤さんのショート・ドキュメンタリーは以下のサイトから視聴できる。
https://creators.yahoo.co.jp/itoshiori
クリエイターズ・プログラムに掲載されている動画のひとつは、アフリカ・シエラレオネに住む女性の話だ。彼女は5歳の時に、女性器の一部を切除された。世界で2億人の女性が経験しているとされる、「女性器切除」を扱ったドキュメンタリーなのだ。
しかし、決して難しい話でも、目を背けたくなるような話でもない。
主人公の女性ファタマタが、子供と暮らす日常の様子が淡々と映し出される。温かな視線を感じるカメラワークを追っているうちに、この女性に共感がわいていく。
ファタマタは学校を訪れ、女性器切除の危険性を子供たちに向かって説明する。彼女が昔から、やりたかったことだ。自分にされたことを、他の子供たちが二度と、経験することがないように、と願うからだ。
「妹と母を殺めた」男性に取材
また、サイトには、第二次世界大戦中「妹と母を殺めた」ことを、ずっと話せずにいた村上敏明さんを紹介するショートフィルムも掲載されている。https://creators.yahoo.co.jp/itoshiori/0200040539
筆者は、以前に村上さんの話をニュースサイトで読んだことがあり、話の大筋は知っていたけれども、優しく静かに語る村上さんが「告白」をする場面では、やはりどきっとしてしまった。
村上さんは自分の体験を公の場で語るにようになる。何が起きて、なぜそんなことをしているのか。
伊藤さんの動画は、村上さんに寄り添いながら、静かに過去の秘密を明らかにしてゆく。
初の監督作品「孤独死」では、孤独死で亡くなる人々の住居を清掃する人々を描いていた。
どの作品にも、「寄り添うこと」や「人間としての共感」が伝わってくる。
作品から感じる「社会的弱者に対する人間としての共感」
性犯罪をめぐる状況を変えるための戦いの場にいる伊藤さんもいれば、このようなドキュメンタリー作品を作る伊藤さんもいる。5年前から、伊藤さんは北海道夕張でドキュメンタリー映画「ユーパロのミチ」の制作をしている。公開は来年の予定だ。
△関連サイト https://motion-gallery.net/projects/yubari-doc
伊藤さんの作品を見ていると、イギリスの映画監督ケン・ローチを筆者は思い出す。
ローチは社会派作品で知られ、2016年に「わたしは、ダニエル・ブレイク」という映画を作った。健康を害したために失業状態となり、最後は切羽詰まった状況に陥る男性ダニエル・ブレイクが主人公だ。
失業状態にありながらも、貧しい母子家庭を助けようとするブレイク。子供に食事を用意するお金はあっても、自分の分を賄えない母親ケイティは空腹と戦わざるを得ず、とうとう売春をするところまで追い詰められる。悲しいドラマだが、最後はなぜか心が温まる。
この作品に共通するような、社会の弱い立場にいる人への人間としての共感を、筆者は伊藤さんの一連の作品に感じた。
裁判の勝訴という、伊藤さんや支援者、そして性被害撲滅のために活動をする人々にとって画期的な日を迎え、今後5年、10年後、伊藤さんはどのようなドキュメンタリー作品を作っていくだろうか。



